118 過去に別れを
「ケイン…!貴様ぁ!」
俺がグレンの目の前まで進むと、今にも殴りかかってきそうな勢いで迫ってくる。しかし、レイラの念力で動けず、どうすることもできなかった。
正直に言えば、その顔をぶん殴りたかった。コイツのせいで、俺の十五年間は無価値になってしまった。
しかし、この三年間で、俺は心身共に成長できたし、こうして仲間もできた。そこだけは、感謝しなければならない。それに、殴ったところで、全てを元に戻すことなどできないからだ。
「さて、約束は覚えているな?」
「約束だぁ!?」
「あぁ。俺は決闘に勝った。だから、お前には「俺の依頼達成を認める」ことと、「今後俺達に関わらない」こと、この二つを了承してもらう」
「貴様、誰に物言っ」
「勝ったのは俺だ。お前に文句を言う権利はない」
「うぐっ…!」
グレンが反論しようとするが、俺が言ったのは決闘の報酬である。お互いが事前に了承した内容であり、今更拒否など許されるハズもない。
それを分かっているからこそ、グレンは反論できなかった。苦虫を噛むような顔をし、怒りに満ちた顔を俺に向ける。
「あぁ分かったよ!グレン・イルベスタークの名のもと、ケイン・アズワードの依頼達成を認め、今後一切関わらない!これでいいか!」
「…あぁ、確かに聞いたぞ。…じゃあな」
「クソッ…どうしてこんな目に…!」
悔しがるグレンを後目に、俺はメリア達の元へと戻る。
…今俺は、どんな顔をしているのだろうか。それは、メリア達しか分からないだろう。だが、メリア達の様子を見る限り、悪い顔ではなさそうだ。
念力を解除したレイラ、見張りを頼んでいたユアと合流し、その場を後にする。ユミナ、ユミアとは、門を出るまでを依頼とし、そこで別れる予定になっている。
と、門まであと少しという時、後から誰かがこちらに向かってくるのを感じた。振り返ってみると、それはジェイドであった。
「ま、待ってくれケイン」
「…はぁ…なんの用だ?」
「昔のことは水に長そう。お前の望むことはなんでも叶えてやろう。だから戻ってきてくれ」
「…なにを言いだすのかと思えば…最初に言ったハズだ。俺は帰ってくる為にここに来たわけじゃない」
「だ、だが本当は、お前だって寂しかっ」
「どうせ、グレンを跡継ぎにすると公表してしまったから、それを撤回する目的で俺に帰ってきてほしい…とかそんな感じなんだろ?」
「なっ!?ち、違っ…」
「…図星か」
愚兄の次は愚父。自分の間違いを認め、甘い言葉で俺をなんとか家に引き帰らせようとしてくる。
…どこまでも救えない親子だ。そんなことをしたところで、俺の心はより離れていくだけだと言うのに。
「もう一度言っておく。俺はここに依頼で来ただけだ。いくらせがんでも帰る気は無いし、お前らを許すつもりもない!」
「うぐっ…!」
「…行くぞ」
「…ん」
「ジェイド様、お世話になりました」
呆気にとられ動けなくなったジェイドを放置し、俺達は屋敷を後にした。
こうして俺は、ようやく忌まわしき過去と決別することができたのだ。
ユミア達と予定どおり別れ、俺達は村の方へと歩いていく。特になにかあるわけでも無く、そのまま通り抜けるつもりだったが、ふとアリスの両親のことを思い出し、そちらへ足を向かわせた。
村のはずれの一角。そこに、小さな家があった。紛れもなく、昔馴染みのあるアリスの家だった。人の気配はなく、留守のようだったので、俺達はそのままその場を後にした。
そして、エジルタへ続く道へ差し掛かったとき、俺達を待っているようにその場に立っている人がいるのが見えた。人数は四人。
そのうち二人はルベイユとオロック。そして、残りの二人は…
「ケイン、心配したんですよ?」
「元気にしてたかい?」
「シェインさん…エルバさん…」
シェインとエルバ。アリスの両親である二人が、俺達を待っていた。
「ルベイユ、どうしてここに二人が?」
「お兄ちゃんが帰ってきたことを二人に伝えたら、ここで待つことになったの。きっと、すぐに行ってしまうだろうから、って…」
「そうか…」
「…本当に、もう行っちゃうの?お兄ちゃん」
「あぁ、俺達は前に進む。そのために、ここに来たんだから」
「そっか……そうだよね」
少し寂しげな顔を浮かべるルベイユ。その表情を見たイブとリザイアが、ルベイユの手をいきなり掴んだ。
「ルベイユさま、ちょっとこちらに」
「え?なに?」
「心配するでない、すぐに終わる!」
「ちょぉ!?」
一瞬のうちにルベイユが連れ去られ、俺の元から離れていった。二人のことだから、悪いようにはしないだろうが、少し心配だ。
視線を二人に戻すと、待っていてくれた二人が、突然俺に頭を下げてきた。
「…ケイン君、すまなかった。あの時、君を守れなくて」
「娘の看病に没頭して、あなたのことに気がつかなくて…本当にごめんなさい」
「…もう良いんだ、そのことは」
「だけど…」
「確かにあの日、「ケイン・イルベスターク」という存在は死んだ。けれど、今こうして俺は生きている。それだけで十分だ」
この二人が謝る必要などない。俺にとってこの二人は、俺とアリスを繋げてくれた大切な存在だ。アリスと出会っていなければ、今の仲間達とは出会うこともなかっただろう。
皮肉ではあるが、そういった点ではあの家にも感謝しなければならない。
「そうか…なら良いんだ。アリスにも、今の君を見てほしかったな…」
「そう言えば、アリスが俺を探すためにいなくなった、と聞いたな」
「えぇ…でも、あなたは旅をしているんでしょ?だったらそのうち会えるわよ」
「…だといいな」
アリスは今、どこにいるのだろうか。過去と決別したつもりでも、やはりアリスのことは気になるのだ。
そんなことを考えていると、ルベイユを連れ去ったイブ達が戻ってきた。ルベイユの顔が少し赤いのは気のせいだろうか?
