140 小さな村の、龍のお話
十四章開幕です。よろしくお願いします。
「主様、見えてきました」
「お、ようやくか」
あれから三日。地図に見えた集落を目指し、俺達は進んでいた。
目的は特に無いが、休む場所が欲しかったので、よることにした。
「…しかしケインよ、おかしいとは思わぬか?」
「お前もそう思うか?」
「無論。モンスターが多いというのならまだしも、ここまで活発になっているのは明らかに不自然。モンスターが活性化するなにかがあるのだろうな」
リザイアのいう通り、ここら一帯のモンスターとは何度か戦闘した。そして、その全てが本来よりも活発な活動をしているのだ。
この森には、モンスターを活発化させるなにかがあるのだろうか?
そんなことを気にしつつも、俺達は集落にたどり着いた。
「…ん?誰だ!?」
「誰って…まぁ、冒険者だ。旅の途中で、ここを見つけたんで、少しばかりお邪魔できれば、と思ったんだが」
「…ふむ、嘘はついていなさそうだが…少しだけ待っていてくれ」
「わかった」
門番らしき男が集落の中へ消えていく。待つこと五分。男が一人の老人と、小さな少女を連れて戻ってきた。
「ふむ、お前さんらが冒険者かの?」
「あぁ、貴方は?」
「わしゃ、このアレット村の村長をやっておるメテラじゃ。こっちは孫のクーテ。お主は?」
「ケイン・アズワードだ」
「ケインか…よい名だ。…いいじゃろう、何もない村だが、少しゆっくりしていくといい」
「それはありがたいが…いいのか?他人を簡単に村に入れ込んでも」
「なぁに、心配はいらんよ。元々この村は、よく冒険者が来ていたからの。ほれ、案内してあげなさい」
「はーい!おにーさんたち、こっちだよー!」
元気な声を上げる少女。クーテ、だっけか。見た目はイブと同じくらいだが、多分イブより少しだけ歳は上だろう。
などと思いつつも、俺達は案内されるがまま宿へと到着した。ただ…
「はーい、とうちゃーく!」
「あ、あの…ここって…」
「なぁに?」
「どう見ても教会だな」
「そうだよ?」
「いやいやいや、どうして宿が教会なんですの!?教会ってもっとこう、大切にしなきゃいけない場所じゃないんですの!?」
そう。案内された場所は、村にひとつだけある、少しばかり立派な教会。この村の、どの建物よりも大きくて広い。というか、下手をすれば貴族の屋敷くらいの広さがありそうだ。
「大丈夫だよー、もう住んでる人いるし」
「…は、はい?」
「今はお留守にしてるけど、おじーちゃんが話しに言ったからあんしんだよー」
「え、えーっと、誰なの?その人って」
「聖女さま!」
「せ、聖女…?」
聖女と言われたが、思い当たる節がない。
教会に与する人の一部がそう呼ばれているのはなんとなく想像がつくが、そんな人物がこの村にいるとは思えない。恐らく、愛称なのだろう。
教会の中に入ると、すぐ目の前に小さな祭壇が見える。ただ、その祭壇以外特に何も無く、少し進めば空き部屋が沢山あった。
「んじゃ、ここからここまでなら使ってもいいよ!終わったらおじーちゃんのところに案内するから呼んでねー」
「え、あ、あぁ…」
元気にその場を後にするクーテ。
待たせる訳にもいかないので、手短に部屋分けをする。部屋をあまり使いすぎるのもよくないが、そこまで部屋も大きくないので、二人一部屋の、計四部屋に分かれた。
俺は珍しく、メリアとではなくユアとの相部屋になった。というのも、アリスがメリアとの相部屋を希望。メリアがそれを承諾したため、かわりにユアがこちらの部屋に来ることになった。
「主様と同じ部屋というのは、少し落ち着きません」
「そんなに気にしなくてもいいぞ?」
「いえ、いつ何時どこから敵が来るかも分からないのに、主様が側にいるだけで反応が鈍りそうです」
「えぇ…じゃあ、交代するか?部屋」
「それはそれで嫌なのでこのままで」
「どっちなんだよ…」
そんな会話もしながら手短に済ませ、外へと向かう。外ではクーテが待っており、少しして全員が揃った。
「それじゃ、おじーちゃんのところへ行くよー」
「先に、聖女さまのところへ行かなくていいのかしら?一応、ここに住んでる人なんでしょう?」
「多分、おじーちゃんと一緒にいると思うよー。だから大丈夫!」
「そ、そう?」
クーテ先導の元、歩いて五分程度。村の中でも教会の次に目立つ家に案内される。そこまで豪華な見た目や内装ではないが、しっかりとした家に仕上がっている。
案内された先には、先程出会った村長がいた。
「あれ?おじーちゃん、聖女さまは?」
「聖女さまなら、少し前に教会に戻っていったぞ。準備をしなければ、っての」
