111 ケイン・イルベスターク その3
「ケインも、もうすぐ十五歳かぁ…良いなぁ…」
「そう言うアリスだって、もう半年くらいしたら十五歳になるだろ?」
「でも、早く十五歳にならないと、早くケインと結婚できないんだもん!」
「まだ覚えてたんだ…」
「なに?わたしじゃ、ダメ?」
「いや、そうじゃないけど…」
よつん這いになり、顔を覗かせてくるアリスに、ケインは顔を少し赤くし明後日の方を向く。
ケインとアリスは、この七年で立派に成長した。ケインは背もそこそこに、顔も少し凛々しくなっていた。
アリスは元々かなり可愛らしい顔立だったのが、より磨きがかかっており、誰が見ても美少女であると確信するほどの美しさになっていた。
そんな二人だが、村ではひっそりと人気のカップルとして見られていた。なにせ、ほぼ四六時中一緒にいるのだから。
実際には、ケインのいるところにアリスがついてきているだけなのだが。
二人は今、村から少し離れた人気の無い木蔭で涼んでいた。
今日の訓練の後、アリスが作った昼食を食べようとしたところ、アリスが「せっかくだし、ピクニックにいかない?」と提案したのだ。
ケインもそれに賛同し、村から離れたこの場所まで来たのだ。
昼の時間はとっくに過ぎているせいか、二人ともお腹を空かせていた。
「さて、それじゃあお待ちかね…じゃーん!」
「おぉ…今日もまたスゴいな…」
「そりゃあ、ケインに毎日ご飯を作るという将来のために頑張ってるからね!」
「あぁ、うん。そっかぁ…」
ちなみに、アリスの性格は至って普通だった。普通だったのだが、ここ三年で急に変わり始めた。
毎日のように昼食を作ってきては、ケインと一緒に食べるようになったこと。
不意に抱きついてきたり、顔を覗いてくるなど、ケインに対して過剰なスキンシップを図るようになったこと…上げていけば、キリがない。
それと、最近になって、歳が同じくらいの少女を見ると、スゴく怖い笑みを浮かべるようになった。隣にいたケインが、悪寒を感じるほどには怖い。
そんなわけで、ケインにはアリス以外の友達はできなかった。というより、ケインに誰も近づけなかった。
そのことをアリスは全く気にしておらず、むしろニッコリとしていたが。
「あっ、そうだ。ケイン、例の犯人って見つかったの?」
「それが全っ然。それどころか、日に日に酷くなってる気がするよ…」
「そうなんだ…早く犯人を処せば終わるのに…」
「…物騒だなぁ…」
アリスの言う事件。それは、ケインの持ち物がいつの間にか無くなっていたり、身のまわりが荒らされたりする、というものだ。
ことの発端は三ヶ月前、外から帰ってきたケインが自室へ行ったところ、部屋にあった本や棚、ベットまでもがグチャグチャに荒されていたことが始まりである。
その後も本がいきなり無くなっていたり、部屋に砂を撒かれていたりと、悪質な悪戯が続いたのである。
ジェイドやグレンは家族に対する侮辱だと言い、犯人を探してくれていたが見つからなかった。
勿論アリスにもこのことを伝え、危ないので暫く離れるようにと言ったのだが、アリスは聞かず、心配だからと余計にくっつくようになってしまった。
これまで行われた悪戯は全部で八回。未だに犯人の目的は不明であり、なぜケインだけが狙われ、誰も犯人を見つけられないのかが分からず、途方にくれているのだ。
「ケイン、心当たりは無いの?」
「…いや、うん。あるにはあるんだけど…」
「それってなに?教えて?」
「いやっ、そのー…もしかして、俺とアリスが一緒にいるのが気に食わないやつがいるのかもなー、ってだけで…」
「え?わたしがケインと一緒にいるのは当たり前のことでしょ?」
「あっ、はい」
一緒にいることはさも当然だと言い張るアリス。
実際、悪戯をされるのは決まってアリスが直接関わっていないとき。ケインの予想は確信をついていると言って差し支えない。
なので、残りは犯人を見つけるだけなのだが…
「まぁ、今日のところは帰ろう。もしかしたらまた何かされてるかもしれない」
「えぇー!わたしはまだケインと一緒に――」
ドゴッ!
静かなこの場所に、鈍い音が響く。
ケインが慌てて振り替えると、そこには黒いマントとフードを纏った人物。そして――
頭から血を流し、横たわるアリスの姿があった。
「っ、お前ぇぇぇ!」
「……!」
「逃げるなっ!って、それどころじゃない!」
突然の出来事に動揺する暇もなく、謎の人物に殴りかかるもかわされる。そして、そのままどこかへと消えてしまった。
ケインは後を追いたかったが、それよりもアリスが心配で仕方がなかった。
「アリス!アリス!しっかりしろ!」
「………」
「くそっ、意識がない…とにかく、アリスの家まで運ばなきゃ…!」
ケインはアリスを抱きかかえると、急いでアリスの家へと向かった。
アリスの家は村の外側に位置している。人通りがそこまで多くない場所のため、急いでいる今はとてもありがたかった。
「シェインさん!俺です!ケインです!」
「はいはい、どうしたの…!?ア、アリス!?」
「話は後でします!とにかく手当てを!」
「わ、分かったわ!」
アリスの母親、シェインと共にアリスを自室に寝かせ、手当てをする。
幸いにもアリスの怪我は軽傷で、痕が残るようなものではなかった。ただ、それなりに固い物で勢いよく叩かれた影響か、未だに意識は戻っていない。
「それで、説明してくれるんだろうな?」
「はい。実は…」
アリスが倒れたと聞き、急いで戻ってきたアリスの父親エルバを加え、ケインはことの経緯を説明する。
二人もケインが悪質な悪戯を受けていることは知っていたが、まさかアリスに手を出されるとは思っていなかったようで、話が進むたびに怒りを露わにしていった。
「クソッ…それで?犯人はどうしたんだ?」
「…逃げられました。追いかけることもできましたが、それではアリスを置き去りにすることになるので…」
「まぁ、放置して悪化するよりマシか…」
今のケインであれば、犯人を追いかけて捕まえることもできただろう。だが、その場に残したアリスに何があるか分からない。もしかしたら、仲間がいるかもしれないのだ。
そういう意味では、ケインの判断は間違っていなかった。
「とにかく、父さんにもこの事は伝えます。…本当なら、暫くアリスには離れていて欲しいんですが…」
「うーん…アリスの事だから、これからも離れないでしょうね…」
「そうだなぁ…あの子、そういうところはオレに似たからなぁ…」
その後、二人と話し合ったケインはアリスの家を出た。すでに日は暮れかけており、空は赤と黒で染まっていた。
ケインは急ぎ足で屋敷に戻り、ジェイドにアリスの件を話そうとした。
だが、待っていたのは
「ケイン、お前を追放する。お前は…罪人だ」
非情なる審判だった。




