① 男ですか?女でしょうか?
「あ、あの~・・・。大丈夫ですか?」
薄暗い茂みの中、俺は倒れていた。
ドラゴン討伐のときに魔力を使いすぎたのか、意識を失っていたようだ。
目を開け、周囲を見渡すも周りはすっかり暗くなっている。
洞窟や瓦礫の下、ってことではなく、どうやら地上らしい。空が見える。
夜のようだ。
どのくらい意識を失っていたんだろう・・・。
茂みの中に体をダイブさせていた俺は、枝にあちこちが刺さりながらもゆっくりとその場から抜け出そうとする。・・・が、うまく動けない。
「大丈夫ですか?」
俺の前に手が現れる。
現れる。と言うと変な言い方に聞こえるが、急に視界に手が現れたのだ。
そう言えば、誰かの声がする。
手の主に視線を送り、ゆっくりと顔を上げると、そこには俺よりも少し年上の女の姿があった。
見慣れない服、見慣れない町。
「どこだ?・・・ここは」
「どこって・・・公園、ですか?ちょっと名前は知りませんけど」
「こ、こう、えん?」
聞きなれない地名だ。
「起き上がれないなら、遠慮しないでどうぞ?」
差しのばされた手を俺は掴み、茂みから体を起こす。
立ち上がってみると、周りには見たことのない景色が広がっている。意味のわからない形をした置物やら、家らしきものが一列にきれいに並び、少し飛び上がれば届くような場所には灯りが見える。
「な、なんなんだ?ここは・・・」
「な、なんなんだって言われても・・・。もしかして、なにか、そーゆー役、っていうか、設定ですか?」
「設定?役?なんのことだ?」
地面になにか文字のようなものが書いてあり、家の中には大勢に話し声らしきものが聞こえる。
身の丈ほどの壁でおおわれていて中は確認できない。
(地面にある白い文字列は魔法陣か?家のなかではなにかの召喚の儀式か?)
「その喋り方もなんか変だし・・・。なにか流行ってるのかなー?と思って・・・」
「お前は、魔族か?人間か?一体何だ?俺をこんなところへ連れてきて、何が目的だ!?これは幻術か!?」
「わ、私は人間です!なんなのよぉ、この子。・・・もしかして、なんか変な薬とか飲んでるのかな
ぁ・・・。今日は人に優しくするといいことあるって朝の占いで言ってたのにぃ。」
「なにを意味のわからないことを言っている!?貴様、やはり俺を・・・、俺を・・・。」
俺は意味のわからないことを喋る女を警戒し、風の魔法でジャンプ力を強化し女から軽く飛びのき距離を取る。
大丈夫、魔法は使えるようだ。
しかし、それがわかった直後、俺は急な目眩に襲われた。
魔力が回復していないのに魔法を使った反動で魔力切れだ。
全身の力が抜け、意識が遠のいていく。
(こ、こんな得体の知らない場所で魔力切れとはっ!・・・)
視界にいる女が慌てているのが見えるが、言葉も出せない。
立つこともままならず、俺はその場に倒れ伏した。
魔力が回復していない。と言うことはそれほどドラゴン討伐から時間が経っていないらしい。
この程度の魔法で魔力切れになるなど、世界最強の魔法使い。と称された俺には恥以外何でもないな。
「ちょ、大丈夫ですか!?ねぇ、ねぇ!」
俺は体を揺さぶられているのがわかったが、何も答えることができず、ただ、そのまま意識を暗い水の底に沈めていくのみだった。
(不思議だ・・・。)
気がついて、意識を取り戻した俺は目の前に浮かぶ光る玉を見ていた。
なぜ、あれは光っている。
なぜ、明るい?
(魔術か?俺が知らない魔法が存在しているのか?夜に自らに光る玉などあるのか?太陽でもあるまいし。)
俺は全身の倦怠感から身動きを取ることをやめた。
聞いたことのない音。
嗅いだことのない匂い。
触れたことのないような肌触り。
見たことがない光る玉。
そして口の中に残る僅かな、甘さ。
すべてが俺には未知の魔法だった。
「あれ?起きたの?」
天井を見ていると、俺に気がついたのか女が近づいてくる。
さっきの「こうえん」とかで遭遇した女だ。
服装はさっきと違うが、間違いない。
「・・・っ!!?」
声が、出ない。
なんで!?
