134 恋する少女は諦めない
いつからだろう。こんなにもケインのことだけを考えるようになったのは。
いや、わかってる。あの日、ケインに助けられた時から、わたしはケインが好きになったんだ。
ケインと一緒にいる毎日は楽しかった。ケインが頑張っているのを、見ているだけで応援したくなった。一生懸命になっている姿がとても格好良かった。
だから、ケインを捨てたと聞いたとき、胸が張り裂けるほど痛くなった。
どうしてケインがって、何度も考えた。けれど、誰も答えを教えてくれる訳じゃない。
だから、わたしはケインを探すことにした。
家を飛び出し、ティンゼルという町に来て、冒険者になって、それから三年。
冒険者という職にも慣れ、ランクもCにまでなったけど、それでもケインは見つからない。
ケインのいない三年間は、とても酷く、長いものだった。あの日からずっと、時計の針が動くことはなく、ただつまらない日々だった。
そして、ようやく出会えたケインには、仲間という名の、美少女たちがいた。許せなかった。わたしという存在がいながら、他の女が側にいることが。
でも、それ以上にわたしが許せなかったのは、全員がケインに好意を持っていたこと。ずっと思い続けていたわたしより、強い好意を。
そしてそれが、ケインと親密な関係を築けているということにも。
だから、壊したくなった。わたしだけを見てほしかった。そう考えたら、心が黒く染まって、なにも見えなくなった。
気づけば、わたしはケインを拉致していた。わたしだけのケインを取り返すために。けれど、すぐに彼女たちはわたしを追ってきた。
わたしは、彼女たちと対峙する。同じ人を好きになった者同士、譲れぬ思いをかけて。
でも、わたしは負けた。自分を犠牲にしてまで得ようとしたのに、なに一つ得ることなく負けた。
ふと、わたしの体になにかが入り込んでいることに気がついた。暖かくて、優しいなにか。
ゆっくりと開いたわたしの目が捕らえたのは、わたしの心を揺さぶった少女。そして…
愛してやまない、ケインの姿があった。
*
「…ケイ、ン?それに、メリアも…」
「アリス…良かった、目が覚めたんだな」
「えっと…あぁ、そっか…負けたんだっけ、わたし」
「ん…体、ボロボロ、だった」
「…治してくれたの?」
「三日三晩かけて、ゆっくりとな」
「…そう」
アリスの暴走から四日が経った。
ようやく目覚めたアリスは、虚ろな目をこちらに向けている。
アリスの体は、酷い状態だった。メリアの回復が少しでも遅れていたら、治療が長引くどころか、酷い後遺症が残る可能性があった。
とはいえ、アリスの体はまだ厳しい状態だ。無理に動かさない方が無難だろう。
「それはそうと、一応報告だ」
「…誰から?」
「ギルド長」
「…内容は?」
「「今後五ヶ月、冒険者としての活動を禁ずる。また、懇願され、他の冒険者を手伝った場合でも、分配及び報酬の権利を同じく五ヶ月失う」だってさ」
アリスは、同じ冒険者であるメリア達を殺すつもりで襲いかかった。それは、紛れもない重罪。本来なら、冒険者としての権利を剥奪され、犯罪者として裁かれるのが妥当である。
だが、ギルド長が下した判決は、殺人未遂とはいえあまりにも軽い。
「…なんで」
「メリア達がギルド長に打診したからな。「アリスの暴走の原因は私達にある。だから、せめて刑罰は軽くして欲しい」ってな」
「どうして…だって、わたしは…」
アリスは困惑していた。普通、襲われた側は刑罰を重くしようとする。それは、被害者の真っ当な権利である。
それなのに、メリア達は逆に刑を軽くするよう懇願しているのだ。自分達を殺そうとした自分を。
「…ごめんなさい」
「…なんで謝るの?」
「…アリスにとって、ケインとの思い出、大切なものだった。だから、私達が疎ましかった」
「………」
「アリスをこんな状態にしてしまったのは私達。それなのに、私達がアリスを攻めることはできない」
「……バカじゃないの?」
「…そうかもね」
「じゃあ!なんでわたしを責めないのっ、ぅぐ!」
「アリス、無理しちゃ…」
「うっ、さい…!」
アリスがメリアを問い詰めようとする。しかし、無理に体を動かしたからか、体が痛みを思い出したようだ。激しい痛みを体が訴え、アリスは一瞬息ができなくなった。
心配するメリアだが、アリスは助けを拒む。アリスにとって、未だにメリア達は敵でしかなかった。
だから、メリアは言った。その言葉を。アリスの前で、ケインの前で、もう一度。
「…なんで、って聞いたね」
「……えぇ」
「私は、ケインが好き。アリスが、ケインを思うように、私も」
「「………」」
「だから、アリスの気持ちがよく分かる。大好きな人が、知らないうちに他の人に取られてたら、私だって嫉妬する」
「…だから、庇ったと?」
「うん」
「ふざけないでっ!」
「…っ!」
アリスが、メリアに叱咤する。
メリアの言葉は、アリスにとって、綺麗事を並べているだけのようにしか聞こえない。否、他の誰が聞いても、そうとしか聞こえないだろう。
綺麗事は、端から見れば、なんら悪くはないように見えるが、言われている側はたまったもんじゃない。こうなるのも、必然だろう。
「わたしは情けが欲しい訳じゃない!なのに…なのにっ…!」
「アリス…」
「ただ一緒にいれるだけの貴方たちにっ!ケインのなにが分かる!?ケインの優しさも、ケインの強さも、なにも知らないくせにっ!」
「……知ってるよ、全部」
「嘘っ!嘘よ嘘よ嘘よっ!」
「わたしが、人じゃないとしても?」
「っ!?」
「メリア、お前…」
