126 再会の時
「メリア、今のうちに確認しておきたい。アレを出してくれ」
「ん、アレね…んーしょっ」
町へ帰る道中、人気がないことを確認した俺は、メリアに渡していたものを出してもらった。そう、十階層で捕まえておいたアシッドバイパーだ。
そして、取り出されたアシッドバイパーを見て、その結果に驚愕すると共に、納得する。
結論から言えば、アシッドバイパーは急成長をしていた。ただ、それは胴体のみであり、あの時のような切れないほどの弾力は持っていなかった。やはり、メリアが居着いたことで産まれた個体と、元から住んでいた個体とでは色々と違っているのだろう。
特に苦戦することもなく連れてきたアシッドバイパーを片付けると、そのまま町へと向かった。
昼過ぎ、町に戻ってきた俺達は、そのままギルドへと向かっていった。結晶蝶の生死は問わない依頼ではあるが、あまり状態が良くないものを出すのも、冒険者としてどうかと思っているからだ。
ギルドに入るが、どうやらそこまで人はいないようだ。話しかけられなさそうで良かった等と思いながら、真っ先に受付へ向かう。
受付には前に対応して貰った人は居なかったので、他の人の元へと向かう。
「ようこそ冒険者ギルドへ!今回はどのようなご用件でしょうか?」
「あぁ、結晶蝶の捕獲依頼を達成したから、その報告に来た」
「結晶蝶の捕獲依頼ですね。少々お待ちください」
そう言い残すと、なぜか女性は奥へ引っ込んでしまった。どうしたのだろうかと思っていると、一枚の紙を持って戻ってきた。
「はい。それでは確認のために結晶蝶を見せて貰ってもよろしいですか?」
「あぁ。メリア」
「ん…これ」
「拝見します…確かに、結晶蝶ですね。依頼達成です。それでは、ギルドカードをお出しください。それと、こちらに署名を」
「あぁ…って、署名?」
「はい。こちらの依頼を出した方は、この町にいらっしゃらないので。こちらから依頼者へ連絡するのに、署名を使わせていただきます」
「あぁ、なるほど」
どうやら、俺達が受けた依頼は、俺達と同じように、各地を巡っている者からの依頼だったようだ。
全員がギルドカードを出し、処理をしている間に渡された紙を少し見てから、俺の名前を書き込み、処理の終わりと同時に紙を渡す。
「はい。それでは結晶蝶と署名をお預かりします。そして、こちらが報酬となります。お疲れ様でした」
「あぁ…っとそうだ、少し聞いていいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「俺達が潜ってたダンジョンに、呪い人形って出てくるのか?」
「少々お待ちください」
女性が近くに置いてあった資料を取る。そこには、過去に受けた報告が全て書かれているからだ。
やがて、目的のページを見つけ、少し考え込むように読んでいく。そして、顔を上げる。
「…いいえ、そのような報告は来ていませんね。もしかして、出たんですか?」
「あぁ。これがその証拠だ」
俺が取り出したのは、呪い人形の魔石と、ドロップアイテムである布切れ。魔石の方は、未だ怪しげに光っている。
それを見た女性は、少し顔色を悪くした。
「拝見します…と言っても、私では判断できませんね…すみませんが、ギルド長に確認したいので、預かってもよろしいですか?」
「構わない。そもそも売るつもりだったしな」
「分かりました。終わり次第買い取らせていただきますので、少しお待ちください」
「わかった」
そう言って、女性は再び奥へと向かう。
ただ待つのも暇なので、少し依頼を見ながら時間を潰していく。ちなみに、メリア達は今日はあまり話しかけられていない。前にここに来た時に軽くあしらわれた経験をした冒険者が多かったからだ。
そうでない冒険者も僅かに居たが、前と同じように扱われる。
それから数分後、女性が俺達の元へやって来た。
「お待たせしましたケイン様。すみませんが、ギルド長室に来ていただけますか?」
「もしかしなくても、呪い人形のことだな?」
