147 咆哮
「クーテ、ちゃん…?」
「…わたし、知ってるよ。聖女さまが、この村に来た時からずっと、本当の聖女さまを見せようとしなかったこと。どうしてかは分からなかったけど、きっと見せたくないんだろうなって、そう思ったの」
「そ、そんなこと………」
「だから、聖女さまが本当の自分を見せてくれるようにって、ずっと思ってた。…けれど、見せてくれなかった。ううん、見せられなくなった」
「………」
「…わかってるの。楽しんでたのも、嬉しそうに笑ったのも、全部本物だって。全部本物だから、本当の聖女さまは見せられなくなって…でも」
クーテが顔を上げる。その目がじっと、イルミスを見つめる。
「あの人たちが来て、聖女さまはやっと、本当の聖女さまを見せてくれた。ずっと抑えてた苦しみを、こうやって見せてくれた」
「あ……」
「だから、大丈夫。聖女さまが本当はどんな姿だったとしても、わたしたちは……」
「…ありがとう、クーテちゃん」
「……ふぇ?」
不意に抱き締められ、ぽかんとするクーテ。そんなクーテをゆっくりと離すと、イルミスは立ち上がった。
「みなさんは…ケインさん達はどちらに?」
「え、えっと…あ、あっちに…」
「ありがとうございます」
「あっ、でもこれ…」
「大丈夫です」
イルミスが安息の壁に手を触れる。その瞬間、パキンという音と共に、壁が全て消滅した。
「え…?」
突然のことに呆然とするクーテを他所に、イルミスは走り出す。ケイン達の元へ…戦いの、戦場へ。
*
「ぐあっ!?」
「ほいよっと、メリア!」
「…ん、〝回復〟」
「す、すまねぇ嬢ちゃん…」
「いい。死、なれ、る方、が、困る……でも」
「…えぇ、いくらなんでも減らなすぎる」
戦い初めてからどのくらい経ったのだろうか。日も沈み始めたというのに、一向に収まる気配のないモンスターの軍団。
村人たちは、すでに疲労困憊で殆どが動けなくなっており、メリア達も残された余力は決して多いとは言えない。
「しかし我らがやらねばこの村は救われぬ!ならば戦うしかあるまい!」
「そうっ、ですけどっ、さすがにっ、このっ、数はっ、辛いですわっ…!」
「メリアさま!かずはっ!?」
「……駄目、まだ、いる…!」
「そんな…でもっ!」
残ったのはたった六人。それも、村とはなにも関係のない部外者。
たとえそうだとしても、メリア達はこの村のために戦っていた。自分達のリーダーであるケインが、助けたいと願ったから。
と、モンスター達の背後から三つの影が飛び出してきた。新手か!と構えるナヴィ達だったが、それは杞憂に終わった。
「〝波斬〟」「邪魔っ!」「ふっ!」
「ケイン!?アリス!ユアも!」
「助けに来た…と、言えたら良かったんだが…!」
「こんなにいるなんて聞いてないわよ…!」
「なにが…っ!?」
「嘘…ですわよね…!?」
ケイン達を追うように森の中から現れたのは、ゴブリンキングとオークキング。その数二十六体。
ケイン達は森の中で対峙していたが、この集団相手に村の手前まで押し返されてしまったのだ。
とは言え、これでも数は減らした方である。ここまでにケインが十体、アリスが四体、ユアが二体倒していた。
「…申し訳ありません。私では相性が悪く…」
「気にしなくていい。それよりも…」
「体力でしょ?……正直限界に近いわ」
「……私もです」
「だろうな…休んでてもいいぞ?」
「冗談、休めるわけないでしょ?」
「同感です」
「そうか…ナヴィ!そっちはまだいけるか!?」
「正直辛いけど、まだいけるわ!」
「よし、ならっ……!?」
突然、ケイン達の背後から、とてつもない威圧感が放たれた。
駆け出そうとしたケイン達、ケインの手助けをしようとしたナヴィ達、その場に倒れ込んでいた村人たち、そして村に進もうとしていたモンスター達が威圧感に当てられ、一斉にその動きを止めた。
圧倒的強者。それを感じさせられる威圧感。ケインはその正体を探るべく、震える本能を抑え込んで背後を見た。
「…………」
村の入口。そこに、イルミスが立っていた。
その目は、これまで見せていた優しいものではない。覚悟を決めた目だった。
「聖女、さん?」
村人たちも、いつもと違うイルミスに困惑していた。そんな村人たちを他所に、イルミスは戦場へと足を進める。
たったそれだけで、モンスターが一歩、また一歩と後退する。
「イルミス、お前……」
「ありがとうございます、ケインさん。お陰で吹っ切れました」
「……なんのことだ?」
「……わたしは、本当の自分を見せるのが怖かったんです。本当のわたしを見せたら、きっとこれまでの関係は崩れてしまうって、確信していましたから。……でも」
突然、イルミスを取り巻くように、魔力の渦が生まれる。その渦は次第に大きくなり、まるで嵐のように吹き荒れる。
「っ、レイラ!村人を全員村に戻せ!」
「わ、わかった!」
「メリア!村を囲め!」
「え、あっ、うん!〝安息〟!」
誰よりもイルミスの近くにいたケインが危険を感じ、素早く指示を飛ばす。レイラが村人を全員村に放り込み、メリアが安息で村ごと囲む。
その間にも、魔力の渦は大きくなる。ケインも、イルミスから素早く距離を取る。
「……なに?これ…!」
「分からない…けど、これ……」
困惑するナヴィ達。しかし、メリアだけはその感触を知っていた。
まるで、存在そのものが変わるような感触。それを、この魔力の渦に感じていた。
「わたしは、戦います。わたしが起こしたこの戦いは、他でもない、わたしが終わらせます…!」
イルミスの周りに集まっていた魔力が、イルミスへと集約していく。同時に、イルミスの体が変化していく。
「なっ!?」
長く伸びた胴が、白く輝く。
その手足も白き鱗で覆われ、乳白色の鋭い爪が伸びる。
「嘘…でしょ…?」
長く美しい尾はゆらゆらと揺れ、白き翼が悠々と広がる。
「これって…!」
桃色のたてがみに、桃色の角。
そこにいる。ただそれだけで、果てしない威圧感を放つ存在が、イルミスに変わり現れる。
「グルァァァァァァァァァァァァ!!!」
それは、咆哮した。決して現さなかった、その巨躯を見せつけるように。
聖女イルミス、その正体は……
「ドラゴン……!?」