「…大丈夫」
メリアが腕につけていたガントレットを外す。そして、現れたメリアの腕には、緑色の鱗が張り付いている。それは、初めてメリアと出会った時より広がっている。やはり、少しずつ侵食されているようだ。
「なに、それ…!」
「わたしは、人間だった。でも、呪いのせいで、故郷を滅ぼして…家族も殺して…目に写るなにもかもを、壊してしまいそうで怖かった」
「………」
「…でも、ケインに出会えて、なにがあっても一緒にいてくれるって言われて、嬉しかった。ケインの優しさに、私は救われた。それは、皆だって、アリスだって同じ」
「………てる」
「ケインは誰にだって優しい訳じゃない。でも、だからこそ、アリスもケインを…」
「分かってるわ!そんなこと!」
「…アリス?」
アリスは、泣いていた。その涙は、酷く悲しげだった。
「貴方たちがケインの優しさを知ってることも!救われたことも!全部分かってる!だから…だからわたしはっ…!」
「………」
「…出ていって」
「アリス…」
「出ていって!」
「…分かった。ケイン」
メリアが立ちあがり、部屋を出ていく。俺も後を追うように外へと向かい、部屋を出る前にアリスに一言伝えた。
「…アリス。俺達は明明後日、この町を出る。だから、今はゆっくりしていな。…じゃあな」
「………」
無言でそっぽを向いたままのアリスに向かって一言告げると、今度こそ部屋から出ていった。部屋の外には、メリアの他に、ナヴィ達の姿もあった。
「アリスは大丈夫ですの?」
「大丈夫だ。少し無理をしたが、そのうち完治するだろう」
「ほっ、よかったぁ」
「…にしては、荒れていたな」
「まぁ、事が事だからな…色々思うところはあるだろう。今は、そっとしておく方がいい」
「そうですね」
「………」
*
「しかし、良かったのか?嘘なんてついて」
「…悪いとは思ってる。だが、俺達の罪ある旅に、アリスを巻き込みたくない。それだけだ」
「メリアが正体明かしてしまってますけどね」
「うぐっ…」
翌日の早朝、俺達は町から出る為に門に向かっていた。
アリスには明明後日と言ったが、元々俺達はアリスが目覚めた時点で旅立つ予定だった。
俺達の旅には、罪がある。人を、町を、無きものにした罪が。俺は、これ以上アリスに罪を被せたくなかった。
だから、出発日の嘘をつき、アリスが病み上がりの今を狙い、アリスが俺達の旅についてこれないようにした。
俺達の目の前に、俺達が町に来たときとは別の門が現れる。
しかし、目の前に現れたのは門だけではない。
「遅かったわね、ケイン」
「…アリス!?」
そう、ここにいるハズのない少女、アリスの姿もあったのだ。その格好は、この町で初めて出会った時とほぼ同じもの。
違うのは、明らかに遠出、もしくは旅をするような荷物を持っていることくらいだろうか。
「アリス、どうしてここに…」
「どうしてって、わたしもケインについていくからに決まってるでしょ?」
「いや、でも…」
「言っておくけど拒否権はないわ。だってわたし、不抜の旅人のパーティーメンバーだから」
「「「はぁ!?」」」
俺は慌ててギルドカードを取り出す。
メリア達と正式なパーティーを組んだことで、俺のギルドカードはパーティーメンバーを表示させることが可能になった。
そのメンバーの欄に「アリス・フィルミエ」の文字がハッキリと写っていた。
*
昨夜、その日の冒険者ギルドの営業も終わろうとしていた時、ギルドの扉は開かれた。
「ん…?誰だ!こんか時間に…って、アリス!?」
「ギルド長、さっさと手続きしなさい」
「は…?いや、なにを…」
「パーティー申請。ケインのパーティーに、わたしもいれなさい」
「はぁ!?いやいや、こんな時間にきていきなりんなこと言われてもよぉ」
「御託はいいから早くやって」
「……許可はとってあるのか?」
「んなもん必要ある?」
「…そうか」
ベルフェンドは奥へ向かうと、一枚の用紙を持って戻ってきた。アリスは手早く書き終え、ベルフェンドはそれを受け取った。
「…後はこちらでやっておく。もう帰ってもらってもいいぞ」
「そ、じゃあそういうことで。……もし、申請してなかったら…」
「心配するな。やっておくから」
アリスはそのままギルドを出ていく。
ベルフェンドは、手にした紙を見て複雑な顔をしたまま、作業を始めた。
*
「…ってことで、わたしも仲間になったから」
「んな無茶苦茶な…」
「言っておくけど、わたしはケインの仲間になっただけ。貴方たちの仲間になったつもりはないから」
「おいアリス!?」
「………」
「メリアまで!?」
アリスが俺の左腕に抱き付いてくると、今度は右腕にメリアが抱き付いてきた。
メリアのまさかの行動に、ナヴィ達が驚き顔を赤くする。
「……なに?」
「…ケインはアリスだけのものじゃない」
「貴方たちのものでもないけど?」
「独占は許さない」
「知ったこっちゃないわ」
「「むぅぅぅぅ……!」」
俺を挟んで無言で睨み合うメリアとアリス。
ナヴィ達はなにも口を挟まず、ただその状況をじっと見ていた。
とりあえず、色々と危ないので、すぐに離れて欲しいと切実に思う俺であった。
「「ケインは(皆)(わたし)のもの…!」」
(勘弁してくれ……)
*
「さて、面白いことにはなったが…って、どうしたのだ?イブよ」
「…アリスさまをなかまにしたいなぁ…っておもったんだけど…」
「…それは難しいのではないか?」
「でも……」
これにて十二章「狂愛の幼馴染」編完結です。
次回十三章も、よろしくお願いします。




