144 絶望の幕開け
村の至るところから、笑い声が聞こえてくる。
今日は収穫祭。一年に一度、豊作の糧となっている龍痕に感謝をする日。
もちろん、龍痕の上に建てられた教会にはたくさんの人が来るわけで…
「はいはい、慌てないで。ちゃんとついであげますわ」
「はい!どーぞ!」
「む、少なくなってきましたね…レイラ、頼めますか?」
「はいはーい。追加分持ってくるねー」
俺達は、教会へ来た村人に向けた炊き出しの手伝いをしていた。
最初は、イルミスが全てやろうとしていた。しかし、村人全員が来てしまい、人手が足りなくなってしまった。
イルミスもまだ本調子では無さそうだったので、俺達が手伝いを願い出たのだ。
「ケインー、スープが少なくなってきたんだけど、どうかな?」
「あぁ、もうすぐできるから待ってろ」
「メリア、これ持っていって。冷めると美味しくなくなるから」
「わかっ、た」
配分はこう。
まず、料理を分ける係にウィル、イブ、ユアの三人を置いた。単純に料理ができない組だ。
次に俺、ナヴィ、リザイア、アリス、イルミス。この五人で、担当を分けて料理を作る。
最後にメリアとレイラ。二人には、作った料理を運ぶ仕事を任せた。
おかげで炊き出しは好評。特に目立った問題は起きていない。しかし…
「うっ…」
「イルミス、無理しない方がいいぞ?」
「……お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
やはり、イルミスの様子がおかしい。よくあること、とは言っていたが、出会って三日しか経っていない俺達ですら違和感を覚えてしまう。
しかし、いくら休むよう伝えても、一向に休もうとしない。まるで、生き急いでいるように。
やがて、人の流れも落ち着きを見せる。俺達はイルミスの元へと向かう。
「…イルミス」
「あ、みなさん、お疲れ様です。助かりま」
「何を隠している?」
「…………」
「よくあること、なんて言っているが、今のイルミスを見るに、かなり酷くなってきている。やせ我慢をしたところで、なにも変わらないぞ?」
「………たとえ、そうだとしても、わたしは…っ!」
「イルミス!?」
「ぅぐ……はぅっ…あぁっ…!」
「メリア!」
「〝回復〟っ!」
突然苦しみだしたイルミスに、メリアが回復を使う。
しかし、いくら回復させようとしても、イルミスは苦しんでいるままだった。
「な…なん、で…!?」
「…回復で治せないもの……例えば、体質とかかしら?」
「……っ!」
「……どうやらそのようね。回復で治せるのは怪我や痛み、病気といった外傷だけ。体質の問題は治せないわ」
体質。つまり、病気や怪我などではなく生まれ持ったもの。それが今、イルミスを苦しめている原因だと言うのだ。
どうして言わなかったのか、と問いかけようとして、ふと思い付いた。
もしかしてイルミスは、これが原因で逃げ出すことになったのではないか?と。
この体質がどういったものかは知らない。だが、少なくとも良いものとは言えないのだろう。でなければ、こんな状態になるまで我慢する必要がない。
「おぉ、ここに居ましたか…っと、聖女さま!?」
「っ、あっ、村長、さん……うぐっ!」
「ど、どどど、どうしたんじゃ!?」
「村長さん、落ち着いて」
「お、落ち着いてなどいられ…」
「いいから落ち着け」
「はっ、はいっ!?」
倒れ苦しむイルミスを見て、血相を変えて飛び込んできた村長が、怒気を含んだアリスの一喝で制止する。
しかし、村長が騒いだことで、何人か焦ったように入ってきてしまう。その中にはクーテもいた。
「聖女さま!大丈夫ですか!?」
「聖女さま!」
「聖女さ」
「うるさい黙れ」
「「「っ!?」」」
しかし、アリスに睨まれ、思わず制止する。
騒いだところで事態が良くなる訳ではない。むしろ悪化することだってある。
だが、こうやって心配して来てくれる人がいるというのは、イルミスという人柄が現れている証拠だろう。
「そ、それで、聖女さまは一体……」
「憶測で悪いが、恐らく体質だ。病気や怪我なんかじゃない。それともう一つ。恐らくイルミスは、この村に来る前からこの状態だった」
「そ、そんな……」
仕方ないだろう。今日になるまで一切の相談もされず、ずっと苦しんでいたことを今になって知らされたのだから。
それはある意味、信頼されていなかったということでもある。
「とにかくここじゃ目立つ。部屋に運ぶぞ。イルミス、部屋はどこだ?」
「うっ…一番、奥……」
「一番奥だな?メリア、ウィル、ユア!ついて来てくれ!ナヴィ達は事情説明を頼む!」
「ん…!」「わかったわ!」
「よし、いくぞ!」
「え……きゃっ!?」
イルミスを抱え、奥の部屋へと向かう。ユアを先行させ、ドアを全て開けさせたので、止まることなく、一直線に最奥の部屋まで到達した。
その部屋は、俺達が借りた部屋より少し大きく、生活感が残っている。ただ、布団やベッドがかなり崩れていた。恐らく、寝ている間も苦しんでいた名残だろう。
急いでイルミスをベッドに寝かすと、再び苦しみだした。顔色も先程より悪くなっている。
「メリア、極小でいい。安息を」
「ん、わかっ、た」
「ウィルとユアで、水を霧散して欲しい。あまり期待できないが、多少なりとも息苦しさは和らぐハズだ」
「わかりましたわ!」「了解しました」
メリアがイルミスを中心に安息を展開。その中に、ウィルが水を産み出し、それをユアの暴風で霧散させる。
本来は病人に使う手なのだろうが、四の五の言っている余裕は無かった。
少しして、クーテも部屋へとやって来る。
「あ、あの!わたしもなにか手伝えませんか!?わたし、聖女さまにたくさん遊んでもらえて嬉しかったから……だから!」
「……なら、イルミスの側にいてやってくれ。手を握って、励ましてくれ。…メリア」
「……ん」
メリアが作った小さな入り口に、クーテが入り込む。苦しそうなイルミスを見て、唇を噛み締めつつも、やさしくその手を握った。
その様子を見て落ち着いたのも束の間、今度はメリアに異変が起こった。
「…………っ!?」
「メリア?メリア!?」
突然、メリアの顔から血の気が引いていく。俺が声をかけても、全く反応しない。
少ししてハッとしたメリアが、まだ青い顔をこちらに向ける。その目は、明らかに異常を捕らえた目だった。
「ケイン…!敵、が……!」
「敵…?どの方角からだ?」
「あっち……それも、たくさん…!」
「っ、まさか!?」
…最悪だ。よりにもよって、このタイミングで起こるなんて思わなかった。
もし、メリアの言葉が真実なら、発生したのはモンスターの集団暴走。すなわち、
「スタンピード…!」




