113 それぞれの行方
「…ま、こんなところだ」
俺は自分の過去に起きた出来事、すなわち、俺が罪人として捨てられたことを話した。
メリア達は勿論、隣にいたルベイユも無言で聞き入っていた。
ルベイユに至っては、朝起きたら突然兄が罪人扱いされて消えたのだ。どういった経緯で罪人にされたのか、知りたくなるのは当然と言える。
だが、聞かされたのは理不尽な審判だ。初めこそ普通に聞いていたが、話が進むにつれて怒りがあらわに。そして、話終えた時のメリア達の表情は無心だった。
だがそれは、怒っているがゆえの無心。今すぐにでも怒りを爆発させたいのを、必死で抑えているにすぎなかった。
暫しの静寂の中、最初に口を開いたのはルベイユだった。
「…はぁ…やっぱり、あの話は本当だったんだ…」
「…私も、詳しく聞かされておりませんでしたから確信を得られませんでしたが、言い逃れできませんね…」
「…そういえば離別した、って言ってたな。いつからそうなんだ?」
「お兄ちゃんがいなくなってからすぐです。お兄ちゃんの居ない家になど、価値は無いのです」
「…いや、兄ならもうひ「あれを兄と思ったことはないです」…そうか」
ルベイユが真顔で即座に否定した。本当にグレンを兄と思っていないようだ。
「…じゃあもう一つ。アリスは今どうしてる?」
「アリスさんなら、この村にはいないよ?」
「アリスが、いない…?まさか、そのまま…」
「ううん、死んでないよ。ただ…」
「ただ?」
「あのあと、アリスさんが家に来たんだけど…」
*
ケインが捨てられてから一日がすぎた昼頃、アリスがイルベスターク家にやってきた。
二日近く眠っていたアリスは、自分を介護してくれたのが両親とケインであることを知り、ケインにお礼を言うために、たくさんの果実を持ってきていた。
アリスとしては、早くケインに会いたくて仕方がなかった。
だが、出迎えに現れたのはケインではなく、ジェイドとグレンだった。
いくら見てもケインは居らず、アリスは困った顔になる。
「おぉ!目覚めたか!良かった良かった!」
「あの…どうしてあなたたちが…?それに、ケインは…?」
「安心してくれ、ケインならもういない」
「…え?」
アリスの顔が硬直する。
その言葉が聞き間違いだと思いたいアリスは、再度確認してしまう。
「ケインが、いない…?冗談、ですよね?」
「かわいそうに…どうやらショックで記憶が飛んでしまったようだな…オレから教えてやろう」
グレンはアリスを手に入れる作戦を最終段階に移行する。
グレンの立てた作戦は完璧だった。
まず、ケインの隙をついてアリスを気絶させる。この時、大きな衝撃を与え、アリスの意識を曖昧にする必要があった。
そして、ケインを追い出した後、やってきたアリスに嘘の真相を言い、ケインを嫌わせたところに入り込み、自分に惚れさせる。
話が進むにつれて顔を青ざめるアリスを見て、グレンは勝利を確信した。ケインを陥れて追い出すことに成功し、浮かれていたとも言える。
そのため、アリスがどうして顔を青くしているのか、その本当の理由に気づけなかった。
「…てわけだ。うちのバカな弟が申し訳ないことをした。許してくれ」
「な、なんで…」
「気持ちは分かる。だが、これは…」
「なんでそんな嘘をつくの!全部…全部デタラメな嘘じゃない!」
「なっ…!?」
アリスが、これまで聞いたことのないほどの大声で叫ぶ。あまりの出来事に、近くにいた人達が一斉にアリス達を見る。
一方のグレンは焦りきっていた。表には見えていないが、冷や汗が止まらなくなる。
「な、なんでそんな言い切れ…」
「わたしはケインとそんなお話なんてしてない!そもそも、わたしが襲われたのは背後!ケインのいた正面じゃない!」
「っ!?」
グレンが思わず手を伸ばす。だが、その手はアリスに払われ届くことはない。
グレンは考えていなかった。アリスが、殴られる直前までの事をハッキリと覚えている、という可能性を。
