133 恋の行方
俺は、メリアを守るようにして、アリスの前に立つ。アリスは、俺が来ることを想定していなかったのか、ものすごく動揺していた。
「ナンで…ナんデケインが…!」
「…こいつのおかげさ」
「くぅ!」
「コぎつネ…!?」
俺の背中から、コダマが顔を見せる。そう、俺が駆けつけることができたのは、コダマの頑張りのおかげである。
*
「…う、うぅ…」
メリア達とアリスが戦闘をしている最中、ケインはようやく目を覚ました。
意識が朦朧とする中聞こえて来るのは、金属がぶつかりあう音と、狂気に満ちた叫び声。やがて、意識がハッキリとし出すと、音の発生源がメリア達を叩きのめそうとしているアリスだと知る。
「なんで、アリスが…って、これは…!?」
立ち上がろうとするケインだが、手足を縛られていることに気がつき、思わずもがこうとする。
その時、ケインの手を押さえるように、小さな手が乗せられた。
「くぅ」
「…コダマ?」
そこには、アリス達から隠れるようにして、コダマが俺の側に来ていた。そして、そそくさと俺の腕の中に入り込むと、縛っていた縄を噛み始めた。
「お前、まさか助けに…?」
「ぐぅ」
縄を噛みながら答えるコダマ。よく見ると、近くの木の影に天華と創烈、二つの刀の姿もあった。
ナヴィ達は、メリアを助けた後、ケインが残した魔法鞄から現れたコダマを見て、こう作戦を立てた。
コダマと二つの刀。これらにユアが隠密を使い、レイラの念力でケインの元まで運ぶ。後は、アリスの注意を引いている隙に、コダマがケインを助け出す。
アリスが、ケインを人質扱いはしないという確信の元に練られた作戦は、半分まで成功したのだ。
「ぐぅーうっ!」
「よし!次は足の縄を…っ!?」
コダマが手首の縄をなんとか噛みちぎることに成功し、ケインは手の自由を取り戻した。次は足の縄を頼もうとした瞬間、アリスから強烈な魔力が放たれた。それは、ケインですら少し畏怖してしまうほどの怒りを含んだものだった。
「くそっ…だったら、コダマ!」
「く、くぅ?」
「天華か創烈、どっちでもいい!俺の元へ持ってきてくれ!」
「…くぅ!」
コダマが掛けるとほぼ同時、ケインも這いずりながら二刀の元へ向かう。立ってしまえば、アリスに見つかる可能性があったからだ。
そこに、コダマが創烈を這いずらせながら、咥えて戻ってきた。
「助かった。少し離れてろ」
「くぅ」
コダマが離れたのを見て、ケインは創烈を抜き、足に巻かれた縄の間に差し込む。
そして、少しずつ上下させながら前に押し出す。縄は少し硬かったが、刃物には勝てず、少しすれば切り落とすことに成功した。
「よし、コダマ!行くぞ!」
「くぅ!」
そして、ケインは駆け出した。争う彼女達の元へと、真っ直ぐに。
*
「もう止めろ、アリス!こんなことをして、なんになる!」
「なんデ!どウシて邪魔するの!わたしハ…わたシはケインのことガ、大好きなノに!」
「っ!?」
「再会でキて嬉しかっタ!また楽しイ日々が過ごセるんだって思った!なのに…なのにケインは、わたシよりその子たちばっかリ見て!」
「アリス…」
「わたしだけを見てほしいノに!わたしだけが、ケインヲ幸せにできるはずナのに!だから…だからっ…っあ!?」
「アリス!?」
急に、アリスの顔から血の気が引いていく。まるで、これから起きる地獄を予感するように、アリスの顔が青くなっていく。
「やめっ!嫌っ!嫌イヤいやぁぁぁぁっ!!!」
「アリス!しっかりしろ!」
「あぁああアあああぁぁあああぁあ!!!」
「これが、代償…!?」
アリスの体から、悲鳴のような音が鳴る。それはまるで、悪魔に魂を捧げた者の末路のよう。
メリアは、これがレーゼの言っていた代償なのだと確信していた。先程まで放たれていた殺気も魔力も、ケインが来た時から乱れていたからだ。
やがて、アリスが事切れたように膝をつき、仰向けに倒れる。そして、なにかにすがるように、俺の方へと手を伸ばす。
「や、だ……まだ、わた、し…は………」
そして、アリスは意識を失った。その光景を、俺達はただ見ていることしかできなかった。
だが、ずっとこうしている訳にもいかない。だから、俺はメリアに頼んだ。
「…メリア、アリスの治療を」
「…わかった」
「ありがとう」
アリスが暴走したのは、俺が原因だ。俺の今の大切は、旅を共にする仲間達だ。だから、アリスの気持ちに気づくことができなかった。
せめて、もっとアリスと接していれば、こうならなかったのかも知れない。けれど、それは後悔でしかなく、アリスを助けない理由にならない。
だから、メリアに治療を頼んだ。今ならまだ、間に合うはずだ。
暫くして、ナヴィ達もこちらにやって来た。
「…ははっ、ボロボロだな、皆…」
「…そう、ね。強かったわ、この子」
「だろうな。お前達がそんな格好してるんだから、よく分かる。っと、レイラは?」
「レイラなら、まだ目を覚ましていませんわ。多分、レーゼが少しレイラの精神力を使ったんだと思いますわ」
「レーゼか…」
