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107 イルベスターク

 コラムから西に行き、道が整備された森を、歩いて抜ける。

 歩くこと三十分。ようやく森の出口が見えてきた。



「うわぁ…」

「すごーい!」

「ここまでとは思いませんでしたわ…」



 森を抜けた先にあったのは、広大な稲の道。

 小麦色の稲が、森を抜けた俺達を歓迎するかのように輝いている。

 その光景に、皆少し感動しているようだ。



(…ついに、来てしまったか)



 そんな中、俺だけは憂鬱な気持ちだった。

 エジルタならともかく、このイルベスターク領にだけは絶対に来たくなかったからだ。

 だが、俺はここにいる。ここから先に進めば、もう後戻りできない。


 それでも、今の俺には仲間がいる。

 信頼できる、大切な仲間が。



「…行くぞ」

「………」



 覚悟を決め、俺は前へ進み出す。

 その姿に不安を覚えるメリア達だったが、この先何があってもケインの側に居てあげなくては、という気持ちでその後を追った。


 稲の道を歩くこと十分、ようやく建物が見えてきた。

 初めは小屋が、奥に進めば納屋が、そして次第に家が見えてくる。やがて、ひときわ目立つ屋敷が俺達の前に現れた。



「…ここは?」

「領主の家だ。…依頼の詳細について、聞かなきゃいけないからな」

「ケイン…貴様、本当に大丈夫なのか?顔色が良くないぞ…?」

「…大丈夫だ」



 リザイアの心配を他所に、俺は屋敷へ向かう。

 だが、俺の不安や強がりの感情は、メリア達にしっかりと伝わっていた。


 この先へ進むのが怖い。この先に待つ誰かに会うのが怖い。

 けれど、自分達がいるから、前に進もうとしている。


 その事に気づけたメリア達は、より一層ケインを支える覚悟を決め、その後に続いた。

 屋敷の前には門番が二人おり、二人とも少し初々しい感じがする。



「…ん?ここに何のようだ?」

「次期領主の依頼を受けてここに来た。これがその依頼書だ」

「ふむ、少し待っていてくれ。案内を用意する」

「分かった」



 門番の一人が屋敷へ向かい、一人はそのまま俺達を見張る。

 暫くして、戻ってきた門番が、一人のメイドを連れてきた。



「はじめまして。案内をさせていただく、ユミナと申します。貴方が依頼を受けてくださった冒険者様ですね?皆様、どうぞこちらに」

「…あぁ」



 そして、俺達は領主邸へと足を踏み入れた。


 敷地に入ると、まず、広大な庭が姿を現す。

 田舎にあるとは思えないほどの豪華さで、ここだけ世界が違うと錯覚してしまうほどだ。

 そして、進んだ先にある屋敷の中も豪華だ。

 屋敷の中に入ると、まずデッドラインにあった屋敷よりも巨大な大広間が広がっている。

 壁も清掃が行きとどおっており、シャンデリアの光を反射して、白く輝いている。

 赤いカーペットが敷かれ、その先には上の階へと続く大きな階段がある。



「領主様たちは上の階におります。ついてきてください」



 ユミナが先行し、俺達は彼女についていく。

 皆、内装に驚いていたり、少し感動したりしているが、俺はどんどん胃が痛くなってきた。

 そして、ついにこの時が来てしまった。



「領主様、依頼を受けてくださった冒険者様をお連れしました」

「うむ、入りたまえ」



 その声に、俺の体が過剰に反応する。

 恐怖したのではない。ただ、その声は二度と聞きたくなかった声だっただけだ。


 俺の後ろに控えていたメリア達も、俺の反応を見てより不安を抱いた。

 どうしてそこまで…そんな感情が、メリア達の中にあった。


 そして、扉が開かれる。

 中には数人のメイドと、二人の男性が居た。

 二人とも同じ黒髪で容姿も似ており、二人が親子である事は目に見えている。



「失礼します」

「うむ、貴様が依頼を受けてくれ……っ!?」

「………」

「なっ、お前!なぜ生きている!?」

「………」



 若い方の男が、立ち上がって声を荒げる。

 だが、俺は男の言葉を無視し、無言で席につく。

 メリアとナヴィは俺の横に座り、他の皆は俺の後ろにつく。

 それが気にくわなかったのか、男はさらに問いただそうとする。



「もう一度聞く!なぜここにいる!」

「…はぁ、そこのメイドが言っただろう。冒険者として依頼を受けた。それだけだ」

「ふざけるなっ!大体なぜ」

「落ち着けグレン。気持ちは分かるが、今は言葉を慎め」

「だがっ!」

「なんども言わせるなよ?グレン」

「…チッ」



 悪態をつき、グレン―この依頼を出した男が席につく。

 その姿を見て、メリア達は完全に引いていた。

 本当に次期領主なのか疑う程の態度。そしてなにより、ケインに対しての当たりが異様に強い。それに、先程からチラチラとメリア達を見てくるのも鬱陶しかった。

 それだけならまだ良いだろう。

 だが、全員気がついていた。隣にいる男性も、蔑むような目をケインに向けている事に。

 本人は隠せているつもりだろうが、生憎、ここにいるのはそういった類いに気づける者達なのだ。