覚えていなければ通せたかも知れないが、相手が悪かった。
「こないで!それに、もう近づかないで…!」
「あっ、待っ…」
グレンの静止も虚しく、アリスはその場から走って逃げていく。
その場に、ケインに渡すハズだった果実を置き去りにして。
*
「…てことがあったの。わたしはたまたま近くにいたから聞いてて…それで、家の誰もが信用できないのに気がついちゃったの。だから、家を飛び出して、今ここで生活をしてるの」
「そんなことが…それで、アリスが居なくなったってのとどういう関係が?」
「あのあと、アリスさんは家に引きこもっちゃったの。暫くして、誰も気づかぬうちに村から出て行ったんだ。お兄ちゃんを探すって手紙を残して、ね」
「居なくなったのは、丁度ケインさまを捨てた者たちが戻ってきた時だと思われます。ただ、彼らはエジルタの方から戻ってきたため、恐らくケインさまとは反対の方へと行ってしまわれた可能性があります」
その事実は、俺を少し良い意味で悩ませた。
この村に来た時。そして、あの家に行った時、懐かしいと感じられるものが一つもなかった。
そのうちの一つが、アリスの存在だった。
もしアリスがそのままグレンに取られていたら、きっとお互いに傷つけあってしまっていただろう。だが、アリスは俺を信じてくれた。
会えないうえに、生死も分からないのは残念ではあるが、少なくとも再会できる可能性を感じることはできた。
そんな干渉に浸っていると、不意にレイラの顔が目の前に現れる。
「…あのー、話を遮るようだけどちょっといい?」
「ひゃうっ!?す、すみません!ど、どうぞ…」
「あーうん。畏まらなくていいよ?私たち全員、まだ頭の整理が追い付いてないし…ただ、これだけは言わせて欲しいんだ」
宙に浮いたままクルッと回るレイラ。その顔が、俺に向けられる。
「ケイン。君が何者であろうとも、私たちはずっと君についていく。たとえ、世界から追われる立場になっても…ね?みんなもそうでしょ?」
「ふふっ、そうね」
「…うん」
「ですわね」
「お前ら…」
レイラの言葉に、ナヴィ、メリア、ウィルが賛同する。イブ達も、力強く頷いた。
メリア達にとって、ケインの過去は確かに衝撃的であった。だが、彼女達も過去に辛いことのあった者たちである。
そして、ケインの過去を知ったことで、例え本当に罪を犯したとしても、どこまでも付き添う決意を固めた。
「…お兄ちゃん、いい人たちですね」
「あぁ、もったいないくらいにな」
「…わたしも、一緒に混ざれたら良いのにな」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
ルベイユが、メリア達を羨ましそうに見ると、小さな声でそう呟く。
その言葉を聞いたイブがにやりと笑ったのは、誰も気づいていない。
*
夜、ルベイユが先に寝静まった頃、寝たふりをしていた俺達は先の一室に集まっていた。
オロックには、秘密裏に部屋を使わせてもらう許可を得ている。そのオロックも、寝るためにこの場から立ち去ることになっている。
「さて、そろそろ始めるか」
「うん」「そうね」「はい」「うむ」
「では、私はこれで…と言いたいのですが、あれは対処しなくてよろしいのですか?」
オロックが見るのは家の外。
そこには、ただ闇が広がっているだけだ。
「あぁ、問題ない」
「分かりました。では、おやすみなさい」
「あぁ…では、これから作戦会議だ」
「ふわぁあ…ねぇ、ほんとうにそんなことしてくるの?」
「あいつの性格からして間違いない。皮肉だが、あいつは一度成功している。今度も間違いなく仕掛けてくるハズだ」
俺は全員を見る。
そこにいるのは、大切な仲間達。
大切なものを失った先で出会った、新しい大切。
「…もう二度と、お前達を失いたくない。だからこそ、俺はここに来た。俺が前に進むために、力を貸してくれ」
追記:ルベイユのケインに対する愛称を変更しました。




