115 愚兄
リアルが忙しかったり、ゲームでガチ泣きしたり、新しく小説を書いたりして遅れましたが、更新再開です。
「…そろそろ良いか」
「ん…行くの?」
「あぁ、どうやら向こうはやる気みたいだからな」
「…どうしてそう言い切れるんですの?」
「ただの感だ」
あれから一時間ほど経過した。俺達は十分に休息を取り、すでに魔力も殆ど戻ってきている。
本来なら、この後は依頼主に証拠を見せて報酬を貰うだけなのだが、相手はグレン。そう簡単なことではない。
恐らく、適当ないちゃもんをつけてくるだろう。そうやって、無理矢理こちらの立場を悪くしようとするのがグレンなのだ。
森を抜け、屋敷の方へと向かう。何があっても良いようにと警戒していたが、向かっている間は何も起きなかった。
だが、それは逆に、わざわざ外で事を起こす必要がない、ということの裏付けでもある。
そして屋敷に到着し、連れてこられた先で言われたのが
「残念だが、依頼は失敗だ」
だった。
予想通りと言うにもおかしいが、グレンは俺に対し、依頼失敗を告げてきた。
ため息をつくのも面倒なので、淡々とした表情で話を聞いていく。
「はぁ、で?どうして依頼失敗だと?」
「聞いたぞ?貴様、そこの少女たちに全部任せて自分は何もしなかったそうじゃないか!」
「何をどう聞いたらそんな考えに至るんだ…」
「それに引き換え、君たちはスゴい活躍だったそうだな!どうだ?側近…いや、オレの伴侶としてこの村を支え」
「…嫌」「断るわ」「嫌です」「お断りしますわ」「やっ!」「断らせていただきます」「あり得ん」
メリア達から、言葉の刃が突きつけられる。
それはそうだ。自分の都合のいいように事実をねじ曲げられ、あまつさえ自分達を棚に上げて求婚するよう仕向けてくる者の事など、誰であろうと嫌に決まっている。
そして当の本人はというと、断られるのは予想していたようだが、それでも心を抉られたような顔をしていた。額に青筋が浮き出ている。
だが、意地なのか分からない笑顔をこちらに向けたまま、続けて話始める。
「ま、まぁ…そう言うとは思っていた…思っていたさ…ならばケインっ!」
「……?」
「このオレと決闘しろ!お前が勝てば、この失敗は無かったことにしてやる。だが!オレが勝てば依頼は失敗!その上で、この少女達をオレに譲るんだ!」
「はぁ!?」
さすがの俺でも、これには驚きと呆れを隠せなかった。
第一、俺は依頼を失敗していない。それなのに、依頼を失敗したという前提で話をつけられている。その時点でこちらに不利をつけているのだ。
さらに、こちらが勝っても俺が受けるメリットは一切無く、向こうにしかメリットが発生しない。
自分の元家族がこんなにも落ちぶれていたことに対し、俺は哀れみしか感じられなかった。
「さぁどうする?受けるのか!受けないのか!」
「…はぁ、いいよ。決闘は受けてやる。ただし、いくつか訂正させてもらおう」
「あぁ?」
「まず、俺達は依頼に失敗などしていない。確かに俺一人でやった訳ではないが、ここにいるのは俺の頼れる仲間達だ。正式な冒険者ではないとはいえ、仲間と手を組んで敵と戦うことに、なんの問題がある?」
「そ、それは」
「大体、なんだその決闘の報酬は。お前が勝とうが負けようが、お前になんのデメリットもない。むしろ、こちらにだけデメリットを押し付けているだけじゃないか。そんなものが報酬だなんて馬鹿げている」
「ぐっ…」
グレンがたじろぐ。こじつけのような言い分で事を進めようとしたため、真っ向から返されては文句の一つすら言えない。
たとえ昔は通用したとしても、成長した今となっては駄々をこねている子供としか思えない。
命を危険に晒しながら生きてきた俺と、悠々自適に暮らしていたグレンでは、精神的な成長速度が違っているらしい。
「わ、分かった。なら、貴様が勝てば報償金として金貨二枚を…」
「違うな。俺が勝ったら依頼達成を証明し、お前は報償金のかわりに「二度と俺達に関わらない」と約束しろ。それが条件だ」
「なっ!?貴様、誰に向かって」
「勘違いするなよ?俺はこの程度で済ませてやると言っているんだ。その意味を理解しろよ?」
「はぁ?なにを…っ!?」
グレンが見たのは、今にも爆発しそうな怒りを、無理矢理圧し殺しているメリア達だ。あのユアですら、顔が少し歪んでいる。普通に怖い。
俺が提示したのは、「依頼を出した以上、最低限やらなければならないこと」だけ。メリア達が条件を言えば、これよりも酷いことを要求するのは目に見えていた。
「わ、分かった!それでいい!その条件で決闘だ!」
「なら、さっさと行くぞ。場所はどうせ裏庭なんだろ?」
「まっ、まて!」
グレンが静止を呼び掛け、辺りを見回す。そして、一人のメイドに目をつけた。その人は、ここに来たときに案内を任されていたユミナさんだ。
「よ、よし。お前が審判をしろ」
「わたしがですか?」
「あぁ。いいだろ?」
「別に構わん。それより俺は先に行っておく。…逃げんなよ?」
俺達はその場をさっさと後にした。俺がいては、グレンはボロを出さないと思ったからだ。
なにをしてくるのかは分からないが、そっちがその気なら、こちらは真っ正面から相手するだけ。
そう胸に秘め、俺は裏庭へと向かっていった。
*
「クソッ!あいつめ…!」
ケインが部屋を後にしてから数分後、グレンも裏庭へと向かっていた。
自分の思い通りに行かないケイン達に苛立ちを隠せないのか、年相応の礼儀のようなものは感じられない、駄々っ子のような歩きをしていた。
「はぁ…はぁ…まぁいい。どうせオレが勝つんだからな…!おい!」
「はい?なんでしょうか」
グレンは後ろからついてきていたメイドのユミナの名を、怒鳴りながら呼ぶ。
このユミナという女性、体の弱い母親のかわりに稼ぐため、この屋敷にやって来たらしい。
グレンは、そこに目をつけていた。ユミナの方へ振り替えると、自らの手を肩に乗せ、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「たとえ決闘がどんな結果になろうと、お前はオレを勝たせろ。不正をしたとか、外野から手を借りたとかな」
「なっ!わたしに八百長をしろとおっしゃるのですか…!?」
「そうだ。言っておくが、お前はオレには逆らえないぞ?なにせ、お前がどういう経緯でここに来たのか分かっているからなぁ?」
「そ、それは…」
「じゃ、よろしく頼むぜ?ユミナさん?」
グレンは肩をポンッと叩くと、失笑を浮かべながら、再び裏庭へ向かって歩き出した。
グレンは、これはただの一方的な遊戯としか思っていない。それゆえ、どうしてケインがあそこまで食い下がったのかを理解できずにいた。
自分の勝利しか考えていないグレンは、意気揚々と裏庭へ歩いていった。
対するユミナは、その場で立ち止まっていた。この家の主は、こんなに愚かな男だったのだと、改めて実感しながら。
そしてその目に、殺意を宿しながら。




