145 スタンピード
モンスターの集団暴走。一般的にスタンピードと呼ばれるその現象は、発生するだけで国一つが動くほどの災害に指定されている。
たとえ出現したのがゴブリンだけだとしても、暴走したゴブリンの大群、というだけで、その驚異は計り知れない。
だが、スタンピードは発生すること事態があり得ない現象である。現に、最後に発生したという情報が残されているのは、約五十年前。
その規模は不明。しかし、犠牲者は千人を越えているらしい。
部屋を出た俺達は、ナヴィ達を呼び村の外へ。
その際、村人もスタンピードのことを聞いてしまった。その顔には焦りや困惑が浮かび、絶望している者もいた。
だが、止まっている暇などない。畏怖し動けなくなった村人を放置し、メリアが感じた方角へと向かう。
そして、森に近づくにつれ、その顔色がさらに悪くなる。
「メリア、こっちで間違いないんだな?」
「……うん、間違い、ない」
「主様、確認してきました」
「ユア、どうだった?」
「ゴブリンやオーク、ガビューウルフが殆どです。…ですが」
「……厄介なのがいるのね?」
「はい。ゴブリンキングとオークキングがいます」
「よりにもよってその二体か……数は?」
「不明です」
ズバリ言い切ったユアの言葉に頭を抱える。
ゴブリンキングとオークキング、どちらもCランクモンスター。それが複数体いる可能性がある。それだけで、どれだけの被害が出るのだろうか。
だが、やるしかない。見て見ぬふりは、俺にはできない。偽善者と言われても構わない。
それに、俺達が戦うことで、村人の避難がどこまで進むか分からない。
それでも、やるしかなかった。
「……よし。俺とユア、アリスでスタンピードの中に突っ込む。注意を引きつつ、可能な限り撃破していくぞ」
「了解しました」「分かったわ!」
「ナヴィ達はここで待機。俺達が処理しきれず、流れてきたモンスターの対処を頼む」
「「「「「「了解!」」」」」」
「こちら側の指示はメリアに任せる。できるな?」
「……ん、だいじょーぶ」
「…よし、やるぞ。絶対に…死ぬなよ?」
その言葉で、全員の顔が引き締まる。
こちらの戦力はたったの九人。対するモンスターの数は不明。圧倒的不利なのは目に見えている。犠牲者を出さずに鎮圧するのは不可能に近い。
それでも俺達はやると決めた。戦うと決めた。
俺とユア、アリスが駆けだし、ナヴィ達が散り散りになる。まだモンスターの姿は見えてこないが、メリアとユアの言葉から、すぐ近くまで来ていることは間違いない。
その予想を肯定するように、すぐにモンスターの姿が見えてきた。
「…いくぞ!」
「はい」「えぇ!」
俺達は分散し、それぞれ向かっていく。
ユアからの報告通り、ゴブリンやオークが主なモンスター。ガビューウルフも数体おり、混沌としている。
―止められるだろうか。
そんな心配が頭を過る。けれど、やらなければ何かを成すことはできない。
罪を背負う俺達が、こんなことをするのも、普通ならおかしな話だ。けれど、その罪を本当の意味で背負うまでは、偽善者でもいい、そうありたいと思った。
だから、戦う。
「うぉぉぉぉらぁ!」
天華を抜き、一閃。
それだけで、ゴブリンの首が一つ飛ぶ。
「〝波斬〟」
勢いに任せ、さらに一閃。
飛んでいった衝撃波が、オークの胴を二つに分ける。
もう退路も、逃げ道も、誰かの助けも無い。
あるのは自分自身の力だけ。
これからの為に、そして何より自分自身の為に、決して負けられない戦いが幕を開けた。
*
初めてそれを聞いたとき、わたしはどう思ったのだろう。
ケインが、そんな罪を背負っていたことに、どんな感情を抱いたのだろう。
わたしの知らない所で成長して、わたしの知らない所でたくさんの出会いを果たして…わたしの知らない所で、決して許されない罪を背負って。
分からない。わたしがどうしたいのか。
その場で答えは出したけど、心の中では迷っていた。
けれど今日、ケインの行動を見て確信した。
ケインが本当に嫌っているのは、罪を背負うことで変わってしまう自分自身。
誰かを平気で殺め、見知らぬ人を救わなくなってしまうかも知れない自分自身。
誰も信用せず、全てを疑い続けて生きることになるかも知れない自分自身。
だから、変わらずに生きようとしている。たとえ消えない罪を背負おうと、自分自身を見失わないように、しっかりと。
そんなケインを、わたしは好きになったのに。
どうして迷ったりしたのだろうか。自分の心に、少しだけ腹が立つ。
だから、改めて誓う。
もう、迷わない。ケインがケインらしく生きる為に、わたしはケインの側にいる。
あの罪を、わたしも本気で背負う。だから…
「消え失せろ、モンスター!」
戦う。わたしも、ケインと…仲間と、一緒に。




