125 結晶蝶を探せ その3
「これがガーベルレンゲ…」
「あぁ。ただ、少し面倒だな…」
ダンジョンに潜って約三日、ようやく目的の花を見つけた俺達だが、その顔に喜びはなかった。
まず、この三十階層まで来るのに、かなりの数のCランクモンスターを相手にしたのが一つ。
そしてもう一つ、この階層で花が見られたのは、次の階層へと向かう入り口だけであるということだ。
前情報では、この三十階層でも見かけたという話はあったが、まさかここにしか無いとは思ってもいなかった。
しかし、俺達はそこで立ち止まらない。少し落ち込んだ気持ちを切り替え、前へと進んでいく。
だが現実は、そう簡単ではない。
なんと、ガーベルレンゲの数こそ増えど、四十階層を越えても、一向に結晶蝶が現れなかったのだ。
そのうえ、下層ともなればモンスターの強さはどんどん上がっていく。まだまだ余裕な方とはいえ、俺一人の時では無謀とも言える連戦が続いていた。
そして、二日かけてやって来た四十三階層。ついに、その時は訪れた。
「っ、ケイン!あれ!」
「あぁ、間違いない。結晶蝶だ!」
四十三階層のとある一角。そこには、ガーベルレンゲの花畑が存在していた。美しく輝くガーベルレンゲ。その花の輝きをより引き立たせるように、結晶蝶がひらひらと舞っていた。
俺達は結晶蝶にゆっくりと近づく。そして、ガーベルレンゲに止まっていた一匹を、花ごと捕獲することに成功した。同じ要領で、もう一匹捕まえておく。
「よし、捕獲完了だ。さぁ、町に戻るぞ」
「はぁ…やっと帰れるー」
「でもすごいわね、この花。どうしてこんな場所に咲いているのかしら」
「さあな。そのことを研究してる学者もいるみたいだが、あまり進んでないらしい」
そんな呑気な話をしつつ、来た道を戻っていく。本来なら再び迷ってしまうであろう帰り道も、地図作成の前では無意味である。
だが、何度でも言おう。現実は、そう簡単に終わらせてはくれない。
上へと続く道に近づいた時、メリアがその気配に気がついた。
「…なにかいる」
「…新手か」
「っ、気づかれたみたい。こっちに来る」
「わかった。皆、構えろ!」
俺の合図の元、各々戦闘体勢に入る。それと同時に、敵の気配も強くなる。そして、俺達の目の前にソイツは現れた。
「っ!?コイツって…!」
「あ…あぁ…!?」
「なんで、こんな所にいるんですの…!?」
ナヴィとウィルが叫び、イブがたじろぐ。
無理もない。目の前に現れたのは、三人にとって印象強いモンスター、呪い人形なのだから。
だが、ウィルの叫びどおり、なぜこんな場所にいるのだろうか。呪い人形は人の悪意や憎悪に反応して現れる存在。こんなダンジョン深くにいるとは到底思えない。
しかし、コイツの弱点はわかっている。全員で攻撃すれば、問題なく倒せるだろう。
だが、本当にそれでいいのだろうか?
直接の原因では無いとはいえ、俺は一度、コイツに剣を折られている。その借りを、今こそ返すチャンスなのではないのか。
「皆、コイツは俺にやらせてくれ」
「…ケイン?」
「…頼む」
「…わかったわ。でも」
「あぁ、無理はしない」
全員が少し下がったのを確認し、俺は創烈を構える。あの日あの時、俺の剣はコイツの目の前で崩れた。だが、その魂はこの創烈に宿っている。
この創烈で、今度こそ…!
*
メリア達は、目の前で戦うケインの姿をじっと見つめていた。ケインが一人でやりたいと言ってきた時はどうして?と思ったが、前に戦った時のことを思い出し、ケインに任せることにした。
そして、ケインと呪い人形の戦いが始まったのだ。
戦況は一見五分五分に見えるが、確実な一手をつけるケインが少し有利に戦えている。だからと言って呪い人形が不利な訳ではない。ただ殴るだけの攻撃ですら、当たれば大きなダメージになる。
しかし、いくら攻撃しようとも、当たらなければ意味はない。幸い、呪い人形の攻撃は大振りであり、軌道を見てからでもかわすことができている。
「…なんというか、すごいわね。ケイン」
「だねぇ…」
「主様はBランク冒険者。これくらいはできて同然です」
そうこうしているうちに、呪い人形がふらつき始める。さすがのBランクモンスターとはいえ、何度も攻撃されれば弱っていく。そこに、ケインが追撃していく。
その様子を、固唾を飲んで見守るメリア達。やがて、呪い人形の巨体が膝をついた。
「〝火炎波斬〟!」
ケインが炎の斬撃を解き放つ。呪い人形は回避しようとするが、体勢を崩したばかりの状態では動くこともままならず。防御する暇もなく、その体が焼き切れた。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
この世の者とは思えぬ叫びが響く。しかしそれも一時のこと。すぐに事切れたかのように、呪い人形は動くことをやめた。
動かなくなった呪い人形の元に、ケインが歩み寄る。そして、その手に握った創烈を骸にかざす。
「…あの日の敵、討てたぜ、相棒…なんてな」
それは、創烈に宿る魂への言葉。あの日、無念のまま散っていった剣に対する言葉だ。
だが、言葉のセンスが無いとでも思ったのか、最後に言葉を濁した。感情的になると、言葉使いが分からなくなるのは、ケインの悪い癖でもある。
暫くして、呪い人形の体が霧散していく。そして、その場に魔石と一枚の布切れが残った。それを拾い、ケインはメリア達の元へ向かう。
「悪いな、我儘言って…って、なにボーッとしてるんだ?」
「…え?あ、いや…」
「すごかったです!ケインさま!」
「うむ。なかなか良かったぞ?流石、我らのリーダーだな!」
「ありがとな。…でも、もっと強くならないとな。そうじゃなきゃ、お前らだって守れない」
その言葉に、なぜか顔が熱くなるのが何人か。だが、ケインがそれに気づいた様子はなかった。
「さぁ、今度こそ地上へ戻るぞ」
「っあ、うん」
「そうね、帰りましょうか」
「さぁ、帰るぞー!」
それから、ケイン達は四日かけて地上へと戻って来た。
その先で、待ち構えている運命を知らずに。




