108 イルベスタークの血筋
「なんとか言え!ケイン・イルベスターク!」
その言葉に、場の空気が凍りつく。特に、メリア達にとっては衝撃でしか無かった。
ケイン・イルベスターク
もしその名が本当なら、ケインはこの家の者、という事になる。どうなの?というメリア達の視線がケインに向けられる。
そして、当の本人はと言うと、何も無かった。
怒ることも、焦ることも、驚くこともしない。ユアのように、ただ無表情のまま、冷たい目でグレンを見ていた。
やがて、この場に居るのが馬鹿らしくなる。
俺は再び扉に向い、扉に手をかけてから訂正を入れる。
「はぁ…二つ訂正しておく。まず、俺は冒険者だが、それと同時に旅人でもある。どこかに支える気もないし、どこかに媚売ろうとも思わない。俺は…俺達は、自由に生きるだけだ」
「あ?」
「そしてもう一つ。俺はケイン・アズワードだ。そんな名前じゃない。…行くぞ」
「あ、うん…」
「おい!ちょっ、まて!」
グレンの制止も虚しく、俺達は全員部屋から出ていった。
扉の前に、俺達を連れてきてくれたメイドのユミナが居たので、軽く説明だけしてその場を後にした。
屋敷を出るまでの間、俺の背にはメリア達の説明を求める視線と、心配している視線が突き刺さっていた。なので、
「…後で必ず話す」
とだけ言い、俺達は屋敷を出ていった。
*
「クソッ、聞いてないぞ!」
ケイン達が去った後、残されたグレンは苛立ちを爆発させていた。
グレンにとって、ケインはすでに亡き者だった。そのケインが、目の前に現れたのだ。しかも、沢山の美少女と共に。
さらに、兄である自分にたてついた事も、グレンにとって耐え難い苦痛であった。
そんなグレンを見て、ジェイドは内心ため息をついていた。
ジェイドにとっても、ケインが生きていたのは想定外だった。だが、グレンとは違い、生きていて良かったとも思っていた。
ただ、生きていたとしても、ここに来てほしくなかったというのも、ジェイドの本音なのだ。
なにせ、ケインを捨てたのは、紛れもないジェイド自身なのだから。
*
「はいよ、これがお釣りね」
「はい、ありがとうございます」
日差しが強く刺している。
オロックは今、村で食料の調達をしていた。
というのも、このイルベスターク領で食料を買う場合、領内にある村に行くか、エジルタに向かわねばならない。
エジルタには香辛料などの種類も豊富なため、そちらで買っても良いのだが、何分高い。
そのため、少しでも経費を浮かせる為に村で買い物をしているだ。
「そういえば聞いたかい?森の話」
「えぇ。なんでも、強力なモンスターが出たとか」
「そうそう、物騒な話よね。でも、すぐに収まるかもしれないわよ?」
「ほう、どうしてですか?」
「なんでも、その依頼を受けてくれた冒険者がいるそうよ。ワタシは見てないけど、そういう会話を聞いたっていう人がいるんだってさ」
「ふむ…ありがとう。それでは」
オロックは、その依頼を受けた冒険者の事が気になった。
あの屋敷の主の息子―グレンの性格からして、もしその冒険者が気に入られれば、彼が自分の部隊に加えようとするのは目に見えていた。
なので、一目だけ見ようと屋敷に近づいた。
彼自身、あまり近づくと面倒なことになるので遠くから様子を伺っていると、門から件の冒険者が出てきた。
「…あれは、まさか?」
現れたのは、一人の青年と複数の美少女達。
どの少女も可愛らしく、魅力溢れる存在感を放っている。
だが、オロックは少女達ではなく、青年に目が行っていた。
その青年は三年と少し前、このイルベスタークから居なくなった少年と似ていたからだ。
そして、近づくにつれて、確信する。
あれは、間違いなくケインであると。
オロックは青年に近づいた。
本当にケインであるなら、彼女に会わせなければならない。
自分が遣えている、お嬢様に。
*
「…誰か、こっちに、来てる」
メリアが反応したのは、屋敷から出て少しした頃だった。
大きくないとはいえ、ここは領内にある、屋敷の周りにある村。こちら側に向かって歩いてくる人がいるのは当たり前なのだが、メリアは俺達に向かってくる人物を捉えたらしい。
誰なのかと警戒していると、その人物が目の前に現れた。
「…やはり、ケイン様なのですね」
「…もしかして、オロックか?」
「はい。その通りです」
現れたのは俺のよく知る人物、オロックだった。
