141 聖女イルミス その1
「俺はケイン・アズワード。ケインでいい」
「…メリア。この子、は、コダマ」「くぅ!」
「ナヴィよ」
「レイラだよー!よろしくねー」
「ウィルですわ」
「イブです!」
「ユアと申します」
「我が名はリザイア…またの名を、災厄なる悪夢!」
「長いわよ…ったく…アリス・フィルミエ。アリスでいいわ」
イルミスと名乗った女性に、俺達も名乗った。
それにしても、三年間一人で生きてきたのに、メリアと出会ったあの日から、たった半年近くでこんなに大御所になるとは思わなかった。
しかも、種族もバラバラ、美少女ばかり集まるとは、微塵も想像できなかった。男の知り合いもできてるけど。
まぁ、今はそれよりも気にしなければいけないことがある。さっき、メリアが名乗った時だけ、イルミスの顔がほんの一瞬曇った。
人柄はかなり良さそうだが、少し警戒する必要がありそうだ。
そんな考えを察したのか、イルミスは踵を返して教会の方へと体を向ける。
「さて、それじゃあ夕飯の準備をしますので、好きに寛いでいてください」
「だったら私も手伝うわ。一応、お世話になるのだし」
「イブもてつだいます!」
「そう?なら、お願いしてもいいかしら?」
ナヴィとイブが、先に向かったイルミスの後を追う。あの二人なら大丈夫だろう。
残った俺達も、教会へ戻ろうとした。その時、ふと思い付いたことがあった。
「そうだ。レイラ、アリス」
「ん?なぁ「なぁにケイン?わたしに用があるの?いいよ、何でも言って!わたしが解決してあげるから!」……」
「近い近い近い!」
「……なんというか、あれだね。アリスってケインのことになると暴走するね。他人の目なんて気にしないくらい」
なんだか自暴自棄になっている雰囲気のレイラを差し置いて、目の前のアリスをなんとか宥める。
少しして落ち着いたのか、普段通りのアリスに戻った。
「それでケイン、わたしたちになにか用?」
「あ、そのまま進めるんだ…」
「ははは…とりあえず、ここでやることじゃないからな…そうだな、裏手の森に行こう。メリア、すまないがナヴィ達に聞かれたら、裏手の森にいると伝えておいてくれるか?」
「ん…わかった」
「裏手の森…まさかわたしを襲」
「んなわけないだろ…レイラ、行くぞ」
「あ、うん」
「あ、まって!冗談だから!」
「…絶対冗談じゃないよね」
とりあえず、めんどくさくなったアリスを放置して森の中へと入っていく。
なるべく迷惑のかからないような距離まで離れたところで、二人の方へと向き直す。
「それで、結局わたしたちになんの用なの?」
「少し特訓に付き合って欲しくてな」
「特訓?」
「あぁ。レイラ、俺には制限解除のスキルがある、そうだろ?」
「うん。あの時渡したから、使えるハズだよ」
「…もしかして、制限解除を使いこなすための特訓を、わたしたちにしてもらいたいってこと?」
「そうなるな。レイラは元々このスキルの持ち主だし、アリスは完全に物にしている。二人がいれば、このスキルを俺も身に付けられるハズだ」
「なるほどね…」
少し前に、俺がアリスと同じ制限解除のスキルを持っている、という話を聞いたとき、俺は信じられなかった。
あの時渡されたスキルの中に、制限解除の情報は無かったからだ。
だがそれは、生前のレイラがこっそりと仕込んだことであることが判明。身を滅ぼすほどの危険なスキルを、むやみやたらに使ってほしくないという考えの元、情報を隠して渡したそうだ。
「でも、それが無くてもケインは強いでしょ?わざわざ身に付けようとしなくてもいい気がするけれど…」
「レイラが心配するのはもっともだ。だが、この力は持っておかなきゃいけない気がするんだ。これからメリアを…皆を守るためにも」
「……前々から気になってたんだけど、どうしてケインは、そこまでしてメリアの側にいようとするの?ただの仲間だから、とは違うんでしょ?」
「アリスも仲間だしな。話してもいいが…これを聞いたら最後、二度と引き返せなくなるぞ」
「…どういうこと?」
アリスの顔が、一瞬にして険しいものへと変貌する。アリスも冒険者。俺の言葉の意味を理解できないハズがない。
それでも、アリスは聞きたいようだ。俺が話すのをじっと待っていた。
「デュートライゼルの件、お前はどこまで知っている?」
「え?えぇと…半年くらい前に突然滅んだ。原因も犯人も不明。生存者は0。現在も調査を続けているけど、成果無し…ってことくらいかな」
「やけに詳しいね?」
「まぁ、その調査に行かないか?って頼まれたからね。ケインを探すからって断ったけど」
「その犯人が、メリアだ」
「…………え?」
「ちなみにレイラは勇者の末裔。つまり、デュートライゼルの正当な統治者だ」
「えっ、ちょっ!?どういうこと!?」
俺はアリスに全てを話した。
メリアがメドゥーサであること、あの日なにがあったのか、どうしてそうなったのか、その全てを。
真実を聞いたアリスは呆然としていた。まぁ仕方ないだろう。身近に犯人がいて、しかも、冒険者である俺が庇っていたなんて知ったら。
だが、知っていなければならない。俺達についてくるとアリスが決めた以上、この罪を背負う必要がある。最悪、世界を敵に回す覚悟も。
「……全員、そのことは?」
「知っている。知ったうえで、ついていくと言われた」
「なら、わたしの答えもわかってるでしょ?」
「…本当にいいのか?」
「むしろ、やっとわたしを信じてくれたことの方が嬉しいかな」
「……そうか」
アリスの目は、真っ直ぐ俺だけを見ていた。その目に、俺達を害そうという気持ちは一切見られなかった。
「やーっと、メリアがケインに執着する理由が分かったわ…そりゃ好きになるよね…」
「ん?なにか言ったか?」
「なんでもないよ。それより、早く始めましょ。急ぐ理由があるんでしょう?」
「あぁ」
そう、俺にはこのスキルを覚えなければならない理由がある。
アリスを看病していた時、メリアに呪いをかけたモンスターを倒した勇者と、その呪いを抑えた少女。その正体が、異界に住んでいた者であるという可能性が、調べ事をしていたユアによって判明した。
俺はそんなわけが無いだろうと思っていたが、話を聞くにつれて、現実味が増していった。
この世界とは違う、別の世界。
過去に一度、その別の世界から、人を二人呼び寄せた。
その二人は、世界を混乱に陥れた化け物と戦い、そして勝利した。
やがて二人は国を為し、今なお、その子孫が国を守り続けている。
それが、ユアの調べた情報を纏めた結果だった。
それはまるで、過去にあった出来事…具体的に言えば、デュートライゼルの成り立ちと、メリアがメドゥーサになった原因と酷似していた。
レイラはこのことをまだ知らされていなかったらしく、完全にこの情報が正しいとは証明されていない。
―だが、もしこれが真実なら。同じことを、現世でも行えるとしたら。
俺達の敵は勇者、それも、実力も未知数な異界の者が敵になるのだ。
備えなければならない。そもそも、勇者が敵になる以前に、メリアが犯人であるとバレる可能性もゼロではない。
そうなった時、俺に力が無ければ、メリアを守ることはできない。仲間を救うことができない。
一人で背負うつもりはないが、任せきるつもりもない。
こうして、レイラとアリス、二人との特訓が始まった。