「さて、一応お互いに自己紹介はしておこうか。私はジェイド・イルベスターク。このイルベスターク領の領主だ。こっちはグレン・イルベスターク。私の後釜だ」

「ケインだ。これでいいだろ?さっさと本題に…」

「まて、そいつらの自己紹介をしていないだろ。勝手に進めるな」

「この依頼を受けたのは俺だ。なら、俺が名乗ればそれで良いだろ」

「貴様っ」

「グレン!」

「チッ!」



 一度グレンが立ち上がるも、ジェイドの一喝で再びドカッと座る。

 メリア達を名乗らせなかったのは、単純にこいつにメリア達の名前を知られるのが嫌だったからだ。

 グレンが先程からメリア達を品定めでもするかのような目で見ているのは気づいている。

 それに、こんな場所に長く居たくない。

 俺達はさっさと話を進めて、この場から離れたかった。



「で、依頼の方だが、もう少し詳しく教えてくれ」

「分かった」



 ジェイド曰く、依頼を送る前日の朝、偶然森に用があった領民の一人が、突然現れたモンスターに襲われたという。その領民はなんとか逃げられたが、かわりに片腕を失ったようだ。

 その話を聞き、調査団としてイルベスターク家直属の兵士を視察に出したところ、翌日の正午頃に全滅して戻ってきた。

 幸い、誰も失わずに戻ってきたのだが、何人かは腕や足を失っており、兵士としては生きられなくなったそうだ。

 五体満足だった兵士の中に、Cランク相当の実力を持つ兵士が居たようで、その兵士が居なければ、全員命を落としていた可能性まであったそうだ。

 そのため、グレンが慌てて依頼書を作製。

 エジルタに冒険者ギルドは無いため、ギルドがある町に向けて依頼を出した。それが、サンジェルトだったというわけだ。



「ふむ、改めて聞くが、そのモンスターの調査、もしくは討伐が依頼内容で間違いないな?」

「あぁ」

「なら、調査の場合は金貨二枚、討伐の場合は金貨五枚ってところだ」

「なんだと?」



 それに反応したのはグレンだ。

 どうやら、俺が出した報酬の額が気に入らないらしい。



「なにか文句でも?」

「当たり前だ!なぜ貴様が勝手に決める!これはこちらが出した依頼だ!報酬の額は俺達が決める!」

「…はぁ、なにを言い出すかと思えば。いいか?まず、この依頼にはCランクのモンスターがいる可能性がある、とだけ書いてある。

 たが、先の話を聞く限りCランクのモンスターがいるのはほぼ間違いない。そうなれば、調査で金貨二枚、討伐で金貨五枚は確実だ。これは、冒険者に支払う最低限の義務だ」



 それぞれの依頼には、ランクに合わせて支払う額の最低値が決められている。Cランクの依頼であれば、討伐や殲滅は金貨五枚、護衛は三枚、納品や調査などは二枚が最低値である。

 この依頼にはランクが書かれていないが、話の内容からCランクかそれ以上の依頼である事には間違いない。



「それに、俺が提示したのは最低額だ。もしこれ以上の依頼内容だったとしても、そちらが最低額しか払わないと言えば良いだけだ。違うか?」

「ぐっ…」

「言い返せないならこれで決定だ。いいだろ?」

「あぁ、問題ない」

「なら、話は終わりだ」

「待て!」



 話を切り上げ、部屋を出ていこうとする俺達を止める者が居た。グレンだ。

 その目には、相変わらず俺に対する驚き、怒り、憎しみ…そして、メリア達に対する下心が浮かび上がっていた。

 本当は立ち止まりたく無かったが、付きまとわれても面倒だったので立ち止まった。



「…なんだ」

「なんだだと?貴様、自分がどういう立場なのか分かってるのか?」

「………」

「分かってるよなぁ?だってお前は、この場所にいること自体が罪なんだからなぁ!」

「………」

「それなのに、なにのこのこと帰ってきてるんだ?冒険者としてやっているから、よりを戻してくれとでも言いたいのか?それとも、そこの女達を俺に紹介するからより「あ゛ぁ゛?」をっ!?」

「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。誰がメリア達をお前に紹介するって?ふざけんじゃねぇ!こいつらは俺の大事な仲間だ!お前の私欲を満たすための存在じゃねぇ!」



 メリア達を話に出された事で、我慢できなくなった俺は、グレンにキレた。

 他の事はまだいい。だが、メリア達の事だけは許せなかった。

 どんな気持ちでケインが反論したか。それに気づいたメリア達は、自分の胸が熱くなっているのを感じていた。


 だが、そんな事は知るよしもないグレンは、ただ俺に反論されたと言うだけで、さらに怒り出した。



「貴様…さっきから偉そうにしやがって…!それが俺に…()に対する態度か!」

「…え?」



 メリア達の思考が止まる。


 今、こいつはなんて言った?

 自分を、ケインの「兄」と言った?


 メリア達が、ケインとグレンを見比べる。

 瞳の色は違う。顔つきも似ているかと言われても微妙だ。

 だが、この二人は()()だ。しかも、全く同じ。


 そして、グレンは口にする。

 ケインにとって、呪いでしかない名を。



「なんとか言え!ケイン・()()()()()()()!」

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