「はい。買い取りの件も含めてお話致します」
「わかった」
女性に連れていかれたのは、受付の少し奥にある部屋。そこには、すでにギルド長―ベルフェンドがいた。
「悪いな、呼び出して」
「構わないさ。それで、何を聞きたいんだ?」
「まぁ簡単なことだ。ほれ、座れ座れ」
それから、俺達はベルフェンドに今回の状況について話した。いくつか質問されたが、答えられない質問は無かったので、全て答えておいた。
時間にして十分くらいだろうか。聞きたいことは聞き終えたようだ。
「わかった、情報感謝する。これは情報料と買い取り料だ」
「情報と言っても、あまりあてになるかは分からないけどな」
「何を言っている。情報ってのはなによりも大事なんだぞ?つっても、お前さんならわかってるか」
「そうだな。それじゃ、俺達はこれで」
「あぁ、助かった」
机に置かれたお金を受け取り、俺達はロビーへと戻る。
と、ロビーから少し騒がしい声が聞こえてきた。ただ、よくある光景なのか、周りは気にしていないようだ。
「なぁなぁ、いい加減オレとパーティーを組もうぜ?お前だってわかってるんだろ?そろそろ一人でやるにも限界だってよ?」
どうやら、パーティー勧誘と称して、男の冒険者が女の冒険者を口説いているらしい。その口述を聞く限り、何度もフラれているらしいが。
こういったのは、何回かすればどちらかが折れそうなもんだが、周りが気にしていないくらいに、互いに折れていないようだ。
どのみち、俺達には関係のないこと。そのままギルドを出ようとして
「はぁ…しっつこい。貴方こそ、いい加減理解してくれない?わたしは、貴方になんて興味がないの」
俺は、足を止めた。
「…ケイン?」
メリア達が、突然止まった俺を不信に思ったのか、声をかけてくる。しかし、その時の俺には、メリア達の声は届いていなかった。
俺は、声のする方を向いた。そこにいたのは、少しガタイの良い男が一人。そして、男の陰で見えないが、少女が一人いる。
「例の幼馴染ってやつか?それこそいい加減諦めたらどうだ?三年間も見つからないんだろ?もう死んでるかもしれないやつを」
「死んでいる?そんなの、あるわけないじゃない。彼が死ぬなんてあり得ないもの」
「ハッ、どうだかな。そいつ、冤罪かけられて捨てられたそうじゃねぇか。もうとっくに逝ってる可能性の方が高いと思うけどな」
俺が立ち止まったことを不信に思っていたメリア達が、男の言葉に反応した。
それは、ほんの一ヶ月前に俺から聞いた話と酷似していたから。
そして、その話の中で、男の言葉と同じ処遇である少女といえば、一人しかいない。
「はぁ…それ、もう聞き飽きたわ。目障りだし、さっさとわたしの前から消えてくれないかしら?」
「ふんっ、まぁいいさ。オレはこれからこの依頼をこなしてくる。それを見たら、オレを見る目は変わるだろうよ!」
そう言って、男がギルドの外へと向かう。そして、隠れていた少女の姿が露になった。
少し青み掛かった白い髪に黄色い瞳。俺より少しだけ低い背丈。その姿に、俺の記憶にある少女の姿がピタリと当てはまる。
「…はぁ、それ言ってくるの何回目なのよ…そろそろ相手するのも面ど…」
男を呆れた目で見つめる少女。その視線が、こちらに向いた。
そして、少女もその動きを止めた。
「…え?」
たった一瞬。その間、俺と少女の視界には、お互いの姿以外の全てが消えた。
背も、顔つきも、体も。最後に見た時とは別人のようになっている。しかし、お互いに見間違えるなんてあり得なかった。
「…ケイン?」
「…アリス?」
俺と少女―アリスが、お互いの名を呼ぶ。
目の前に、もう会えないと思っていた少女がいる。目の前に、探し続けた彼がいる。それを確信するのには、その一言だけで十分だった。
アリスの顔が、一瞬のうちに喜びで満ちていく。そして、一目散にこちらに向かってくると、迷わず俺の胸に飛び込んできた。
「会いたかった…会いたかったよ!ケイン!」
俺に向けられたそれは、久しぶりに見た、幼馴染の笑顔だった。




