106 エジルタ
十一章、始まりです。
俺達の向かっている場所、エジルタについて話をしよう。
まず、エジルタは連合国と名乗ってはいるが、厳密には国ではない。
エンパイア領、ナウストラグ領、そして、イルベスターク領。
広大な領地を持つ三つの領土の重なる場所。そこにある町と、三つの領土を合わせて「エジルタ」なのだ。
このエジルタは農業や稲作が盛んであり、大陸における一つの生命線とも言える領地である。
そのため、エジルタは田舎のような場所でありながら、サンジェルトやテドラ、デッドラインのような大都市に負けないほどの町が出来上がっている。
ただし、あくまでも農業などが中心なので、そこまで立派な感じではないのだが。
*
「…って感じだ」
「「「へぇー」」」
都市を出発して数時間がたった。
今俺達は、エジルタへ向かう業者の護衛依頼の真っ最中である。
都市からエジルタまで歩こうとすると、三週間ほどかかってしまう。だが、馬車であれば一週間と少しで到着する。
普通ならこんなに都合良く依頼があるはすが無いのだが、ユリスティナが予めこの護衛依頼を用意していたらしく、すんなりと移動手段を手に入れる事ができた。
とはいえ、依頼は依頼。仕事はきっちりこなす。
同中襲ってくるモンスターを蹴散らし、安全を確保する。夜も見張りをつけて、賊やモンスターが来ないか監視する。
普段から野宿をしている俺達にとっては当たり前の事を、普段どおりにこなしていく。
そして、特に目立った襲撃も無いまま、五日が過ぎた。
その日も、順調に馬車は進んでいた。このままのペースで行けば、あと三日か四日でエジルタに着くだろう。
そんな時、メリアが何かを感じ取った。
「ケイン、なにか、いる」
「敵意は?」
「感じ、られない、けど、血の匂い、する」
「血?」
血の匂いを漂わせるなにか、その正体は、すぐに明かされた。
突然、そのなにかが目の前の草むらからフラフラと飛び出して来たのだ。そして、そのままバタリと倒れる。
「っ!止めろ!」
「おっ、おう!」
業者に停止を促し、少し離れた場所で待機してもらう。
仲間を護衛に残し、俺とメリア、ウィルで倒れた者の元へ向かった。
「おい!大丈夫か…って、コイツは…」
「ぴゅぅ…」
その正体は、ハーピーであった。
ハーピーは人の頭と胴に、鳥の翼と足を持つモンスターで、その性格は温厚。
群れを為して行動し、人族や亜人と共存しているハーピーも居るためあまり警戒されていないが、実はCランクのモンスターである。
ハーピーは滅多に争わないが、仲間の為となれば話は別。空から蹴りをしてきたり、風による攻撃をしてくる。それが単独ならまだしも、群れで攻撃してくるため、厄介極まりない。
昔、ハーピーを軍事に利用しようとした国が、ハーピー達の怒りを買い、逆に滅ぼされてしまった話もあるくらいだ。
なので、ハーピーとは争わない方が良いのだ。
だが、目の前にいるハーピーは違った。
なにかと戦った、というより、一方的に攻撃されたような状態だった。
体は傷だらけで、周囲に仲間がいる様子もない。出血も治まっておらず、危険な状態だ。
それなのに、なぜかその顔は高揚していた。
訳が分からない。
「って、悩んでる場合じゃない!メリア、頼む!」
「ん、〝回復〟」
「ぴぐっ!?」
メリアの回復がハーピーを包む。
…なぜか治される事をもったいなさそうにしているように見えるのだが、そんなのはお構い無しだ。
やがて傷も癒えたが、まだ血が羽や体についている。なので、メリアとウィルに任し、俺はハーピーから目を反らした。
理由は単純。ハーピーは雌しか居ないのだ。
モンスターの中には性別が片方しか無かったり、性別が無い種族がある。
オーク系やゴブリンキングなどは雄のみ、ハーピーやラミアなどは雌のみ存在している。
何故なのかハッキリとした理由は分かっていないが、例えばハーピーが子供を産んだとしても、雌しか産まれないそうだ。
そんな事を思っているうちに、メリア達が洗浄し終わったようだ。
向いていいとの許可を得たので、改めてハーピーと向き合う。
雌しか居ないとあって、その容姿は中々のものだった。真っ白な髪にクリッとした茶色い瞳。髪と同じく純白の翼を持ち、鳥の足で器用に女の子座りをしている。
元々着ていた服は血まみれでボロボロになっていたため、メリアの前の服を着させてある。辛うじて下着は無事だったらしいが、なぜそれを俺に言う。
「まぁ、これで大丈夫か。ちょいとゴメンな」
「ぴぅ!?」
「悪い。ちょっとだけ移動させるだけだ……っと、ここなら大丈夫だろう」
「ぴゅぅ…」
「心配するな、じきに体調も戻って飛べるようになるさ。これも食べれば回復は早くなるぞ。じゃ、元気でな」
力が入らず座ったままのハーピーを肩車し、近くの木陰まで運ぶ。いつまでも真ん中に陣取られても困るし、かといって放置するのも違うからだ。
木陰にハーピーを座らせ、ナヴィ特製の栄養野菜を渡し、俺達は馬車に戻った。
業者に進んでいい事を告げ、馬車が再びエジルタに向かって走り出す。
その様子を、木陰から先程のハーピーがじっと見ていた。
そのハーピーは、俺達が見えなくなるまで、ずっとこちらを見ていた。
…少しばかり、高揚して。
*
「あんたら、見えてきたぞ」
「あれが…」
「あぁ、エジルタ中心の町、コラムだ」
日数にして九日。ようやく俺達は、エジルタへたどり着いた。
実際にはかなり早くからエジルタへたどり着いてはいるのだが、通って来たのはエンパイア領。俺達の目的地であるイルベスターク領へは、このコラムから歩いていく必要がある。
最も、今の俺達は護衛なので、イルベスターク領を通ったとしても、コラムまではついていく事になるのだが。
「いやー助かった。はい、これが報酬だ」
「あぁ、こちらも助かった」
「あんたらはイルベスターク領へ行くんだろ?だったら、西の方へ進むといい」
「あぁ、知っている。それじゃあな」
「あぁ!機会があればまた頼むよ!」
業者と別れ、俺達はイルベスターク領へ向かって歩き出す。
「ケイン、少しいいか?」
「どうした?」
「先の会話、貴様は「知っている」と言った。それは、貴様がここの産まれだからだけか?」
「…どうしてそんな事を聞く?」
「なに、気になっただけだ」
「…そうか」
リザイアの指摘に、少しばかり動揺した。
確かに先の答えには、産まれ故郷だから知っている、という意味とは別に、俺の私怨も混じっている。
それを見抜くあたり、リザイアはそういった類いに敏感なのかもしれない。
俺は小さくため息をついた。
この先に待つ現実が、メリア達の目にどう写るのか。その恐怖が今、一番俺を苦しめていた。




