129 ケインを追え
深夜、誰もが寝静まった時間。ウィルとイブが寝ている部屋で、レイラは一人、ふよふよと浮かんでいた。
レイラはゴースト。睡眠を必要とせず、また眠ることもない。ある意味、ケイン達にとって最強の見張りである。
レイラもそれを理解してはいるし、喜んでやっているが、やはり少しだけ寂しいと思うことはある。
レイラは、若くになくなった勇者の末裔。だがそれ以上に、年頃の女の子でもあった。普通に遊び、普通に友達を作り、普通に恋をし、普通に結婚し、普通に子供を授かり、普通に死ぬ。
そんな普通の人生を、歩めないと分かっていても、夢見てしまうのは当たり前だった。
けれど、あの日を境に、その夢すら見られなくなった。
だから、レイラは感謝していた。死してもなお、こんなに楽しい日々を送らせてくれる仲間達に。そしてなにより、ケインに。
出会いは、最悪な場所だった。けれど、お互いに希望を見いだせた。もう一度、夢を見ることができたのだ。
それが今では、夢見ていた時より楽しいことを体験している。もちろん、苦難がない訳じゃない。それでも、仲間との時間は、レイラにとってかけがえのない時間である。
だからこそ、皆が寝静まる夜が、寂しく感じてしまうのだ。
ふと、レイラが窓辺へ向かう。特に意識した訳ではない。ただ気まぐれに、夜空を見ようとした。
だから、気づいた。
宿から遠ざかるように走る人影。その人影に担がれているのは…
「…ケイン!?」
深夜だというのに、思わず声を荒げるレイラ。部屋の借り主が思わずビクッとするのも気にすることなく、その姿を追いかける。
「間違いない…ケインだ!でもなんで?あの部屋にはメリアも一緒に…って、まさかっ!?」
レイラは急いでケイン達が借りた部屋へと向かう。そして、その惨状を目の当たりにした。
部屋は奇妙な煙で覆われ、視界が悪い。窓が不自然に空いており、少量ながら、煙が外へ逃げていく。そして、床には倒れ付したメリアの姿があった。
「メリア…!?しっかりして!メリア!」
レイラが念力で揺さぶりをかけるが、メリアが起きる気配はない。それどころか、少し苦しそうに唸っている。
レイラは、部屋の窓を全開にした。しかし、部屋の窓は一つだけ。一つだけでは、すぐさま煙が逃げていくハズがない。
だから、仲間の力を借りることにした。
すぐさま隣の部屋へ向かうと、眠っていた三人を叩き起こしにかかる。
「ナヴィ!ユア!リザイア!起ーきーてー!」
「っ!?何事!」
「ユア!」
「レイラ?一体何が…」
「ケインが拐われた!それに、メリアが…!」
「なに…?」
「とにかく二人を起こして!私はウィル達を…!」
「…わかりました」
すぐに起きたユアに二人を起こすのを任せ、レイラはすぐさまウィル達の部屋へ。幸いにも、最初にいた部屋がここだったため、すでに半分ほど目が覚めていた。もう半分は、今だ夢うつつだったが。
「二人とも起きて!大変だよ!」
「ふぁーぁっ…なにごとですの…?」
「すぅー…ふにゅ…」
「ケインが、ケインが拐われたんだよ!」
「なんですって!?」「ふぇっ!?」
先ほどまでの寝ぼけた表情を、一瞬で覚醒させるウィルとイブ。すぐさま外に出ようとするが、寝間着姿なのを思いだし、そそくさと着替えて部屋を出る。外にはすでに、ナヴィ達がいた。
「ナヴィ!どうなっているんですの!?」
「分からないわ。けど、少し危険な状態であることは間違いない」
「きけん?いったいなにが…っ!」
「この煙、かなり強力な睡眠作用があるようだ。廊下に漏れているのは少量だが、部屋の中は煙で一杯だろう」
「そんな…」
「とにかく、まずは急いでメリアを助け出すわよ。私の空気弾とユアの暴風で煙はどうにかする。貴方たちは、メリアをお願い。くれぐれも、煙は大量に吸わないように」
「分かりました」「わかった!」
「レイラ、鍵を開けて」
「任せて!」
レイラが扉をすり抜けると、ガチャッという音が鳴る。ナヴィ達は、手に持った布で鼻と口を強く押さえると、扉に手をかけた。
「全員、準備はいい?いくわよ!」
ナヴィが扉を開いた瞬間、煙が一気に外に逃げる。事前に準備していなければ、そのまま大量に吸ってしまっていただろう。
ナヴィとユアは、即座に窓際へ向かうと、即座にスキルを発動する。
「〝空気弾〟!」「〝暴風〟」
ナヴィの手の平に生まれた風の弾丸と、ユアが生み出した風の流れに煙が巻き込まれていく。
ナヴィとユアは、ある程度煙を巻き込むと、外に向かって放出し、再びスキルで煙を集める。それを何回か繰り返すと、煙の発生源が見えてきた。
「レイラ!」「まっかせて!」
レイラがお香を外へと放り投げる。勢いよく放り出されたお香は、遠くの地面に激突し、そのまま壊れて形を失った。
しかし、発生源が消えたからといって、煙が無くなった訳ではない。ナヴィとユアは再び煙逃がしを再開した。
一方、ウィル達の方はというと、煙で視界が悪い中、レイラの案内でなんとかメリアを見つけると、すぐに体勢を正した。だが、煙が濃い状態では、起こすことは不可能。煙がある程度晴れるのを待つことにした。
それから数分後、発生源も消えたことで、煙が大部晴れてきた。改めてウィル達がメリアを見ると、かなりうなされているようだった。
