127 アリス・フィルミエ
アリスがいきなり嬉しそうな声と共に、一人の冒険者に抱きつくという突然の出来事に、ギルド内が騒ぎ出す。なにせ、アリスは三年前、この町に来てから誰とも馴れ合うことなく、一人で動いていたからだ。
それがどうだろう。今目の前にいるのは、これまで誰も見たことのないほど、嬉しそうな表情をしたアリスである。これには、ひっそりとアリスを狙っていた冒険者達も面食らっていた。
しかし、そんな男どもとは裏腹に、女性達は優しい目を向けていた。それは、アリスが良い放った「会いたかった」の一言に全てが込められていたからだ。
アリスがこの町に来たのは、突然いなくなった幼馴染である一人の少年を探すため。それを知っているからこそ、自然と優しい表情になっていた。
それがまさか、ほんの十日ほど前に来た冒険者だとは思ってはいなかったが。
*
「ケインー!ケインー!」
「ちょっ、アリス…!?」
俺は、少し困惑していた。なにせ、今俺に抱きついているのはメリア達の誰でもない。俺の幼馴染、アリス・フィルミエなのだ。
三年前より、より大人びた容姿になっており、メリア達に引けず劣らずの美少女。いや、元々美少女であるが。
そんなアリスが甘えるように抱きついている。なにがとは言わないが、色々とヤバい。周りの目―特にメリア達からの視線もあるので、少し強引に引き剥がした。
「…ケイン?」
「…本当に、アリスなんだな?」
「うん!」
見慣れていなければ、一瞬で恋に落ちてしまいそうな笑顔を向けてくるアリス。そのまま再び抱きつこうとしてくるので、頭をつかんで制止させる。これ以上はやらせん。俺の心の安定のためにも、後ろから突き刺さる視線から逃避するためにも!
「ちょっ、アリス様!なにをやっているんですか!?」
そこに、一人のギルド職員がやって来る。その表情は、明らかに困惑したものであった。
「…なに?わたしは今ケインと再会のハグを…」
「それは別に良い…いや良くないです!その人はケイン様ですけど!別人ですよ!?」
「別人?なにを言ってるの?わたしがケインを見間違えるハズがないじゃない」
「でも、探しているのはケイン・イルベスターク様ですよね?その人はケイン・アズワード様ですよ?」
「…アズワード?」
アリスがこちらを向いて、疑問符を浮かべる。それはそうだ。俺が改名していることを、アリスは愚か、ギルド職員が知っているハズが無いのだから。
「こっちも色々とあってな。今はそう名乗ってる。だからとりあえず、場所を変えよう」
「なんで?」
「そりゃあ、落ち着かないからな…ここだと」
ここにいるのは俺達とアリスだけではない。周りを見渡せば、冒険者がちらほらと見える。その顔は泣いていたり、興味津々だったり…とにかく、こんな場所で話なんかできるハズがない。
「じゃあ宿を取ってそこで話しましょ!わたしが泊まってるのはねー」
「あ、すまないが大人数で泊まれる宿ってないか?できれば、借りれる数が二部屋か三部屋で済みそうな」
「…へ?」
「うーん…それですと、ここから西に向かったところにあるクリンプっていう宿がありますね。アリス様もそこに泊まっているようですし、案内してもらっては?」
「わかった。じゃあアリス、案内を頼む」
「いやちょっと待って!?え?大人数?なんで?」
「なんでって言われてもな…俺達が泊まるからとしか…なぁ?」
「俺…達?」
そこでようやく気がついたのか、アリスの視線がメリア達を捕らえる。しばらく、アリスが品定めするように目を光らせていたが、少しすれば収まった。
「ふぅーん…ケイン、この子達は?」
「仲間だ。俺の大切な」
「仲間、ねぇ…」
少し考えるような顔をするアリス。だが、すぐにこちらに振り向く。
「わかった、じゃあついてきて。案内してあげる」
「頼んだ。それじゃ、行くぞ」
「…ほんとに、仲間なんだ」
