君を見つけた
僕はドリム国第二王子カイン・ル・デ・ドリム。僕は十六歳になった去年よりドリム国魔法師団で働き出した。
僕には同母腹の兄上がいて、兄上はドリム国の王太子だ。
ドリム国の王族は代々魔力が高い事で知られている。その中でも僕は一際魔法の才能があり、臣下の中には僕を王太子にしようとする勢力もあるほどだ。
兄上とは仲が良く、僕は兄上から王太子の座を奪う気はない。なので婚約、結婚などを期に臣下に下るつもりだ。
臣下に下ってしまえば僕を王太子に! などと馬鹿げた事を言う奴等も少しは減るだろう。
その為結婚相手を探し始めた訳だが、そうそうに嘆く羽目になった。
僕の魔力が多いせいか、魔力の相性の良い令嬢が居ないのだ。この際、平民からでもと思ってしまうほどだ。
まぁ、そもそも王族の位を捨てる僕について来てくれる令嬢が居るか、って事なんだけど。
嘆息を着いていると父上から呼び出しがかかった。
父上の元に向かうと既に兄上も到着していた。
父が口を開くと、隣国リアナがマクダヴェル辺境伯領に攻め込んだというものだった。
マクダヴェル辺境伯領といえば近年、改革の激しい地と聞いている。四輪農法という改新的な農法を取り入れ出した領地もマクダヴェル辺境伯領が初めてだった。
他にも新しい料理や道具など文化の発信地でもある。
そういえば、今宮廷の書式として正式採用された書類の書き方もマクダヴェル辺境伯領で編み出されたものだったはずだ。
新書式に関しては辺境伯であるヴォルフガング殿の孫娘、マリエッタ姫の発案だと姫の兄マートンが言っていた。
父上の命で兄上と共に騎士と魔法師団を連れマクダヴェル辺境伯領へ救援に向かい、隣国リアナの軍勢を退去させた。
到着して直ぐに、兄上と僕の合体魔法で敵兵の多くを薙ぎ払った。その後前衛に騎士団、後衛に魔法師団を配した布陣で戦況はすぐさまドリム国に傾いた。
戦後の処理をしつつ兵達の楽しみである祝勝会に兄上と共に挑んだ。
兄上は婚約者であられる公爵家の姫を事の他溺愛している。下手に令嬢が近付けば機嫌を損ねるだろう。
辺境というだけあり、高位貴族は辺境伯爵家の人間しかいない。下位貴族の令嬢は正妃にとは望まないが側妃、愛妾などに侍りたがる。
僕としては臣下に下っても付いて来てくれる令嬢であれば、多少魔力の相性が悪くても婚約したい所だ。
祝勝会の挨拶を兄上と済ませ、壇上を降りると一人の令嬢が話かけて来た。
「殿下方、今回は援軍ありがとうございました。マクダヴェル辺境伯が孫マリエッタ・フォン・マクダヴェルと申します。御蔭で我が領民は今まで通り平穏に過ごしております」
いつもの事と適当に返そうとして思いとどまった。
マリエッタ嬢は他の令嬢と違い取り入ろうという気配が皆無だったのだ。
そっと兄上を伺うと、兄上も驚いたのか少し目を見張っていた。
「君が辺境伯の孫姫か。噂はヴォルフガング殿から聞いているよ」
兄上がそういうとマリエッタ嬢は何処か嫌そうな気配を出した。それは、ほんの少しの間だけで直ぐに笑顔に隠れてしまったが。
権力には興味ないって事かな? そうだと良いな。容姿もプラチナの波打つ髪に新緑の様な綺麗な瞳。肌も抜ける様に白いながら頬は健康的な薔薇色だ。
「ああ、君がマクダヴェル家の幻姫か。噂は色々聞いているよ、今夜は君が話相手になってくれるのかな」
マリエッタ嬢といえば領地住まいの、高位貴族にしては珍しい姫だ。
高位貴族や法衣貴族は王都在住が多い。より多くの中枢貴族と縁を結ぶためだ。
その中でマリエッタ嬢は領地の辺境伯領に籠りがちだ。病弱とは聞かないから療養の為とかではないと思うけど。
権力、権謀術数が嫌いな姫であれば、ますます僕好みだ。
宮廷をまったく泳ぎきれないでは困るけど、先程の挨拶ができるなら大丈夫だろう。
