99 真名と真意
「…ん」
「…あ、気がついた?」
「…メリア?…えっと、私は一体なにを…」
「…どうやら私達、操られてたみたいよ。」
「不覚ぅ~…」
「ナヴィ、レイラ…大丈夫?」
「…えぇ、一応ね」
「私はゴーストだからお構い無く!」
最後まで操られたままだったウィルが、ようやく目を覚ました。ナヴィもレイラも少し前に目覚めたが、三人とも操られている気配はない。
ウィルも起きたので、簡単に先までと今の状況を三人に説明する。どうやら三人はメリアやイブとは違い、意識が完全に飲み込まれていたようで、羞恥心と怒りの狭間で行ったり来たりしていた。
大体の説明が終わった頃、ユアが戻ってきた。一人の少女を抱えて。
「主様、只今戻りました」
「あぎゅっ!?」
ユアにペイッと投げ捨てられた少女は、翼や手足を縛られ、完全に動けなくなっていた。若干目が虚ろを向いているのは気のせいだろうか。
「安心してください。麻痺毒は盛りましたが、中和は済んでいますので」
「麻痺毒!?」
少女の連行をユアに頼む際、見つけたら殺しにかかるかもしれないと思った俺は、なるべく傷つけずに連れてきて欲しいと頼んだ。確かに傷はついていないが、麻痺毒を盛るとは思っていなかった。表情には現れていないが、実際はそうとう怒っているのかもしれない。
とにかく、身動きが取れなくなり、抵抗する気も無さそうな少女を座らせる。その周りをナヴィ達が囲むと、少女の肩がビクッと跳ねる。
「…くっ、まさか我を直接狙ってくるとは…!」
「…俺としても、そんなことはしたくなかったんだけどな。だけど、仲間に手を出した相手に、そんな甘いことを言ってられるような状態じゃ無くなったからな…」
「ふん。別に後悔することでも無いだろう。貴様は我に策をもって勝った。…それだけだ」
納得いかなさそうな顔をしつつも、反則みたいな方法で負けた事を咎める事をしない少女。
潔いと言えば良いのか分からないが、少なくとも状況判断はできるようだ。ここで「まだ負けてない」等と言えば、抵抗できないまま更なる仕打ちを受けるのは目に見えているからだ。…まぁ、俺はしないんだが、ナヴィ達がな…
とにかく、これでゲームは終わったが、このままでは、パーティー解散の件が解決したとは言えない。
「…さて、今後こんな勝負はしないと約束するなら、このまま見逃してもいいんだが…」
「…断る。遊戯をしなければ、我は精を得る方法が無くなってしまうからな…」
「だよなぁ…」
さて困った。この少女にとって、この勝負は生命線の一つだ。なにせ、自分がそういった行為をする姿を想像しただけで、顔を赤くするような乙女なのだから。
自分は汚されたくない。けれども、精を取り込まなければならない。それゆえの勝負なのだから。
「あのーケインさま。ひとつおもいついたことが」
「ん?なんだ?」
「うん。そのひとと「じゅうまけいやく」すればいいんじゃないかな?」
「「なっ!?」」
イブの発言に、俺と少女の声がハモる。
従魔契約。簡潔に言えば、対象の相手を使い魔として使役する契約の事だ。
古来よりある契約の中でも最も強いのが従魔契約であり、その効力は主か使い魔が死ぬまで続くとまで言われている。
また、従魔と主は、魔力眼を用いても見えない魔力による繋がりができる、と言われているが、真意は分かっていない。
ただ、これが本当であれば、異性である俺と繋がった状態になるため、なにかしら反応する度に精エネルギーを確保できる可能性がある。
イブが提案した理由は恐らくそこだろう。
ただし、従魔契約するにはいくつか条件がある。歴史を垣間見ても、従魔契約をしたという歴史はほとんどない。ましてや、人族と亜人族間でなど。
そもそも従魔契約自体、失われた技術と言っても差し支えない存在であり、今はテイマーと呼ばれる人達が扱う「テイム」というスキルがそれに成り変わっている。
ただし、テイムは従魔契約の完全劣化。使役する条件も緩ければ、支配力も浅い。
話を戻すが、確かに従魔契約をすれば少女はもう勝負をしなくても精を得られるようになるかもしれない。だが、もし得られなければ、ただ俺が少女を使役するだけになってしまう。
チラッと少女と目を合わせる。少女の目は俺がどう答えるのか恐れているようにも思えた。
だから、俺はハッキリと言い切ることにした。
「…イブ。それはダメだ」
「どうして?」
「俺は誰かを支配するような真似はしたくない。たとえどんな理由があったとしても、誰かの自由を奪うなんて事はしたくないんだ」
「ケインさま…」
「それに、使役だとかそういう事は、メリアと初めて出会った時に「やらない」と言い切ったしな」
俺は、たとえ人の上に立つ存在になったとしても、誰かの自由を奪おうとは思った事がない。
他者を見下す者は、必ずその報いをどこかで受ける。俺は、そういう生き方をしたいとは思わない。だからこそ、Bランクになった今でも、誰とでも正面から向き合って生きているのだ。
俺のそんな想いが、どう伝わったのかは分からない。ただ、少女はやけに嬉しそうに、そして、決意したように笑った。
「く、くくく、あっはっは!」
「……?」
「あぁ、貴様は実に最高だ。我とこの日出会ったのも、必要な運命だったのだ!」
少女が一人で勝手に興奮し始める。と思ったら、すぐさまその顔を真剣なものに変化させた。
「貴様、名は?」
「…?ケイン。ケイン・アズワードだ」
