表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/414

134 恋する少女は諦めない

 いつからだろう。こんなにもケインのことだけを考えるようになったのは。

 いや、わかってる。あの日、ケインに助けられた時から、わたしはケインが好きになったんだ。

 ケインと一緒にいる毎日は楽しかった。ケインが頑張っているのを、見ているだけで応援したくなった。一生懸命になっている姿がとても格好良かった。


 だから、ケインを捨てたと聞いたとき、胸が張り裂けるほど痛くなった。

 どうしてケインがって、何度も考えた。けれど、誰も答えを教えてくれる訳じゃない。

 だから、わたしはケインを探すことにした。


 家を飛び出し、ティンゼルという町に来て、冒険者になって、それから三年。

 冒険者という職にも慣れ、ランクもCにまでなったけど、それでもケインは見つからない。

 ケインのいない三年間は、とても酷く、長いものだった。あの日からずっと、時計の針が動くことはなく、ただつまらない日々だった。


 そして、ようやく出会えたケインには、仲間という名の、美少女たちがいた。許せなかった。わたしという存在がいながら、他の女が側にいることが。

 でも、それ以上にわたしが許せなかったのは、全員がケインに好意を持っていたこと。ずっと思い続けていたわたしより、強い好意を。

 そしてそれが、ケインと親密な関係を築けているということにも。


 だから、壊したくなった。わたしだけを見てほしかった。そう考えたら、心が黒く染まって、なにも見えなくなった。

 気づけば、わたしはケインを拉致していた。わたしだけのケインを取り返すために。けれど、すぐに彼女たちはわたしを追ってきた。


 わたしは、彼女たちと対峙する。同じ人を好きになった者同士、譲れぬ思いをかけて。


 でも、わたしは負けた。自分を犠牲にしてまで得ようとしたのに、なに一つ得ることなく負けた。



 ふと、わたしの体になにかが入り込んでいることに気がついた。暖かくて、優しいなにか。

 ゆっくりと開いたわたしの目が捕らえたのは、わたしの心を揺さぶった少女。そして…


 愛してやまない、ケインの姿があった。



 *



「…ケイ、ン?それに、メリアも…」

「アリス…良かった、目が覚めたんだな」

「えっと…あぁ、そっか…負けたんだっけ、わたし」

「ん…体、ボロボロ、だった」

「…治してくれたの?」

「三日三晩かけて、ゆっくりとな」

「…そう」



 アリスの暴走から四日が経った。

 ようやく目覚めたアリスは、虚ろな目をこちらに向けている。


 アリスの体は、酷い状態だった。メリアの回復(ヒール)が少しでも遅れていたら、治療が長引くどころか、酷い後遺症が残る可能性があった。

 とはいえ、アリスの体はまだ厳しい状態だ。無理に動かさない方が無難だろう。



「それはそうと、一応報告だ」

「…誰から?」

「ギルド長」

「…内容は?」

「「今後五ヶ月、冒険者としての活動を禁ずる。また、懇願され、他の冒険者を手伝った場合でも、分配及び報酬の権利を同じく五ヶ月失う」だってさ」



 アリスは、同じ冒険者であるメリア達を殺すつもりで襲いかかった。それは、紛れもない重罪。本来なら、冒険者としての権利を剥奪され、犯罪者として裁かれるのが妥当である。

 だが、ギルド長が下した判決は、殺人未遂とはいえ()()()()()()()