「まあ、殿下方に知られているなんて畏れ多い。本日は私の方こそ宜しくお願いします」
完全に社交辞令というか、この場を乗り越えるだけの発言に僕は胸の中が躍った。
辺境伯領の高官達が僕達に挨拶をしに訪れた。
高官の誰一人としてマリエッタ嬢を見下す事が無く、領地でのマリエッタ嬢好感が知れる。
普通、官の中には女性を蔑む者が少なからず存在する。それが居ない事に逆に不振に思った。
高官の話に時々参加するだけのマリエッタ嬢の姿を見ていると、その造詣の深さに驚かされる。その返答一つ一つを聞くに相当領地運営に関わっているのが知れる。
高官の中には要望まで出す者が居るほどだ。それにそつなく答えるマリエッタ嬢に益々興味が引かれた。
そんな中、僕や兄上に取り入ろうと令嬢達がアタックを開始し出した。
当たり障りのない会話をする者が大体だが、マリエッタ嬢に挨拶しない者が現れるのは驚きだ。
不敬罪で罰する事もできる。
そんな令嬢からのアタックに兄上の堪忍袋の緒が切れた。
「マリエッタ姫、申し訳ないが私はそろそろ退出させてもらうよ。戦後処理もしなくてはならないからね」
「そういう事なら僕も下がらせてもらおうかな。兄上の補佐をしなければならないし」
僕も引き上げるといえばこの姫は如何するだろう。好奇心が刺激され僕も兄上に習った。
「皆様、まだまだ殿下方とお話したいとお思いですわ。もう暫く居てもらう訳には参りませんか?」
「「ぷっ」」
僕と兄上の笑いが被さった。
誰が推理できるだろう。まさか、棒読みとは。
ずっと僕達に興味はなさそうだったけど、まさか此処まで興味を持たれていないとは。
「クク、すまない。私は君の事は結構気にいったよ」
「そうだね。僕も気にいった」
「は? ……申し訳ありません」
謝ろうとするマリエッタ嬢にそう告げると、とても困惑していた。
ああ、良いな。このマリエッタ嬢となら結婚しても楽しくやって行ける気がする。
「私達に媚を売らないどころか事務的な対応しかしない。そういう所が気にいったよ。カイン、婚約者候補にどうだい?」
「良いですね」
兄上の言葉に僕は嬉しくなって、是と答えた。
でも、マリエッタ嬢の事だ。断るんだろうな。
「畏れ多い事でございます。私には荷が勝ち過ぎておりますし、公爵家、侯爵家の姫様方にはとても及びません」
ほらやっぱり。でももう逃がすつもりはないんだ。
「辺境伯といえば侯爵位と並ぶ名門、僕の妃にしても過不足ないと思うけど。それとも好きな男でも居るのかい?」
嘘は許さないと見つめれば、マリエッタ嬢は少し竦み、そして答えた。
「……好いた殿方はいらっしゃいませんが……」
少し悪い事をしたかな? とは思うけど些細な事だよね。
「そっか、良かった。君に免じて暫く会場に居る事にするよ。でも、これは貸しだからね。ね、兄上」
「そうだな。もう暫く居るとしよう」
意地は悪いが貸しを作ろう。
兄上はそれに気付いたのか「やり過ぎるなよ」と目で言われた気がした。
此処は直ぐに詰めにかからないといけないかな。祝勝会が終わったら直ぐにヴォルフガング殿に話さないと。
祝勝会が終わり、僕は直ぐにヴォルフガング殿に繋ぎを取った。
そして、マリエッタ嬢を婚約者候補にすると告げた。
兄上にも根回ししておいたので明日には正式に婚約者候補になっているだろう。
ヴォルフガング殿は僕の言葉に驚いていたが、マリエッタ嬢の父上であるアルド殿は何処か誇らしげだった。
これなら問題はないだろう。ああ、早く明日にならないかな。
まんじりとしない夜を明かし、翌朝。いよいよマリエッタ嬢とのお茶会になった。
マリエッタ嬢からは中々話かけて来ず、当たり障りのない会話しかしていない。
「ふふ、やっぱり君は良いな。話していてホッとするよ」
「そうですか」
「御令嬢との会話は皆ギラギラしていて落ち着かないんだよ」
