151 イブ達の危機
第二節及び十五章、開幕です。
「……おーい、大丈夫かー?」
対して高くない崖の下で、俺達は上を見上げていた。そこには、競り出した岩に引っ掛かり、宙ぶらりん状態になった少女がいる。
「全然大丈夫じゃないよ!早く助けて!」
「はぁ…動くなよ?〝波斬〟」
「え?っわぁ!?」
「ほいっと。イルミス」
「任せてください」
「お、おお?」
岩盤と少女の隙間を狙い、岩を一部だけ切り落とす。支えを失い、重力に逆らえず落ちてくる少女を、俺は素早く受け止めた。
落ちてくる岩の方は、イルミスが射ち砕いた。
「あ、ありがとぉ。助かったよー」
「ったく…注意してくれよ…?」
「うぅ…ごめんなさい」
「はぁ…まぁいいや、早く探すぞ。無いとあの毒は直せないんだろ?俺達じゃ区別がつかないからな」
「うん、任せて。ボクも薬師として、絶対にあの子たちを直してみせるから」
白い白衣を纏った少女―ナーゼが、素直に俺達の後を追ってくる。イブ達の毒を直すために、俺達は薬草の散策を再開した。
俺達がなぜ、この少女と一緒にいるのか。
それは、数分前に遡る――
*
「大分進んだねー。…でも……」
「あぁ…変化無し。前へ進んでいるのは間違いないんだがな…」
アレット村を立ってから早十日。俺達は広大な森の中を進んでいた。
普通なら迷いそうな森であろうと、地図があれば余裕…だと思っていたが、想像以上に森が広く、いかにあの村が閉鎖的な位置にあったのかを理解させられただけだった。
とはいえ、いかに森が広くても、進めば進展はあるはずだ。そうだと信じて、俺達は森の中を歩いていた。
「そういえばイルミス」
「はい。なんでしょうか?」
「今更聞くのもあれなんだが、本当にその姿でいいのか?竜人族って、中々珍しい種族だったはずなんだが?」
「はい。むしろ、この姿の方が色々と都合がいいと思います。それに、なんだかこの姿の方が落ち着くと言いますか」
そう言って、にこりと笑うイルミス。と言うのも、今のイルミスの姿は、村にいた時とは違う点があるのだ。
それは、頭から生えた桃色の角と、長く立派な白い尻尾。
三日ほど前から、イルミスは人族ではなく、竜人族としての姿を取るようになっていた。
イルミス曰く、ドラゴンとしての能力やスキルは人の姿をしていても使えるようなのだが、人族の姿では、誰かに見られた際に説明しづらいものがあるらしい。
それが、部分龍化という能力。
その名の通り、体の一部を龍のように変化させるものなのだが、体を変化させる能力やスキルを、人族が使える訳がない。必ず問い詰められてしまう。
だが、前もってイルミスは竜人族、ということにしてしまえば、怪しまれずにすむ。というのも、部分龍化は竜人族も持っている能力なのだ。あちらはイルミスのものと違って、かなり不完全なものらしいのだが。
一応、昔のイルミスを知る者から正体を隠す目的もあるのだが、角と尻尾以外はこれまで通りの為、あくまでも気持ち程度、といったところだ。
「まぁ、竜人族という点を抜きにしてもイルミスは目立つからな…今更といえば今更か」
「ふふっ、ありがとうございます」
イルミスはドラゴンの姿の時に聖龍、人の姿の時に聖女という肩書きを得ている。
それは容姿にも強く現れており、一瞬たりとも目を離せなくなるほど。
村にいた期間も合せ、ここ数日で見慣れてきた俺達ですら、未だ僅かにそう思うのだから、町にいけば、注目の的になるのは間違いなかった。
「わぁ…きれいなおはなさんだ…!」
と、イブが木陰に隠れた花を見つけたらしく、覗き込むようにして見ていた。もっと近くで見ようとしたのか、不用意に近づいたその瞬間―
「きゃぁっ!?」
「むっ!?どうしっ…!?」
「けほっ、なんですのこれ!」
突然、イブの上から鱗粉のようなものが吹き出される。イブの近くにいたリザイアとウィルもその鱗粉を被り、そして吸ってしまう。
それとほぼ同時に、それまで無かった無数の気配が俺達を取り囲んだ。
「っ、これって…!」
「…主様、囲まれています」
「みたいだな、構えろ!」
俺の声に合わせるかのように、そこらじゅうの花や木、植物が姿を変える。
「トレントにフラワイーター…どうやら、ここら一帯はこいつらの縄張りのようだな」
「どうする…?」
「とにかくまずはこの包囲網を突破するぞ。イブ、牽制を……イブ?」
と、そこで俺達は気がついた。本来ならいるはずの三人がいないことに。慌てて視線を動かして探すと、謎の鱗粉らしきものに包まれ、倒れ込む三人の姿が映った。
「っ!ユア!」
「〝暴風〟」
半ば反射的にユアに指示を飛ばす。ユアも瞬時にやるべきことを理解すると、暴風で三人を覆っていた鱗粉を吹き飛ばす。
「レイラ!メリア!」
「任せて!ほいっ!」「〝回復〟!」
レイラが念力で三人を引き寄せると、そのままメリアが回復をかける。これで回復してくれれば良かったのだが…
「っ、回復できない…!」
「クソッ、毒か…!」
どうやらあの鱗粉には毒があったらしく、三人は酷く苦しんでいた。だが、モンスター達はそんな俺達を待つはずがない。むしろチャンスだと言わんばかりに、ツタを伸ばして襲いかかってきた。
