124 結晶蝶を探せ その2
「ギュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
メジュラナが、奇怪な声を発してこちらに向かって突進してくる。口を大きく広げ、トカゲのように手足を這わせて向かってくる姿に、ナヴィが思わず「うげぇ」と言葉を漏らしていた。
メリア達が引きつった顔をしているのを横目に、俺は天華を構えると、ある一点に狙いを定める。
「〝波斬〟!」
「ギュニャゥゥゥゥ!?」
俺が狙ったのは、メジュラナの目。メジュラナはその見た目からは想像できないほど硬い体を持っており、細長い胴体はゴムのような弾力があるのだ。だが、目に関してはただ大きいだけ。それに加え、まぶたが存在していない。いわば弱点のような場所なのだ。
視界を奪われたことで、腕を振り回して暴れだすメジュラナ。確かに目は潰せたが、肝心のメジュラナ本体はまだ倒せていない。俺は、メリア達に指示を出す。
「ユア!コイツの両足を潰せ!コイツは無駄に硬いから、切るより潰す方がいい!」
「了解です」
「ナヴィとリザイアは牙を狙え!狙いづらいが、そのぶんダメージは大きくなる!」
「了解!」「承知した!」
「イブ!煉獄の準備を!次に俺が合図するまで貯め続けろ!ウィルとレイラは、イブのカバーを頼む!」
「うん!」「わかりましたわ!」「任せて!」
「俺は両腕をやる!メリア、カバーを頼むぞ!」
「分かっ、た!」
さあ、この戦いを終わらせるとしよう。
*
ユアは、少しだけ考え事をしていた。
主様が、自分を頼ってくれていること。それは何よりもうれしいことである。
―だが、本当に今のままで良いのだろうか?
別に、今の状態が嫌いというわけではない。ただ、胸につっかえる「なにか」が、このままではいけないと呟いているのだ。
前に進まなければいけない。けれど、どうすれば良いのか分からない。
そんな時、あの言葉を思い出した。
(後悔だけはするな。お前さんが思ったようにしなさい)
最後に伝えられた、ガテツの言葉。それは、立ち止まっていたユアの心を突き動かす力となった。
ユアは双剣を構える。メジュラナの皮膚は、切るには不向き。ならばどうするか。
ユアは魔術付与を発動する。発動内容は…
「〝鋭利化〟、〝増幅〟」
双剣に、二つの力が与えられる。そして、そのままメジュラナの足に双剣を突き刺した。
双剣は、メジュラナの足に刺さった。しかし、刺さりは甘い。
「〝鋭利化〟、〝増幅〟」
双剣に、さらに力が与えられる。甘かった刺さり具合も、少し深く刺さるようになった。
だが、まだ足りない。
「〝鋭利化〟、〝増幅〟…!」
双剣が、さらに力を増す。双剣の刃が、メジュラナに完全に突き刺さる。
「〝鋭利化〟!〝増幅〟!」
ユアが四段階の付与を施した双剣を、足から勢いよく引き抜く。突き刺さっていた場所からは血が溢れ出すように流れ始め、肉も少しだけ飛び散った。
その勢いのまま、ユアはさらに別の部位に双剣を突き刺す。こんなものでは足止めにすらならない。何度も何度も付与を繰り返し、刺しては抜くを繰り返す。
やがて、その両足は見るも無惨な状態になる。もはや、動かすことすら不可能だろう。
その瞬間、ユアの頭になにかが響いた。頭痛にも似た、謎の痛み。それは少しずつ、ユアの頭を締め付けていった。
*
俺達は、メジュラナを確実に追い込んでいく。足が潰れ、牙もボロボロ。俺も、腕を的確に切りつけている。やがて、メジュラナは立つことができなくなった。
「ユア、離脱しろ!イブ!」
「…!」
「いっけぇ!〝煉獄〟!」
俺とユアが離脱し、そこにイブの煉獄が襲いかかる。メジュラナも流石に耐えきることはできず、奇声をあらげてその場に倒れこんだ。