「話はいいのか?」
「はい!」「問題ないぞ」
「え、あ…うん」
「…どうした?」
「なんでもない!なんでもないから!」
「お、おぉう…イブ、リザイア。何をした?」
「ただのおはなしです」「誓って言うが、変なことはしていないぞ?」
嘘はついていなさそうだが、その話の内容が、ルベイユの赤面の原因であることはわかった。
まぁ、あまり詮索するのも良くないだろう。
「じゃあ、俺達は行くよ」
「うん…また会おうね、お兄ちゃん」
「ケイン様、お気をつけて」
「元気でやれよ!」
「アリスに会ったら、よろしくね」
「あぁ、元気でな」
俺達はルベイユ達に見送られ、イルベスターク領を後にする。次に向かう場所は決まっている。都市とは真逆の位置にある町だ。
俺達は進む。未来へ目指して…
*
ケインが去ったあと、二人と別れたルベイユとオロックは帰り道、少しだけ話をしていた。
「…お嬢様、良かったのですか?」
「ん?なにが?」
「先程のお話。あれは、旅への勧誘だったのではないのですか?」
「あぁー…うん、そうだよ」
ルベイユがイブ達に言われたこと。それは、旅へのお誘いの言葉であった。ルベイユの秘めたる思いを見透かした言葉と共に。
「あのイブって子、すごいんだよ。あんなに小さい子なのに、わたしの心を…お兄ちゃんが好きだってこと、すぐに見破っちゃった」
「それは…」
「きっとあの子も、お兄ちゃんが好きだから分かっちゃうんだろうね。それにあの子、お兄ちゃんのハーレムに入りませんか!なんて言ってきたんだよ?」
「ハーレ…!?これまた、とんでもない少女もいるものですね…」
「ほんとにねー」
「…では、どうして断ったのですか?」
「…今お兄ちゃんの周りにいるのは、お兄ちゃんを支えられるだけの強さを持ってる人たち。それに比べたら、わたしはなにもできない普通の女の子」
「ケイン様なら、気にしないと言ってくれそうですが…」
「わたしもそう思うよ。…でも、たとえお兄ちゃんが許しても、わたし自身が許せないの」
ルベイユがオロックの前に出る。その目には、覚悟が宿っていた。
「だから、お願いオロック。わたしを強くして!お兄ちゃんの隣で、胸を張って戦えるように!」
「…本気なのですね?」
「…ん!」
「…わかりました。今日から私の訓練を受けてもらうことにします。ですが、とても辛い思いをすることになりますよ?」
「構わないわ!」
旅への誘いを受けた時、最初は驚き、そして嬉しかった。けれど同時に、弱い自分が本当についていっていいの?と思ったのだ。
守られるだけの存在じゃ嫌だ、守りあえる存在になりたい、そう思ったルベイユは、一言加えてその誘いを断った。
『今のわたしじゃ、お兄ちゃんに思いを伝える資格がない…だから、その資格を得たら、そのときこそ、一緒に行かせて欲しい』
その言葉を、イブ達はしっかりと受け止めた。ルベイユの覚悟を見たのだから。
ルベイユはその言葉と覚悟を胸に、空を見上げた。
(お兄ちゃん、待っていてください。必ず、お兄ちゃんの隣に立てるくらい立派になってみせますから!)
*
こうしてケインは、自身の過去と向き合い、そして、別れを告げることができた。
…しかし、事はまだ終わらない。
なぜなら、まだ一人だけ、過去に捕らわれている者がいるからだ。
そんな彼女とケインの再開の時は、もうすぐ…
「…どこ?どこにいるの…?」
―ケイン…
十一章「エジルタ編」これにて完結…
次回より、十二章となります。
今後もよろしくお願いします。
追記:ルベイユのケインに対する愛称を変更しました。