「メリア!しっかりしてくださいまし!メリア!」
「メリアさま!メリアさま!」
「う…うぅ…」
「長いことこの部屋にいたからな。やはりそう簡単には起きないだろう…ならばここは一つ、荒治療と洒落混もうではないか」
「あ、荒治療…ですの?」
「そうだ。ウィル、メリアを濡らせ。真水ではダメだ。それと、顔は濡らすな」
「わ、分かりましたわ。〝水〟」
ウィルの水が、メリアに降りかかる。寝間着が濡れて、少し破廉恥な状態になっているのは仕方がないことである。
「よし、ならば離れるがよい。危ないからな」
「え?なにをする気ですの!?」
「まぁ見ているがよい!唸れ!我が雷よ!」
「あばばばばばばっ、っあ…」
「「メリアぁぁぁぁぁぁ!?!?」」
リザイアが濡れたメリアに向かって雷撃を発動。そのままメリアに直撃する。
水に濡れているせいで、余計に威力を増した雷撃が、メリアを強制的に目覚めさせる。
暫くして、煙が完全に部屋から消え去る。ナヴィ達がメリアの側に来たところで、感電から立ち直ったメリアが目を覚ました。
「う、ううぅ…」
「「メリア!」」
「ぅあ?ウィル…イブ…皆…?」
「ふむ、人の姿とはいえやはりメドゥーサ。あれくらいではなんともないか」
「…リザイア、もしかして貴方…」
「試した訳ではない。ただ、我が雷撃を食らって、尚も平然としていることに驚いているだけだ」
ナヴィの言いたいことも理解しているが、リザイアがなにより驚いたのは、メリアが平然としていることである。
威力は抑えたとはいえ、濡れた状態で感電したのだ。無事で済むハズがない。それなのに、メリアは平然としている。それが恐ろしくも感じられるのだ。
「メリア、痛いところはないかしら?」
「痛いところ…は、無い、と思うけど…っ!そうだ、ケイン…ケインが…!」
「落ち着いて。私達もそれを知りたいの。どうしてこうなったのか、説明してくれるかしら」
「う、うん。実は…」
メリアがこうなった原因を話始める。それを聞いたナヴィ達は、心底驚いた。
なにせ、あのアリスが犯人である。メリア以外、まだアリスのその顔を知らないのため、余計に驚きは大きくなる。
「まさか…そんな…」
「だが、実際に奴は行動を起こした。それが紛れもない現実だろう?」
「そうだけど…」
「…ユア、どうかしら?」
ナヴィが集中しているユアに問う。ユアは現在、探索のスキルを使い、ケインの行方を追っていた。
探索は本来、目的の物体を探すスキルであり、人物を特定して探すことなどほぼ不可能。だが、生憎ここにはケインの魔法鞄と天華、創烈が残されていた。そこから「このアイテムの持ち主」で逆探知すれば、見つかると踏んでいた。しかし、
「町の中にはいません。恐らく、すでに外にいるかと」
「そう…レイラ、どの方角に向かったかわかるかしら?」
「うん。覚えてるよ」
「なら、追いかけながら探すわよ」
*
「見つけました」
「早いですわね…近くですの?」
「はい。丁度あの丘辺りです」
「なら、全員飛ばすわよ。レイラ、二人をお願い」
「おっけー!」
レイラがウィルとイブを浮かせる。ナヴィとリザイアは空を飛び、メリアとユアは木々を縫うように移動する。
そうし、七人は丘にたどり着いた。そこにいたのは、メリア達が来るのを待っていたように佇んでいるアリスだった。その後ろには、手足を縛られ、未だ目覚めていないケインの姿がある。
「ちっ、こうも早く見つかるなんて…」
「生憎、こちらには最強の見張りがいますから。残念でしたね」
「さぁ、ケイン、を、返して…!」
「…返す?ケインを?」
「っ!?」
アリスから異様な殺気が放たれる。メリア達も、思わず一歩後ずさんだ。
「なにを言い出すかと思えば…ケインを返せ?貴方たちの誰の物でもないケインを?」
「な、なにを言って…」
「本当なら、ケインは貴方たちじゃなくてわたしと一緒にいたのに!結婚して、子供も作って、仲良く暮らすハズだったのに!そうだったのに、いつの間にかケインの隣からわたしが消えて!かわりに貴方たちがいて!あまつさえ、貴方たちがケインの「大切」?ふざけるな!ケインの「大切」はわたしだ!わたしだけだった!なのに、貴方たちが割り込んで来てわたしの場所を奪った!だから奪い返した!それのなにが悪い!」
アリスの叫びが大声で響く。言葉は無茶苦茶で、けれど、凄まじいプレッシャーがメリア達に襲いかかる。
「貴方たちからケインを消せば、ケインのことを諦めると思ったのに!そうすればまたわたしが、わたしだけが「大切」になれたのにっ!」
「っ!?」
メリアが、咄嗟に顔を横に反らず。しかし、かわしきれずに頬に傷を作った。
アリスを見れば、その手には、いつの間にか槍が握られていた。獲物を貫き、切り裂くような刃の付いた槍だ。
―アリスがメリア達に向けている目は、冷たかった。そこに込められているのは、濁りきった殺気だけだ。
「だから、ここで貴方たちを殺す。もう二度と、ケインの前に現れないように…!」
初登場のスキル≪暴風≫と≪探索≫ですが、これらはこれまで掘り下げていないだけで、ユアが元々持っているスキルです。