「そっかー…残念」
どうやら、聖女さまとは入れ違いになってしまったようだ。
…しかし、教会から真っ直ぐここまで来たのに、それらしき人と会わなかったのだが…まぁ、気にすることでも無いだろう。
「改めて、ようこそアレット村へ。ワシが村長のメテラじゃ」
「ケイン・アズワードだ。少しの間、世話になる」
「ホッホッ、何も無い村じゃが、ゆっくりしていくといい」
「あぁ。…ところで、どうして俺達は教会に案内されたんだ?宿…とまではいかなくても、それらしい家とかは無いのか?」
「冒険者がよく来ていた頃はあったんじゃがのぅ…今は誰も来なくなっておったし、必要でも無かったので、取り壊して畑にしておるわい」
「じゃあ、どうして教会は残っているのかしら?」
「あの教会は、龍痕を抑える為に建てられておるのじゃよ」
「龍痕?」
聞いたことのない単語に、全員が首を傾げる。
ただ俺は、龍という言葉の方が気になっていた。
「ワシが産まれるより前の話じゃが…昔、一体の龍が、今教会がある場所に降り立ったらしいのじゃ」
「龍…ってことは、ドラゴン!?」
「そうじゃの」
ドラゴン。それは、メリアと同じSランクに該当されるモンスター。
ただ、その数は少なく、今ではたった数十体しかいないとされている。
そして、その中でも有名なのが、七龍王と呼ばれる存在。
かつて人々と協力し、世界を支配しようとした種族と戦った七体の龍。人々は感謝を込めてその龍達に名前を与え、敬っていたという。
「その龍は、酷い怪我を負っていたらしいのじゃ。そこで、村人全員で手当てをしたのじゃ」
「…成る程、龍痕というのは、その怪我をした龍の血が染みている場所、ということか」
「そうなるの。その龍は、いつのまにか消えていたらしいのじゃが、龍痕が残っておっての。龍痕から溢れ出る力で、村は豊作になったのじゃ」
「へぇ、いいことじゃない」
「じゃが、龍痕の力は凄まじく、周りにいたモンスター達まで活発になってしもうた。じゃから、少しでもその力を抑えようと、そこに教会を立てることにしたのじゃ」
「うーん…祠じゃ駄目だったのかしら?」
「駄目だったらしいの。龍痕を抑えるのに、祠程度の大きさでは足りなかったようじゃし」
つまり、あまりにも広い範囲にできてしまった龍痕の力を抑えるために、あの大きな教会が建てられた、ということらしい。
一応この村、というより、龍痕に向かってモンスターが襲いかかってきたことは何度かあったらしいが、数も少なく、村人で難なく対処できたらしい。
ただ、最近は少し静かすぎるのが逆に不安になるとの声も上がっているらしく、メテラもその心配をしているようだ。
「おっと、長話がすぎたな」
「いや、いい話を聞かせてもらったよ」
「ホッホッ、若い者はこんな老人の話なんぞ聞かんとおもっとったのじゃが…お前さんらは真剣に聞いてくれて嬉しかったぞぃ」
「他の奴らのことは分からないが…少なくとも、俺達は興味を持った。それだけさ」
「色んなことに興味を持つのはいいことじゃよ。そうやって生きていけば、いつか大きな発見があるやも知れぬからの」
玄関まで送ってくれたメテラとクーテに別れを告げ、俺達は教会へと戻っていく。
道中、魔力眼を使ってみたが、龍痕の力とやらは見られなかった。恐らく、魔力とは違う力が影響を与えているのだろう。
暫くして、再び教会が見えてきた。だが、先程とは少し様子が違う。
教会の入り口付近に、一人の女性が立っていた。
桃色に輝く髪に、美しい顔立。白いドレスを纏っており、腰辺りから入れられたスリットから、艶かしい素足が見え隠れする。
体の方も出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。サキュバスであるリザイアと並ぶレベルの、男にとっては理想郷とも言えるプロポーションをしていた。
そんな美人に俺達が目を奪われていると、向こうの方からこちらへと向かってきた。その姿でさえも美しく、イブが思わず生唾を呑み込んでしまっていた。
「貴方たちが、ここに来た冒険者さん達ですね?」
「……あ、はい。そうです」
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもよろしいですよ?気楽にしてください」
「え、あー………わかった」
気楽にしろ、と言われても、全員がそれどころじゃ無いほど見とれてしまう。クーテが聖女と呼んでいた理由が分かったような気がする。
「では、改めて…はじめまして。わたしはこの教会に住まわせて貰っているイルミスと申します。よろしくお願いしますね?」