あの日以来、姿を見ていなかったレーゼ。もし現れていなければ、メリア達はやられていたかもしれない。改めて、アリスをそこまで追い詰めてしまった自分を悔いた。
そんな俺の手を、小さな手が握り返してきた。
「だいじょうぶだよ、ケインさま」
「…イブ?」
「アリスさまは、ケインさまがすきだから。だから、あんなにひっしになってた。だから、ケインさまがなやむことなんてないの」
「…そうですわね。ま、まぁ?理由があれでしたけど…でも、それだけ大事なことなんでしょうし、躍起になるのもわかる気がしますわ」
「ウィル…」
イブとウィルの言葉を受け、俺は後悔するのを止めた。後悔したところで、アリスの気持ちはかわらない。大切なのは、アリスの気持ちをどう受け止めるか、である。
「う、うぅ…」
「レイラ!」
「あ、皆…えっと、どうなったの?」
ふらふらとしながら、レイラがこちらに向かってきた。気持ち存在感が薄いように感じるのは、やはりレーゼがレイラの精神力を使ったのが原因だろう。
レイラにユアが、顛末を話す。レーゼの言っていた通り、レイラは使い続けた代償のことまでは知らなかったようだ。
「そっかー、それで今…」
「そういうことです」
レイラが少し納得したところで、アリスの治療が一段落した。見た目こそ治ったものの、体の方はボロボロで、まともに動くことすら困難な状態である。かといって、このまま野外で治療するのも違う。なので、一度宿に戻ることにした。
「んじゃあ、アリスを…」
「我が背負おう。我等の中だと一番傷も浅いしな」
「あぁ、頼む」
リザイアがアリスを背負い、揺らさないよう静かに飛んでいく。ナヴィ達も、ゆっくりながらリザイアの後を追っていった。
俺も、リザイア達の後を追う。だが少しだけ、ぎこちない動きになってしまっていた。
理由はわかっている。だが、どうすればいいのかわからない。その言葉に、どう返せばいいのかわからない。
だけど、逃げてはいけない。
だから、俺は彼女の隣に来た。
「…っ!」
彼女―メリアが、俺が隣に来たことに気づくと、顔を少し赤くする。どうやらメリアも、俺と似たような感じだったらしい。先程の発言を、今になって思い出したのだろう。
「な、なぁ、メリア」
「な、なに…?」
「さっきの…その、好きってことなんだが…」
「っ!?もしかして、聞いて…!?」
「………」
「は、はぅぅぅぅ…」
メリアの少し赤かった顔が、真っ赤に染まる。無意識で言ったとはいえ、本人に聞かれていたのだ。恥ずかしいことこの上ない。
ちなみに、聞いた俺も恥ずかしい。
「イブ?どうし…」
「しっ…レイラさま、ふたりきりにさせたいの。きょうりょくしてくれる?」
「んー…わかんないけどわかった。ほいっ」
「っ!?ちょっ、レイ…」
「はーい、先に行くよー」
レイラが、ナヴィ達を連れて先に行ってしまう。そして、この場には俺とメリアだけが残された。
お互い、顔を見ることもできない。恥ずかしかったり、どうすればいいのか分からなかったり。そんな俺達を静めるように、冷たい風が吹いた。
「…メリア」
「……なに?」
「俺は、恋とか、そういうことはよく分からない。誰かを好きになるってこと、一度もなかったから」
「………」
「…だけど、俺はメリアと…皆といる時、すごく楽しい気分になる。…これは、俺にとっては大切なことだ」
「…うん。私も、皆といると楽しい、よ」
「だから、俺のこの思いは、恋とは呼べない。これを恋だなんて、俺は言えない」
「………」
「…でも、嬉しかった。好きだと言われて。思わず心臓が飛び出そうなほどに」
「…それって」
「俺は、俺が思ってる以上に、メリアのことが好きなんだと思う。でも、それを感情に、表に出すことができない。…だから」
俺はメリアの方を向く。メリアも、俺をじっと見つめる。その答えを、待っているように。
「メリア、お前が引き出してくれ。俺が、お前を好きだという気持ちを。これからも、一緒にいるために」
「……ふふっ、わかった」
「ゴメンな、カッコ悪い答えで。…幻滅したか?」
「…ううん。むしろ、やる気出た。…ケイン」
「…なんだ?」
メリアは俺の前に出ると、除き混むように見つめてくる。月の光が、メリアを優しく照らし出す。
思わず、見とれてしまうほどに、美しく。
「絶対に、心の底から私を好きだって言わせてみせる。だから、覚悟してて、ね?」
「…あぁ」
きっと、俺の答えは酷いものなんだろう。最低だの、ありえないだの言われるのだろう。
だが、これが俺の答えだ。好きだと本気で思えないまま、好きと言葉にできるほど強い男じゃない。
それでも、メリアは諦めないと言った。そんなメリアを、俺は愛しく思う。恋や好きとは少しだけ違う、愛しいと思う気持ち。
だから、言葉にできなかった言葉を、心の中でそっと呟く。少しだけ意味の違う、その言葉を。
(メリア…俺も、お前が好きだ)
「行こ?皆待ってる」
「そうだな」
晴れやかな笑顔と共に、俺達は仲間の元へと向かう。ちょっとだけ前へ進んだ、この気持ちと共に。