「…なんで」

「メリア達がギルド長に打診したからな。「アリスの暴走の原因は私達にある。だから、せめて刑罰は軽くして欲しい」ってな」

「どうして…だって、わたしは…」



 アリスは困惑していた。普通、襲われた側は刑罰を重くしようとする。それは、被害者の真っ当な権利である。

 それなのに、メリア達は逆に刑を軽くするよう懇願しているのだ。自分達を殺そうとした自分(アリス)を。



「…ごめんなさい」

「…なんで謝るの?」

「…アリスにとって、ケインとの思い出、大切なものだった。だから、私達が疎ましかった」

「………」

「アリスをこんな状態にしてしまったのは私達。それなのに、私達がアリスを攻めることはできない」

「……バカじゃないの?」

「…そうかもね」

「じゃあ!なんでわたしを責めないのっ、ぅぐ!」

「アリス、無理しちゃ…」

「うっ、さい…!」



 アリスがメリアを問い詰めようとする。しかし、無理に体を動かしたからか、体が痛みを思い出したようだ。激しい痛みを体が訴え、アリスは一瞬息ができなくなった。

 心配するメリアだが、アリスは助けを拒む。アリスにとって、未だにメリア達は敵でしかなかった。

 だから、メリアは言った。その言葉を。アリスの前で、ケインの前で、もう一度。



「…なんで、って聞いたね」

「……えぇ」

「私は、ケインが好き。アリスが、ケインを思うように、私も」

「「………」」

「だから、アリスの気持ちがよく分かる。大好きな人が、知らないうちに他の人に取られてたら、私だって嫉妬する」

「…だから、庇ったと?」

「うん」

「ふざけないでっ!」

「…っ!」



 アリスが、メリアに叱咤する。

 メリアの言葉は、アリスにとって、綺麗事を並べているだけのようにしか聞こえない。否、他の誰が聞いても、そうとしか聞こえないだろう。

 綺麗事は、端から見れば、なんら悪くはないように見えるが、言われている側はたまったもんじゃない。こうなるのも、必然だろう。



「わたしは情けが欲しい訳じゃない!なのに…なのにっ…!」

「アリス…」

「ただ一緒にいれるだけの貴方たちにっ!ケインのなにが分かる!?ケインの優しさも、ケインの強さも、なにも知らないくせにっ!」

「……知ってるよ、全部」

「嘘っ!嘘よ嘘よ嘘よっ!」

「わたしが、人じゃないとしても?」

「っ!?」

「メリア、お前…」

「…大丈夫」



 メリアが腕につけていたガントレットを外す。そして、現れたメリアの腕には、緑色の鱗が張り付いている。それは、初めてメリアと出会った時より広がっている。やはり、少しずつ侵食されているようだ。