僕が苦笑しつつもそういうとマリエッタ嬢は少し気の毒そうな顔をした。
「どうだろう、魔力合わせをしないかい?」
魔力合わせをすれば魔力の相性も分かる。是非してみたいんだよね。
相当魔力の相性が悪くない限り、このまま婚約者になってもらうつもりでいる。
「いいえ、辞退させていただきます」
辞退したマリエッタ嬢にやっぱりそうなるか、とマリエッタ嬢の腕を掴んだ。
手を引き離れようとするマリエッタ嬢の腕を少しだけ強く持つ。
魔力を流せば途端に赤くなるマリエッタ嬢にもしかして相性が悪かったかと気に病めば、目がトロリととろけている事に気付いた。
よくよく見れば気分が悪く赤くなっているのとはちょっと違う気がした。
僕の視線に気づいたのかマリエッタ嬢が俯いてしまった。
魔力の相性の良い相手とは巡り合えないと思っていたが、意外な事もあるものだ。
「魔力を僕にも流して?」
気付いたら僕はマリエッタ嬢に微笑んでいた。
首を振りそれを拒絶するマリエッタ嬢にちょっとした悪戯心が沸いた。
「君の様子を見ていれば相性は良さそうだね。早く僕に魔力を流してくれないとキスをしてしまうよ」
そう言ってマリエッタ嬢に近付けば戸惑った新緑の瞳と出会った。
最初戸惑っていたのに途中で決意の籠った瞳に変わった。そうしてギュッと目を瞑ってしまった。
そんなに僕と婚約するのは嫌なのだろうか。
少し苛立ちながら唇を当て、王族の秘術を使った。
流れて来る魔力は甘く、相性の良い事が分かった。
ハッと目を開けるマリエッタ嬢に秘密を打ち明ければ、引きつった顔が目に映った。
「王族には相手の魔力を自分に取り込む秘術があってね。それを使わせてもらったよ。うん、やっぱり君とは相性良いみたいだね」
微笑んで居ればマリエッタ嬢はガックリと項垂れてしまった。
「こんなに相性が良いんだ、もう婚約するしかないと思うよ」
僕がそういうとマリエッタ嬢は力なく首を振った。
「どうしてそんなに嫌がるの?」
僕と婚約はそんなに嫌なの? そう思ってマリエッタ嬢の返答を待っていると意外な答えが返って来た。
「……私は一夫多妻制が嫌なんです。それに王族には義務が多く、私はそれができるとは思いません」
マリエッタ嬢の返答に僕は思っていた以上に嬉しくなり「それなら大丈夫だよ」と答えた。
顔を上げたマリエッタ嬢に僕は嬉しくなって笑いながら頷いた。
だってそうだろう。ずっと臣下に下っても付いて来てくれる女性を探していて、もしかしたらと思ったマリエッタ(ひと)嬢がジャストタイミングな答えをくれたんだ。
「僕が君だけを愛すれば良いだけだろう。それに僕は臣下に下るつもりだし、これで問題ないね。ねえ、そろそろ名前を呼んで」
僕の言葉にマリエッタ嬢は呆気に取られて見つめ返して来る。
マリエッタ嬢に名前を呼ばれたらどんな気分だろう。
「名前ですか? カイン殿下とお呼びすれば?」
「殿下はいらないかな」
即座にそう返すとマリエッタ嬢は訝しげに首を傾げた。
「カイン様?」
「様もいらない」
「……」
もうさ、僕は君を離す気はないよ。早く僕のものになれば良いのに。
父上には昨日の内に話してあるし、今日の僕の返答次第で即座に婚約者にしてもらえるとは思うけどマリエッタ嬢からも一言添えて欲しいし。
「君には貸しがあったよね。それを返してよ。……しょうがないね、兄上も知っているし兄上に力になってもらおうかな」
人が悪いと思ったが此処で昨日の貸しを返してもらおう。
「……カイン」
「何? 聞こえない」
小さな声で答えるマリエッタ嬢に僕はもう一度言ってもらいたくてそう返した。
「カイン! これで良いんでしょ」
「うん。それで良いよ」
キッと睨みつけて来るマリエッタ嬢に僕は嬉しくなって微笑んだ。
君だけを愛するし、幸せにするから早く僕のものになって。