「ナメるなっ!」
「よくも三人を…!」
「許しません!」
アリス、ナヴィ、イルミスが襲ってきたツタを貫き、切り裂き、焼き落とす。しかし、次から次へとツタは襲いかかってくる。
「鬱陶しいっ…!ケイン!どうするの!?」
「とにかくこの場から離れるぞ!俺とユア、アリスで道を作る!ナヴィとイルミスは後ろを頼む!」
「「分かったわ!」」「任せてください!」「了解しました」
「メリアとレイラは三人を頼む!行くぞ!」
俺とアリス、ユアが先行し、モンスターの群れに向かって突撃する。が、なぜか手応えを感じない。
「っ、しまった!リリングトレントか…!」
焦ってしまったために、リリングトレントの存在を忘れていた。リリングトレントは幻覚能力がある。今攻撃したトレントも、幻覚だとすれば…
「クソッ!逃げ道はどこだ…!?」
感覚を狂わせる幻覚が、俺達を惑わす。その間にも、イブ達は苦しみ、ツタは攻撃の手を止めない。
万事休す、そんな状態の中、突如その声は聞こえてきた。
「パライズアロー!」
その声と同時に、俺達の右前に向かって矢が飛んできた。その矢は空中で突き刺さったかと思えば、突如として空間が歪み、景色が元に戻った。
「今のうちに行って!さぁ早く!」
「あ、あぁ!」
声の主が誰かはわからなかったが、助けてくれたことには変わりない。その声を信じ、俺達はモンスターの包囲網に飛び込んだ。
俺とアリスで目の前の敵を薙ぎ倒し、ユアが俺達の死角からの攻撃を捌く。ナヴィとイルミスが背後を守り、なんとか包囲網を突破した。
暫く走り、モンスターの姿も見えなくなった頃、俺達はようやく一息ついた。しかし、まだ問題は残っていた。
「イブ!ウィル、リザイア!しっかりしろ!」
「うぁっ…ケイン、さま…っ」
「けほっ…!ぅう…」
「くっ…!不、覚…!」
苦しむ三人に、変わらず回復をかけるが効果無し。それもそのはず、回復は傷や怪我は癒せるが、毒や麻痺といったものまでは治せない。精々進行を遅らせられる程度だ。
どうすれば、と必死に考えていると、再びその声が聞こえてきた。
「それ、ボクに見せてくれないかな?」
「誰っ!?」
アリスが声のした方へ向かって槍を構える。俺達もそちらの方を向くと、そこには白衣を纏い、眼鏡をかけた小柄な少女が立っていた。
「ま、待って!ボクは怪しい者じゃない!」
「この状況で、そんなことを信用なんてできるとでも…」
「待った!さっきの矢は、お前が放ったのか?」
「う、うん!そうだよ!」
「お前なら、イブ達の状態がわかるのか?」
「うん。ボクは解析を持ってるから」
「なら信用する。三人を見てくれ!」
「任せて!」
「ちょっ、ケイン!?」
見ず知らずの少女を信じたことに、アリスが思わず目を見開く。それはメリア達も同じようで、その視線を俺と少女へ向けていた。
だが、そんな事を気にすることもなく、少女はイブ達に近づくと、額や目、首筋を調べていく。
そしておもむろに腰についている鞄に手を突っ込むと、いくつかの薬草とすり鉢、コップを取り出した。
薬草をすり鉢に入れ素早く擦ると、今度はそれを薄い布に取り、別で取り出した粉と混ぜ合わせ、一気に絞った。絞り液はコップに注がれ、同時に少量の水と合わせられる。
そんな光景を見せられている俺達だが、意識は別のものへと向けられていた。
それは、少女の手。手首の少し上の辺りから、茶色く変色している手。その手は今、木の枝のように枝分かれしており、片手で絞りつつコップを抑え、もう片手で混ぜ合わせながら鞄から別の物を取り出していた。
普通ならあり得ない光景を見せられ、硬直する俺達を他所に、少女は混ぜ合わせた液体を三つの試験管に分けていく。
「できた!早くこれを飲ませ…って、どうしたの?」
「あ、いや…それを飲ませればいいんだな?」
「うん。すぐにとは行かないけど、症状は和らぐはずだよ」
「分かった、信じるぞ」
俺は試験管を手に取り、一番近かったリザイアの口に流し込んだ。リザイアは入ってきた異物に一瞬訝しんだが、すぐに飲み込んだ。
イブとウィルも同様に飲ませると、少しずつ顔色が良くなって行くように見えた。
「ふぅ…とりあえずはこれで大丈夫かな…」
「助かった。これで直るのか?」
「いや、まだ完全には治ってないよ。さっきの薬じゃ、完治には至らない」
「なっ!?それじゃ、意味が」
「待って待って落ち着いて!完全に治す薬を作れなかったのは、調度必要な薬草を切らしてたからなんだ!今飲ませたのでも十分効果はあるけど、確実性を求めたかったってだけで!」
「落ち着けアリス!」
「でもっ!」
「今の言葉、聞いただろ?さっきの薬で、少なくとも死ぬようなことは無くなった。後は切らした薬草さえ手に入れば完治する。そうだろ?」
「う、うん!」
アリスに肩を握り揺らされ、少し気持ち悪そうにしている少女が答える。
アリスは納得していないような顔をしつつも、少女から手を離した。少女はその場で、少しフラフラとしていたが、少ししてビシッと持ち直した。
「大丈夫か?」
「へ、平気…」
「…俺はケイン。お前は?」
「ボクはナーゼ。ドリアードのナーゼだよ」