「なに、それ…!」

「わたしは、人間だった。でも、呪いのせいで、故郷を滅ぼして…家族も殺して…目に写るなにもかもを、壊してしまいそうで怖かった」

「………」

「…でも、ケインに出会えて、なにがあっても一緒にいてくれるって言われて、嬉しかった。ケインの優しさに、私は救われた。それは、皆だって、アリスだって同じ」

「………てる」

「ケインは誰にだって優しい訳じゃない。でも、だからこそ、アリスもケインを…」

「分かってるわ!そんなこと!」

「…アリス?」



 アリスは、泣いていた。その涙は、酷く悲しげだった。



「貴方たちがケインの優しさを知ってることも!救われたことも!全部分かってる!だから…だからわたしはっ…!」

「………」

「…出ていって」

「アリス…」

「出ていって!」

「…分かった。ケイン」



 メリアが立ちあがり、部屋を出ていく。俺も後を追うように外へと向かい、部屋を出る前にアリスに一言伝えた。



「…アリス。俺達は明明後日、この町を出る。だから、今はゆっくりしていな。…じゃあな」

「………」



 無言でそっぽを向いたままのアリスに向かって一言告げると、今度こそ部屋から出ていった。部屋の外には、メリアの他に、ナヴィ達の姿もあった。



「アリスは大丈夫ですの?」

「大丈夫だ。少し無理をしたが、そのうち完治するだろう」

「ほっ、よかったぁ」

「…にしては、荒れていたな」

「まぁ、事が事だからな…色々思うところはあるだろう。今は、そっとしておく方がいい」

「そうですね」



「………」



 *



「しかし、良かったのか?嘘なんてついて」

「…悪いとは思ってる。だが、俺達の罪ある旅に、アリスを巻き込みたくない。それだけだ」

「メリアが正体明かしてしまってますけどね」

「うぐっ…」



 翌日の早朝、俺達は町から出る為に門に向かっていた。

 アリスには明明後日と言ったが、元々俺達はアリスが目覚めた時点で旅立つ予定だった。

 俺達の旅には、罪がある。人を、町を、無きものにした罪が。俺は、これ以上アリスに罪を被せたくなかった。

 だから、出発日の嘘をつき、アリスが病み上がりの今を狙い、アリスが俺達の旅についてこれないようにした。


 俺達の目の前に、俺達が町に来たときとは別の門が現れる。

 しかし、目の前に現れたのは門だけではない。



「遅かったわね、ケイン」

「…アリス!?」



 そう、ここにいるハズのない少女、アリスの姿もあったのだ。その格好は、この町で初めて出会った時とほぼ同じもの。

 違うのは、明らかに遠出、もしくは旅をするような荷物を持っていることくらいだろうか。



「アリス、どうしてここに…」

「どうしてって、わたしもケインについていくからに決まってるでしょ?」

「いや、でも…」

「言っておくけど拒否権はないわ。だってわたし、不抜の旅人のパーティーメンバーだから」

「「「はぁ!?」」」



 俺は慌ててギルドカードを取り出す。

 メリア達と正式なパーティーを組んだことで、俺のギルドカードはパーティーメンバーを表示させることが可能になった。

 そのメンバーの欄に「アリス・フィルミエ」の文字がハッキリと写っていた。


 *


 昨夜、その日の冒険者ギルドの営業も終わろうとしていた時、ギルドの扉は開かれた。



「ん…?誰だ!こんか時間に…って、アリス!?」

「ギルド長、さっさと手続きしなさい」

「は…?いや、なにを…」

「パーティー申請。ケインのパーティーに、わたしもいれなさい」

「はぁ!?いやいや、こんな時間にきていきなりんなこと言われてもよぉ」

「御託はいいから早くやって」

「……許可はとってあるのか?」

「んなもん必要ある?」

「…そうか」



 ベルフェンドは奥へ向かうと、一枚の用紙を持って戻ってきた。アリスは手早く書き終え、ベルフェンドはそれを受け取った。



「…後はこちらでやっておく。もう帰ってもらってもいいぞ」

「そ、じゃあそういうことで。……もし、申請してなかったら…」

「心配するな。やっておくから」



 アリスはそのままギルドを出ていく。

 ベルフェンドは、手にした紙を見て複雑な顔をしたまま、作業を始めた。


 *



「…ってことで、わたしも仲間になったから」

「んな無茶苦茶な…」

「言っておくけど、わたしはケインの仲間になっただけ。貴方たちの仲間になったつもりはないから」

「おいアリス!?」

「………」

「メリアまで!?」



 アリスが俺の左腕に抱き付いてくると、今度は右腕にメリアが抱き付いてきた。

 メリアのまさかの行動に、ナヴィ達が驚き顔を赤くする。



「……なに?」

「…ケインはアリスだけのものじゃない」

「貴方たちのものでもないけど?」

「独占は許さない」

「知ったこっちゃないわ」

「「むぅぅぅぅ……!」」



 俺を挟んで無言で睨み合うメリアとアリス。

 ナヴィ達はなにも口を挟まず、ただその状況をじっと見ていた。


 とりあえず、色々と危ないので、すぐに離れて欲しいと切実に思う俺であった。



「「ケインは(皆)(わたし)のもの…!」」


(勘弁してくれ……)



 *



「さて、面白いことにはなったが…って、どうしたのだ?イブよ」

「…アリスさまをなかまにしたいなぁ…っておもったんだけど…」

「…それは難しいのではないか?」

「でも……」

これにて十二章「狂愛の幼馴染」編完結です。

次回十三章も、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