昔、彼にものすごく世話になった。だからこそ、俺は警戒していた。もしかしたら、アイツが仕向けた可能性があるのではないか、と。
だが、オロックはそんな俺を宥めるかのように接してきた。
「ご安心を。私は…いえ、私たちは今、あの家とは離別していますので」
「離別…?どうしてだ?」
「それは、本人から聞くとよろしいかと」
俺は少し困惑していた。
オロックは、俺が産まれた時からいる、イルベスターク家に遣える執事。元軍人らしく、どうして執事をやっているのかわからない人物でもあった。
元軍人という事もあり、忠誠心は高く、ジェイドもかなりの信頼を寄せていた。
そんなオロックが、今はあの家と離別している。
オロックがわざわざ「私たち」と言い直したのは、あの家と離別したのはオロックだけではない、という事だ。
その人物の心当たりは、一人しか存在しない。
「…分かった。案内してくれ」
「わかりました。では…」
「待て、ケイン。ソイツは信用できるのか?」
「えぇ、いくらなんでも怪しすぎますわ」
「大丈夫だ。コイツは、そういった事はしない。だろ?」
「はい。天に誓っても」
「なら問題ない」
メリア達は知らないが、彼は一度決めたことは、一部例外はあれど、何があってもねじ曲げない性格の持ち主だ。
ならば、どうして家から離別したのか、それは、オロックと共にいる存在から聞かねばならないのだろう。
オロックに連れてこられたのは、村からかなり離れたところにある、小さな一軒家だった。
小さいとは言ってもそこそこ大きく、周りに畑もあることから、ここで自給自足しているようにも見える。
オロックは俺達に少し待つように言ってくると、扉を開けた。
「お嬢様、ただいま戻りました」
「おかえりオロック。大丈夫だった?」
「えぇ、少しだけ残っておりましたよ」
「良かったぁ…あれが無いと大変ですから…」
「それはそうとお嬢様、お客さまをお連れしました」
「客?わたしにですか?一体誰…が…」
オロックから視線を離し、少女がこちらに目を向ける。俺と同じ橙色の、綺麗な瞳だ。
そして、その視線が俺を捉えた瞬間、瞳が大きく見開かれる。
まるで、念願の物が見つかったように。
そして、少女が駆けてくる。
金色の髪を靡かせ、一目散に俺の腹めがけて突撃してくる。
「おにーちゃーん!」
「うぐっ」
「お兄ちゃん!ケインお兄ちゃんですよね!」
「あ、あぁ。…久しぶりだな、ルベイユ」
「はい!」
少女に突撃され、思わず転倒してしまった。
そんな状態にも関わらず、ルベイユは俺に頬擦りをしている。俺に会えたのが、余程嬉しいのだろう。
…まぁ、事情を知らないメリア達の視線は痛かったのだが。
*
「先程は見苦しい事をしてごめんなさい、お兄ちゃん…」
「いや、良いよ。それより」
「あ、はい。はじめまして。わたしはルベイユ・イルベスターク、お兄ちゃんの妹です」
「申し遅れました、オロックと申します。ルベイユお嬢様付きの執事をやっております」
ルベイユとオロックが、メリア達にそう挨拶をする。彼女のいう通り、ルベイユは俺の五つ下の妹である。
グレンが父親譲りの容姿なら、ルベイユは母親譲り。金色の髪と橙色の瞳を持ち、メリア達に負けず劣らずの美少女である。
ちなみに俺は、調度半分程度受け継いでいる。
「それで、どうしてお前はこんなところに?」
「簡単です!お兄ちゃんの居ない家に…ましてや、お兄ちゃんを捨てた家族の元になんている意味が無いからです!」
「っ、ケインが、捨てられた…?」
「どういうこと、ですか?ケインさま」
ルベイユの発言。それは、メリア達にとって聞き逃せない事だった。
ケインがイルベスタークの姓を持つこと、家族とおぼしき者から恨まれていること、そして、捨てられたこと。
メリア達は、ケインと出会ってからのことしか知らない。ケインも、過去のことを話してこなかった。
だからこそ、メリア達は知りたかった。ケインの過去を。自分達と出会う前のケインを。
俺も、今更逃げようとは思っていなかった。逃げたところで、それは問題の先伸ばしに過ぎないからだ。
俺は、改めてメリア達と向き合う。メリア達の目が、俺へと向けられる。
「…今更隠すことはしない。これから話すのは俺の過去だ。昔の俺が…ケイン・イルベスタークとして生きていた時の話だ」
そして、俺は語りだす。
過去を。そして、今に至るまでの道筋を。
それは、十年以上前まで遡る―――
追記:ルベイユのケインに対する愛称を変更しました。




