117 最初の一手
「ガハッ…ぐっ、ヴぉっ…」
俺の一撃をまともにくらい、軽く吹き飛んだグレンがなんとか立ち上がろうとする。しかし、あまりの衝撃に過呼吸を起こしており、その影響で力も全く入っていないため、手足を動かすことすら困難なようだ。
近くにいた使用人たち、それに、父であるジェイドは、グレンが危険な状態にあると分かっているが、動こうとしない。いや、動けないのである。
なぜなら、今はまだ決闘の最中であるから。決闘の間に割り込むということは、割り込まれた側にとっては屈辱以外の何者でもないからだ。
彼らの視線は、審判をしているユミナに向けられる。彼女が決闘を終わらせない限り、この決闘はまだ続くことになる。
そして、ユミナに視線を送っているのは彼らだけではない。グレンも卑しい視線を送っていた。
その目は、いかにも「オレに逆らったら分かってるよな?」と言っていた。
そんなユミナが、ついに審判を下す。
「この決闘の勝者は…」
グレンが、無理矢理不気味な笑みを浮かべる。なぜなら、事前にユミナを脅迫し、自分の勝ちだと宣言しろと言ってあったから。
逆らうなど、考えていなかったから。
「ケイン・アズワード様です」
「……なっ!?」
だからこそ、下された審判は、一瞬全ての痛みを忘れてしまう程の衝撃であった。
決着が宣言されたことで、使用人たちが一斉にグレンの元へ向かう。その手には、ポーションらしき物が握られており、駆け寄った者から次々とグレンに浴びせ、飲ませていった。
次第に回復したのか、フラフラとグレンが立ち上がる。その目には、光が灯っていない。虚ろな憎悪で、俺とユミナを睨み付けていた。
そして、足取りもおぼつかないまま、こちらへと向かってくるグレン。今にも飛び付きそうな感じではあるが、体に残っているダメージのせいでまともに動けないようだ。
グレンが、ユミナに話しかける。
「貴、様…どういう、つもりだ…!」
「どういうつもり、と言われましても、どこからどう見ても、この決闘はケイン様の勝ちでしょう。わたしは、真面目に審判をしていましたが」
「貴様…!家族がどうなってもいいのか…!」
「あぁ、そのことですか…別に構いませんよ?だってわたしには親なんて居ませんし」
「…は?」
「そういう設定にしておけば、必ず食いついてくると聞いていましたが、本当に食いついてくるとは…貴方は聞いていたとおりの、卑しい人間のようですね」
「ま、まて!設定だと?それに、聞いていたとおりとはなんだ!」
突然のユミナの発言に、グレンは愚か、周りにいた使用人やジェイドも驚きを露にする。
なにせ、今ユミナが言ったことを纏めると、ユミナはとある目的のためにこの屋敷の使用人として潜入していたことになるのだ。
「それを教えるのは簡単ですが…それより、自分の心配でもしたらどうですか?」
「なにを…いっ…て…」
そこで、グレンは過ちに気がついた。今彼は、自ら不正を暴露したのだ。周りから、あらゆる視線が突き刺さる。
グレンの頭のなかで、不安がつもり積もっていく。エジルタから追放される、打ち首にあう、時期領主の位を追われる…そんな不安が、グレンを蝕んでいく。
そして、帰ってきた答えは、グレンの不安を吹き飛ばすような、最悪な答えだった。
「改めてご挨拶を。わたしはユミナ。冒険者ギルドサンジェルト市部ギルド長直属の冒険者です」
「「「なっ!?」」」
自らを冒険者だと明かすユミナ。
そしてこれこそ、俺がギルド長―ユリスティナに提示した「条件」である。
*
「条件?内容にもよるけど、一体何を要求するんだい?」
「それは、ギルド職員を一人…いや、二人ほど同行させることだ。このギルドにもいるだろ?元冒険者のギルド職員は」
「…なんだって?」
ユリスティナの顔が歪む。確かに、元冒険者のギルド職員は何人かいる。だが、そんな彼らを同行させる理由が分からない。
「理由はいくつかある。まず、この依頼を出してきたコイツ。コイツは俺を嫌っている。だから、俺が帰ってきたと知れば、必ず行動を起こしてくる。メリア達を見たら、尚更な」
「つまりギルド職員を、お目付け役として同行させたいと?」
「あぁ。これは予想でしかないが、恐らく向こうは自分がなんでも言える立場にある、と考えているだろうからな。ろくに報告も聞かず、勝手に依頼の合否を決めてくる…と睨んでる」
「…成る程、その場で依頼達成を決められる物がいれば、その心配も必要ない、ということだね」
「そういうことだ」
もしその場でなんとか達成を認めてきたとしても、使者を送って失敗と告げる、なんて可能性もある。
普通なら考えないことも、コイツ相手では考えなければいけない。
「次に、万が一コイツが行動を起こして来た時、こちら側に外部の味方がいないのを避けるためだ。向こうの奴らは、脅されでもすれば簡単にこっちを見放すだろうからな」
「だけど、それはこちらの職員を危険に晒すんじゃないかな?」
「確かに危険には晒すかも知れないが、元々冒険者だった職員なら、自分の身は守れるハズだ。それに、もし危険な目にあっても、ギルド職員なら「仕事をしていたら妨害された」とでも言えば済む話だ」
「…ケイン。君、なんか変わったね?」
「まぁ、ちょーっと前に、卑怯な手を使わなきゃいけない状態になったからかもしれないな」
リザイアがサッと視線を反らす。まぁ、リザイアも生きるために必死だったのだから、おあいこさまだろう。