「ん?なにか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ」
「……」
誰にも聞こえないようなアリスの呟き。メリアだけは聞こえていたが、特に気にすることはなかった。
*
アリスの案内で、宿に着いた俺達。チェックインを済ませ、部屋分けをした。
話し合った結果、俺とメリア、ナヴィとユアとリザイア、ウィルとイブという部屋分けになった。レイラは、相変わらず部屋だろうがすり抜けられるので入っていない。
「部屋分けは終わった?」
「あぁ」
「それじゃあ、そろそろ…」
「分かってる。こっちに来てくれ」
俺は、アリスを部屋に案内する。そこには、すでにメリア達の姿もある。
俺達とアリスは、お互いに向き合う形で床に座りこんだ。俺がそうしたら、全員がなし崩しに同じ体勢になったからだ。
「それじゃあアリス、自己紹介を頼む」
「うん。わたしはアリス。ケインの幼馴染で、今はこの町で冒険者をやってるんだ。よろしくね」
「それじゃあ、こっちもだな。順番に…」
「…メリア。よろ、しく」
「ナヴィよ」
「レイラでーっす!」
「ウィルですわ」
「イブはイブ!」
「ユアと申します」
「我が名はリザイア!またの名を「ハイハイ長いからあとでね」…ヒドイッ!」
「ははは…最後は俺だな。といっても、今はケイン・アズワードって名乗っていることくらいしか、自己紹介することもないんだけどな」
「…そう。ケイン、どうしてそんな名前を名乗ってるの?」
「それは…」
俺は、アリスにここに至るまでの経緯を話していった。棄てられた日のこと、冒険者になったこと、メリアと出会ったこと、これまでどんな旅をしてきたか…
さすがにメリアの呪いや、デュートライゼルでのことは話さなかったが、時々くるアリスの質問には、全て答えられる範囲で答えた。
最後に、エジルタでの出来事を話した。それに対するアリスの反応はと言うと、
「気持ち悪い」
だった。至極全うな正論である。
「…にしても、ケインがBランク冒険者になってたなんて…流石だね!」
「まぁ、生きるのに必死だっただけだ。それより、アリスも冒険者になってた方が驚いたけどな。それも、Cランクだなんて」
「…ケインを探すには、冒険者になるのが一番だったから。まさか、正反対の場所にいるなんて思わなかったけど」
それからアリスも、同じように経緯を話してくれた。アリスが冒険者になったのは、俺を探すため。とはいえ、当時のアリスは平凡な少女。毎日を食い繋ぐのでも精一杯だった。
ただ、二年もすれば、平凡な少女でも一端の冒険者になる。次々と依頼をこなし、瞬く間にランクを上げていく。そして半年ほど前、俺がBランクになるより前に、Cランクへと上がったようだ。
「ケインを探すのに、無我夢中で依頼をこなしてただけなんだけどね」
「…なぁアリスよ。なぜ貴様は、この町から離れて探そうとしなかったのだ?ケインを探すのであれば、護衛なりであらゆる町や村、国を回った方が良さそうではないか」
「わたしもそうしようと思ったんだけど…なんだろう、この町にいた方が見つかる予感がしてたのよね」
「ふむ、女の勘、というわけか」
「そうなるかな」
よく分からないが、自分の勘を信じたからこそ、俺と再会できたようだ。最初に向かう方角だけが、間違っていたらしい。
「とりあえず、元気そうで良かった」
「そっちこそ。…にしても、見ない内にモテモテだねぇケイン」
「んー…そうか?」
「うん?…あぁ、そっか」
「え?なにを納得してるんだ?」
「ケインさまは、もうすこしじかくしたほうがいいとおもいます」
「イブまで!?」
そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。そして夜。日付の変わる時間帯に、
「ねぇ、少しいい?」
「アリス?」
アリスが再び、俺の部屋にやって来た。




