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掌恋愛  作者: 光月獅狼
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 雨だ。

 鈍色の雲から、ポツリポツリと降り出した雨が、一瞬にして大粒のものへと姿を変える。

「雨女すげーなー」

 自分の降水能力は本当に馬鹿にできないところまで進化している。偶然をそう思い込んでいるだけかもしれないが、それにしたって確率が高すぎる。私が一歩屋外に踏み出すと思いきり降り出すことが多すぎて笑えて来る。その上焦って室内に入るとぴたりと止むのだ。天にいじめられているような気がしてならない。

「さっきまではなぁ……止んでたんだけどなぁ……」

 それもそうだ。私の降水能力を上回る晴れ男と一緒に歩いていたのだ。曇りの状態で固まっている空は、男のほうがわずかに力が強いことを示しているようだった。

「一人になったとたんこれだもんなぁ」

 よくよく思い返しても男とともに帰り道を歩くときに雨が降っていた回数はたったの二度ほどしかない。あー、それはそれで記憶を抹消したくなる思い出でもあるのだが。正直言って思い出してしまった今、頭をどこかに思い切り打ちつけたくて仕方なくなっている。そうしたら都合よく忘れられたりしないかな、なんて気持ちで。

「とはいえ、忘れたい気持ちと忘れたくない気持ちが半々……いや、忘れたくないなってほうが大きいから無理なんだけどねぇ」

 曇り空の日は時折そんなことを思い出して辛くなる。ヒロイックだのなんだの、好きに言えばいいさ。一年と半も失恋を引きずってるやつはそれくらいでへこたれない。なぜなら思い出すたびにセルフでへこんでるからだ。有象無象に何と言われようともう今更だ。

「傘、あるかな」

 振ったくせに、男は未練を断ち切れないでいる私ですら友達としてみてくる。そんなに大切な友達だと思っていてくれていることを、友達の私は本当に歓喜している。でも、彼のことが好きでならない私は心臓をぶちぶちとゆっくり裂かれていく痛みに悲鳴を上げている。痛くて痛くて痛くて、心臓を吐き出したら楽になるんじゃないかとか錯覚してしまうほどに痛くて叫びだしたくて、でも嬉しくて嬉しくて嬉しくてたまらなくて、宝箱の中に入れる宝物みたいに大切にしたいとも思っているのだ。

「複雑だからこその人間だけど、ここまでくるとちょっとご遠慮願いたくなってくるわぁ」

 私はそんな、そんな私たちの手綱を取ることができないでいる。なりふり構わずなんてできるタイプじゃないから、こうして私たちはそれぞれの痛みを叫んで、濁流のようにうねり狂うそれを持て余してしまう。

「だからと言って好きじゃないわけじゃないんだけどなー」

 なりふり構わず突っ込んで、引っ搔き回して、私よりも何倍もヒロイックでヒステリックな彼女はそんな私に『それってほんとに好きじゃないからそうなんでしょ? きもっ』なんて宣ってくれやがった。私ははたから見て滑稽なほどの醜さをあけっぴろげにする気はなかったから言わなかったけど、そんなことを言ってるあんたの顔のほうが何十倍も気持ちの悪いものだったよ。自分が悲劇の中心と思ってるやつにはそんなこと気づけないか。

「あー、やめやめ。 引きずったっていいことないし、これは私によくないものだ。 忘れよう、忘れよう」

 負の感情なんて持ってたって自分の精神が辛くなるだけだ。早々に忘れるに限る。

 それでも、鈍色の空と、降り出した雨と、駅。この三要素が重なると呪いのように思い出すのだ。忘れたくても忘れられない。

 会話の内容だって九割くらいは覚えている。相手は覚えていない。

 価値観とか記憶力とか、十人十色という言葉通り、私がそうだということを相手に押し付けるのはよくないのは分かる。けれど同じ一人でないことが時折狂おしいほどつらくなる。

心臓を移植したら記憶や行動が移るという。だったらいっそ、私はその心臓を食べたい。いや、食べられてもいいか。どちらでもいい。ただ、究極的な方法で彼と一緒になりたい。

「ん? あれ? 諦めようと思ってたのにすっげー猟奇的な思考になったねぇ」

 これも雨のせいか。頭がぼーっとしてきた。あの人の心臓が食べたいなぁ。


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