ユリスティナは俺の話を聞き、暫し考え込んでいた。正直、無茶苦茶な要求かもしれない。
だが、メリア達を、仲間を守る為には、これくらいしないといけない時もある。それは、リザイアと出会ったからこそ芽生えた、俺の悪い心の一部なのかもしれない。
「話は分かった。ただ、ケインの要求に見合うような職員はいない」
「…だったら俺は」
「まぁ待ちなって。確かに、職員の中にはいない。でも、適任な子たちはいるよ。…来い」
「「はっ」」
ユリスティナが指示するのと同時、突然背後に二人の少女が現れる。姿格好は瓜二つで、唯一違うのは服の色くらいだろうか。
突然の出来事に、呆然とする俺達を他所に、二人が自己紹介を始める。
「はじめましてケイン様。ユミナと申します」
「はじめまして皆様。ユミアと申します」
「この二人はわたしの教え子…ユアにとっては、姉弟子ってことになるかな?」
「…私の?」
「教え子ってことは、その二人も…」
「その通り。この二人も元暗殺者だよ。この二人には、君が旅立つ前から、時間が立ってしまった依頼をひっそりと処理してもらっているんだ」
「なるほど…俺達が手を出しづらい依頼を、率先してやってくれたていたと言うわけか…」
時々高ランクの依頼が達成されていることがあったのだが、どうやらこの二人が裏で処理していたようだ。
「まぁ、君がCランクになったら、Bランクの依頼を受け始めたからね。二人の出番も少なくなったけど…それでも、二人がいなかったら、今頃ここは潰れていたかも知れないからね」
「実力は十分、ってことか」
「そういうことだね。どう?お目に叶ったかな?」
「…確かに俺達にとってはありがたいが…二人はどうなんだ?」
「わたしたち、ですか?」
「あぁ。仕事とはいえ、一時的に俺の下につくことになる。それに、いくつか二人に命令を出すかもしれない。恐らく今の実力は二人の方が上だろ?」
冒険者の中には、プライドが高すぎる者もいる。初日に突っかかってきたウィンという少年もその一人だろう。
プライドに飲まれ、他者の命令を一切聞かないという事例は、実力がある者ほど色濃く出やすい。
ユリスティナが進めたとはいえ、二人がそういった人物である可能性も捨てきれないのだ。
「…そういうことですか。それなら、心配する必要はありません」
「はい。わたしたちは師を支える影。師が貴方に従うよう言うのであれば、それに従いましょう」
「…だそうだ」
「そうか…ユミナ、ユミア。俺に…俺達に力を貸して欲しい。コイツから、俺の大切な仲間達を守るために」
「「はい。お任せください」」
*
「わたしはケイン様の命により、この屋敷に使用人として潜入させていただきました。…まさか、ここまで酷いものだとは思いませんでしたが」
「なっ…ななっ…」
「この事は師に報告致します。今後、サンジェルトが貴方がたの依頼を受けることは無いと思ってください」
「ぐっ…!」
突然突きつけられた現実に、思わずその場にいた者たちは目眩を起こしていた。
仕方ないだろう。このエジルタには冒険者ギルドが無い。そして、最も近い冒険者ギルドがあるのはサンジェルトである。次に近いのは、都市から真逆の方角にある町だったハズだ。
そんなことになってしまっては、この村はおしまいである。なんとか打診を打とうとするジェイドを後目に、グレンは歯軋りをしながら俺を睨む。
「だ、だがケイン!貴様も道連れだ!すでにサンジェルトに向けて使者を送った!到着すれば、貴様は冒険者として終わ」
「そのことですが」
「ムガっ!?」
「……は?」
「その使者というのは、こちらの方で間違いありませんよね?」
突然縛られた男を放り投げながら、ユミナと瓜二つの少女、ユミアが現れる。その手には、一つの封書が握られていた。書かれている名は、グレンである。
ユミアはなんの躊躇いもなく、封書を開け、中に入っていた手紙を開く。
「まっ、待てっ…!?う、動けな…!?」
「…よくもまぁ、こんなに酷い文章が書けるものですね」
「おい…まさかっ…!?やめろっ!」
グレンの制止も虚しく、ユミアが手紙を読み始めた。その内容はあまりにも酷いものだった。
俺の罵倒は勿論、ギルドに対しての暴言、他者を見下す物言い、挙げ句、ギルド長に直接謝罪を求めるなど、どう考えても頭のネジが外れたような内容だった。
「――次期領主 グレン・イルベスターク…はぁ…読んでて反吐が出ます」
「デ、デタラメなことを言いやがって…!」
「デタラメ?わたしはここに書かれた文を一言一句逃さず読んだだけですが」
「ぐっ…つか、なんで動けねぇんだ…!」
グレンが証拠隠滅を図ろうとするも、やはり体を動かすことができない。それもそのはず、姿を消しているレイラの念力によって動きを封じられているからだ。
そもそも動けたところで、どうにかなるハズも無いのだが。
「…さて、長々と話してしまいましたが、そろそろ幕引きにしましょう」
「それとも、これ以上の失態を晒したいのですか?」
「貴様らぁ…!」
グレンが怒りと羞恥に震える。まるで、おもちゃを取られた子供のように。
グレンはあまりにも欲張りすぎた。あれもこれもと欲しがった結果、広がりすぎた隙を狙われ、全てを失った。
だがそれは、放っておいてもいずれ引き起こすであろう事に過ぎない。
それでは、俺がここに来た意味がない。
俺は、一歩ずつ前に出る。過去と向き合い、そして、未来を歩むために。