「…よし、討伐完了だ」
「ふぅ…気持ち悪かったですわ…」
「まぁ、確かに最悪の見た目だったわね…」
「ユア…!?しっかり!ユア…!」
唐突に響くメリアの叫び声。俺達が声の方へ視線を移すと、頭を抱え、無表情ながら痛みに苦しむユア、そのユアを囲むようにメリアとレイラが側に居た。
俺達も慌ててユアの側へと向かう。
「ユア!大丈夫か!?」
「………お気に、なさら、ず……っ!」
「そんなこと言われても…!メリア、回復は!?」
「かけたけど、効果なくて…」
「効果が、ない…?」
メリアの回復が効かないとなると、身体的な異状ではないのかもしれない。そう考えた俺は、ユアの容態が落ち着くまで側にいることにした。
それから数十分後、落ち着きを取り戻したユアから、頭痛の原因を知らされることになった。
「〝概念追加〟?」
「はい。恐らく、地図作成と同じものかと」
「魔術付与の派生スキルか…」
どうやら、魔術付与のレベルが上がった際、概念追加の能力が目覚めたのだが、それを理解するのに激しい痛みが襲ってきた。ということらしい。
ちなみに、地図作成が開花した時は痛みなど来なかった。なにか違いでもあるのだろうか?
「それで、肝心の能力はどういうものなんですの?」
「そうですね…見てもらった方が早いかと」
そう言うと、ユアは短剣に風の力を付与し、軽く降った。風の力を得た短剣から、波斬に似た衝撃波が飛んでいく。
「次は、概念を一つ追加して付与します」
ユアが再び短剣に風の力を付与する。そして、先程同様、軽く降った。すると今度は、衝撃波ではなく竜巻が飛んでいった。
「とまあ、こんな感じです」
「いや、すごいけど…つまり、どういうことなのかしら?」
「先程の付与は、風付与に「渦巻く」という概念を追加して付与しています」
「…なるほど、そういうことか」
「…ケイン?今のでわかったの?」
ユアの一言で、俺は概念追加の全貌を理解した。ナヴィとリザイアも同じく理解したようで、納得がいったように感心していた。
一方で、メリア達はまだ分かっていないようだ。
「ウィル。水、と聞いてなにを思い浮かべる?」
「え?えっと…飲み水、ですわね。それが?」
「じゃあ、「温かい水」と聞いたら?」
「お湯、ですわね」
「「甘い水」は?」
「ジュース!」
「「汚い水」は?」
「泥水、かな?」
「つまりはそういうことだ。「水」という言葉に温かい、甘い、汚いといった「言葉」を付け足し、別の意味をもつ言葉にする。それと同じようなことを付与という形で行う。それが〝概念追加〟の能力だ」
ようは一種の言葉遊びだ。先程の付与も、ただ風を飛ばすだけだった付与に、「渦巻く」という言葉を追加した。そうすることで「渦巻く風」、つまり竜巻を飛ばす付与に変化したのだ。
「それって、私達がすでに持っているスキルにも追加できるんですの?」
「はい。もちろん、スキルロールを伴う付与にも概念追加は作用します。その場合、その概念は定着します。ただ、概念は一つだけしか追加できません。概念が追加されているスキルに、追加で概念追加をすることは不可能です」
「…つまり、概念を追加して覚えたスキル、それと、すでに別の概念が付与されているスキルには、新しく概念は追加できない、ってことだな?」
「はい」
それは納得だ。例えばメリアのもつ回復。これに「自動」という言葉を追加すれば〝自動回復〟になる。そこに「高速」という概念を追加してしまえばどうなるだろう。想像するだけでも恐ろしい。
ユアは他にも、風以外のいくつかの属性を付与できるようになったようで、俺達の攻撃パターンは飛躍的に向上した。
思わぬ強化に喜びつつも、俺達は下へと向かう。
そして来る三十階層。ついに、ガーベルレンゲが姿を現した。




