135 険悪なパーティー
新章開幕です。
「アリス!いい加減にしてくれますの!?」
「んー?なにが?」
「私たちの邪魔していることですわ!これ以上、ふざけるのはやめていただきたいですわ!」
「きゃー!ケインー、泥棒人魚が怒るー♪」
「どろぼっ…!?」
「ねぇ…そろそろ私達も限界なんだけど?」
「だったら、なに?」
「皆、落ち着いて…!」
助けてください。
ティンゼルを旅立って五日。俺達は次なる目的地を深く考えることもなく、気ままに旅をして…いたかった。
だが、今目の前では、アリスとナヴィ達の喧嘩が始まっていた。
ことの始まりは、アリスが加わってから初めての共闘からだ。
俺達のパーティーは、前衛らしい前衛が俺しかいなかった。ユアも一応前衛だが、あくまでも奇襲特化。ウィル達後衛が強いとはいえ、一人で前衛を勤めるのは中々に厳しかった。
そこに、アリスが加わった。
アリスが使うのは槍。しかも、かなり扱いに長けている。俺に剣の才能があったように、アリスには槍の才能があったようだ。
アリスが加わった前衛は、俺の負担が激減した。単純に攻め手が一つ増えるだけで、対応できる範囲は格段に大きくなる。
だが、問題は起きた。
遠くにいる敵を相手にしていたウィルの攻撃が、モンスターと対峙していたアリスに直撃したのだ。
これは、アリスを加えたばかりで、まだ完全な連携がとれていないが故の事故だと思うだろう。一度だけなら。
その後も、何度もウィル達の攻撃がアリスに命中する。あまりにも酷い扱いを受けたアリスは、俺に必要以上に張り付くようになった。
しかし、俺を含めた全員が気づいている。
これは、ウィル達が問題を起こしたのではない。アリスがウィル達に問題を起こさせたのだ。
しかし、アリスはモンスターと戦っているため、傍目からすればウィル達がアリスを虐めているようにしか見えない。
そして今日、あまりにも狡猾で悪質な行為に、ついにウィル達の怒りが爆発してしまったのだ。
「大体、貴方はケインしか助けようとしないではないですか。ケインと共にいたいのなら、ちゃんと連携をとってください」
「わたしはちゃんとケインと連携をとってるけど?なにか問題でも?」
「…ふざけているんですか?」
「ふざけてなんかないわ。大体、わたし一人にボロボロになるような貴方たちの方が邪魔なんじゃないの?」
「壊れるまでボロボロになった貴方を治したのは、私たちですけどもね?」
「その節はどうも。でも、それとこれとは別」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
今にも飛びかかりそうなアリスとナヴィ、ウィルペア。一触即発な状況を納めようとしているメリアの姿も、彼女達には見えていないらしい。
そんな彼女達の様子を見ていたリザイアが、一言呟いた。
「面倒だな、心というのは」
それは、誰に対する言葉なのか。それは、リザイアにしか分からない。
けれど、俺達はリザイアの言葉が、誰に向けた言葉なのか理解していた。
「それよりケインよ、なにか進展は?」
「ん?あぁ、この先に洞窟があるな。中が一部ダンジョン化していて、迷路のような入り組んだ感じらしい。出入口も複数あるみたいだ」
「ふむ、やはりその地図は素晴らしい性能をしているようだ。なぜ普及されぬのか理解に苦しむ」
「まぁ、戦闘に役立つ訳でも、生存率が上がるわけでもないからな。普通なら」
「それはそうだが…」
「とにかく先へ進もう。もう少し、打ち解けてくれるといいんだけどな……」
仲間達の仲も気になるが、気にしてばかりでは前に進むことができない。そのことを分かっているのか、ナヴィ達は険悪な状態ではあるが、きちんと俺達の後についてきている。
不安は残るが、とにかくここを突破することの方に集中しよう。
この洞窟の名は「メアの洞穴」。元々は普通の洞窟だったのだが、ある日突然、洞窟の一部がダンジョン化。特に強いモンスターが出る訳ではないが、内部構造が異質な迷路のようになってしまったらしい。
また、地下へ続く階段も見つかっているが、やはり広大な内部と迷路が合わさっているということもあり、誰もこの洞窟の全てを把握しきれておらず、それゆえ近寄る者もいなくなった、というのが、地図から得た情報だ。
「まぁ、我らにはケインがいるからな」
「だねー」
「ですね」
「……お前らなぁ…」
まぁ実際、迷路というのは俺達にとってはなんら問題ない。なにせ地図作成があるのだから。
如何に広大な迷路であろうと、地図を作りながら進めば、それはただの道。たとえ間違った道を進んだとしても、元に戻るのは容易である。
ただ、それは普通の迷路ならばの話。今回に限っては、地図作成があれど苦戦するのは目に見えていた。
協力して進む必要のあるこの洞窟で、未だに不安要素が残っていることはあまり良くないのだが、彼女の場合、きっかけがないと厳しいだろう。
俺は深いため息をつきながら、奥の方へと足を踏み入れた。
*
「っと、こっちも行き止まりか…」
「こっちもダメでした。にしても、これだけ潰してもまだ道がありますね…」
「それだけ、この洞窟が大きいってことだろう。…まぁ、洞窟で迷うよりも心配なのはあっちだけどな…」
「…そうですね」
俺とユアの視線の先。そこに見えているのは、相も変わらず、険悪な雰囲気の三人。
ただ、一番の問題はそこではない。そのことに彼女が気づかない限り、この状況はいつまでも続く。俺達はただ、それに早く気がついてくれることを願うばかりだった。
「…ん?」
「ケインさま?どうかしたの?」
「…いや、微かに魔力反応があったんだが…っと、そこか。〝波斬〟」
俺は僅かに感じた魔力を捉え、その場所目掛けて波斬を放つ。
すると、小さな爆発と共に、ガラスが砕けるような音が響いた。近づいてみると、そこには大きなヒビが入り、意味を成さなくなった魔方陣のようなものがあった。
「それは…トラップですね」
「あぁ。見つけられたのは偶然だが…これは、少し厄介だな」
「やっかい?どうして?」
「この魔方陣の大きさだ。あまりにも小さすぎる。これでは、魔力眼のような魔力探知ができない者は見落としてしまう」
「それに、これは恐らく、発動に他者の魔力を使うもの。もしそうならば、魔力は微弱なものしか感じられません」
「…仕方ない。魔力眼を使うしかないか」
俺は魔力眼を解放する。
魔力眼は便利なスキルだが、使い続けると魔力酔いを起こしてしまう。そのため、普段は使わずに生活している。だが、この洞窟では常に使っていた方がよさそうだ。
早速、魔力眼で周囲を見渡す。目の前に反応は無し。どうやら先程の一つしか無いようだ。
そのまま、俺は後ろを見る。その瞬間、俺の顔から血の気が引いた。
こちらに向かってくるアリス。そのアリスが、今踏もうとしている場所。そこに小さな、けれど、大きな魔力反応があったのだ。
「アリス止まれ!」
「え……っ!?」
俺が声をかけるも遅すぎた。アリスは魔方陣―トラップを踏んでしまった。アリスの魔力を得て、魔方陣が機動。一気に展開すると、そのままアリスを光で包み込もうとする。
「なに、これ…きゃぁぁぁ!?」
「アリスさま!」
「イブ!?」
アリスが包み込まれる寸前、イブがアリスに駆け寄る。そして、イブが駆け寄った直後、光はその輝きを増し、そして…
「…っ、アリス!?イブ!?」
「いない、だと…!?」
光が止んだ時、二人の姿は、跡形もなく消えていた。