「ならばケイン。今この場で、貴様のが望む通り遊戯を今後行わないと誓ってもいい。…ただし、条件がある」
「…条件?」
「なに、簡単な事だ。ケイン。貴様の旅に、我を加えて欲しい。」
「なっ!?」
「当然、貴様らにしたことを考えれば思う事はあるだろう。だが、我は本気だ。…頼む」
それは誰の驚いた声なのだろうか。だが、驚かずにはいられないだろう。まさか、少女自らが仲間になりたいと言ってきたのだから。
だが、頭を下げて懇願する少女を、誰も責めなかった。何故なら、操らなければいけなかった理由を、皆知っているからだ。
「…どうしてそう思ったんだ?」
「…我はずっと、誰かを仕方なしに陥れて生きてきた。だから捕まった時、これまでの報いを受けると思った。…だが、貴様は違った。我を汚すような事はせず、むしろ我を労った。それは、心優しき者でなければ出来ない事だ。」
「お前…」
「それに、貴様らの側にいれば、我の精問題も解決しそうだしな!」
「お前…」
肝心した直後に私欲が漏れるあたり、この少女はやはりサキュバスなんだなぁ、と実感した。
ただ、一つだけ気掛かりがあった。ナヴィ達だ。ナヴィ達は、この少女に操られた。あまり良い感じをしていない可能性の方が高いのだ。
だが、そんな心配を他所に、ナヴィ達は俺を見つめていた。
―ケインの判断に任せる、と。
俺は少女の拘束を解くと、しっかりと目を合わせて話す。
「…俺達は、誰にも言えない秘密がある。世界を敵にするかもしれない秘密を、だ。それでも、ついてきたいと思うのか?」
「世界を敵にするほどの秘密…?」
少女が目を見開く。
…やはり、言うべきでは無かったかもしれない。だが、仲間としてついてくるなら、嫌でもこの罪を背負う事になる。その覚悟が無いなら、仲間にはできない。
だが、そんな心配を吹き飛ばすが如く、少女は目を輝かせる。
「良いではないか!世界を敵に?上等だ!我は災厄なる悪夢…闇の覇者なり!たとえ世界が敵であろうと、我は我の道を行く!」
その言葉は、少女の決意の証だ。
己の信念を曲げず、己の生き方を恥じない。
きっとそれは、誰にも負けない彼女だけが持つ力なのだろう。
…そんな事を言われたら、断れなくなるじゃないか。
俺は、スッと手を差し出す。
「…分かった。なら、俺からも言わせてもらう。俺達と一緒に来て欲しい。えっと…」
「…リザイア。それが我の真名だ」
「分かった。よろしくな、リザイア」
「あぁ!」
俺の差し出した手を、少女が強く握り返す。
冒険者パーティー解散という事件を調べた結果、俺達は新たな仲間災厄なる悪夢…もとい、サキュバスのリザイアを加える事になった。
それと同時に、今後もこんな出会いがあるんだろうなぁ…という謎の予感がしたのは、気のせいではないだろう。
*
その日の夜、正式に仲間として認められたリザイアが、一人の少女を呼び出した。
「…さて、真意を聞かせてもらおうか。」
「んー?なんのこと?」
「とぼけるな。ケインと我に従魔契約を結べ、という意見をしたのは貴様だろう。イブよ。」
月明かりが、暗がりからイブを引きずりだす。
夜の静けさと魔族の特徴である角と羽が、幼子とは思えない程の魅惑を引き立たせている。
「従魔契約を持ち出したのは、我をどうしても仲間にしたいという意図が合ったからなのではないか?結果として、我がケインの在り方を気に入ったから、仲間として入ると決意したが。」
「…うん、そうだよ。イブはどうしても、あなたが…リザイアさまがほしかったの」
「それは何故だ?何故、我に固執する?」
「かんたんだよ。…メリアさまたちの思いをむりやりひきだしたリザイアさまならわかるよね?」
「っ!?なぜそれを…!?」
「イブもね、おなじなの。メリアさまたちとおなじきもちなの。それに、かかってないけど、ユアさまもおなじだとおもう」
「それってどういう…いや、そうか。だからか」
リザイアは理解した。
何故、この幼子が自分の精神解放を受けても意識を奪われずに済んだのかを。
イブは、自分の気持ちを隠してなどいなかった。ずっとさらけ出していたのだ。だからこそ、リザイアの支配から逃れられたのだ。
「それでは、なんだ?我を使って、抜け駆けでもするつもりだったのか?」
「ううん、そのぎゃく」
「逆…?というと、まさか…!?」
「うん。イブは、みんなでしあわせになりたいの。だから、ケインさまにはメリアさまたちぜんいんの思いを、うけとめてもらいたいの。」
「…ははっ、なんというヤツだ…まさか、ハーレム志望の幼子とは」
リザイアも、流石に驚きを隠せなかった。なにせ、ケインの仲間の中で最も幼い少女が、ハーレムを作るという、とんでもない野望を抱いていたのだから。
「リザイアさま。これはリザイアさまにとってもいいことでしょ?だから、ちからをかしてほしいの」
「…確かに、あやつらをくっつければ、近くにいる我も精を得られる…フッ、とんだ幼子が居たものだ。…良いだろう。我が力、貸してやっても良い」
この日、イブとリザイアによる「ケインハーレム同盟」が秘密裏に発足した。
その気配を感じたのかは不明だが、メリア達が全員身震いし始め、嫌な予感を覚えたのは、また別の話。
「あ、リザイアさまも、ハーレムにくわわってもいいんですよ?」
「ふぇ!?いや、それは…」
(…あ。これ、おせばおちるな)
これにて九章「災厄なる悪夢」閉幕です。
次回で100話目…これからも書いていきますのでどうぞよろしく。