【ここはどこだ?】
と聞きたいのに、口を開いても声が出ない。
まだ、完全に魔力が戻ったわけではないのだろう。体も動かない。
「まだ寝てていいよ?さっきいきなり倒れちゃうんだもん、びっくりしたよ」
女は俺の枕元に座ると、少し濁ったような、水をコップに入れて持ってきた。
「起きれる?今これくらいしかなくて・・・少し飲んでみて」
ここは、見た目ほど整備された街ではないのだな。
飲み水が少し濁っているとは。透明、というよりも少し白いような気がするが・・・。
(飲めるのだろうか)
躊躇する俺をよそに、女は別のコップに入れてそれをなんの迷いもなく飲んでいる。
(まぁ、泉の湧水よりはマシか)
女が飲み干す前に、俺も手の中にある得体の知れない液体を飲み込む。
とても冷たく、少し痛いくらいだ。
それに、少し甘い。
「なんだ?この甘いものは・・・」
(声が出る。魔力が少しまた戻ったのか?)
俺はコップの液体を飲み干すと何も意識しないで言葉を発した。
この飲み物は魔力を回復する液体のようだ。あの白みがかったものは魔素なのか?
魔素を直接飲むとは。すごい発明だな。
「よかったぁ。とりあえずお話できて。私、星河。桜井星河よ。あなた、名前は?」
「せ、せいか?さくらい?・・・珍しい名前だな。」
「ど、どうでもいいでしょ!どうせキラキラネームなのよ。少し気にしてるんだからあまり言わないでよ」
「キラキラ・・・??ネーム?自分の名前を気にしているのか?・・・変な奴だな」
「へ、変って何よ!それより、あなたの名前は?」
「俺は、・・・」
どうしようか、本名を名乗るべきか。こんな得体の知れない土地で言っていいのだろうか。
これでも世界で唯一無二の最強、大魔術師なのだ。おそらく俺の名を知らないものはいまい。
まぁ、助けてもらった礼だ。ここは隠さずに教えてやろう。
「イリスだ。」
「イリス?・・・えっとぉ、それはキャラの?」
「キャラ?なんだそれは」
「えっとぉ・・・。え?どういうこと?」
「だから、俺はイリスだ。エルガルド国の大賢者にして、世界一の魔術師。イリスだ」
「・・・」
ふっ。どうやら、こんな俺が知らない土地でも俺の噂は届いているらしいな。
まぁ、混沌のドラゴンと恐れられ世界を破滅に追い込む根源を倒したんだ。
そんな救世主が目の前にいるとは、この女。・・・たしか星河とか言ったか。
きっと歓喜に打ち震えているだろう。自分が助けたのは世界の英雄なのだから。
「ごめん、やっぱり、わからないかなぁ。それに、その話し方。やめたほうがいいと思うよ?せっかく可愛いのに。」
「わからない?世界でも有数の巨大国家、エルガルドを知らないのか?!」
「う~ん、ごめんねぇ。聞いたことないんだぁ。・・・でも、イリスちゃんが外人さんだってことはわかっ
たよ!」
「い、イリスちゃん・・・!!?き、貴様っ!俺を侮辱する気か!?」
「そそそ、そんなことないよ!ただ、かわいい女の子なのにそんな話し方するのはちょっとへんだなぁって」
「俺のどこが女なんだっ!?」
俺はかけられた布団を跳ね除け立ち上がると、なぜだろうか。胸のあたりになにか重みが・・・。
星河は立ち上がった俺を困ったように見て、首をかしげていた。
その顔は、〖どこと言われても・・・〗といいたそうな感じだった。
今更だが、肩の方から黒い繊維状の物が見える。
これは、髪か?
でも、俺の髪は金色のはず。ここに見えるのはドラゴンの鱗のような黒い色だ。
「これは・・・。俺の?」
視線を星河に向けると、あいつは〖うんうん〗と首を縦に振っている。
自分の髪を手に取ると、その感触はまぎれもなく本物だった。たしかに、俺のものだ。
そのまま、嫌な予感がするが立ち上がった時に不思議な重みがあった胸へと手を伸ばす。
むにゅ・・・。
なにか、不思議な感覚の柔らかい・・・とは言いがたい少し張りのあるなにかが2つ。
それに、顔も、少し柔らかいような・・・。手も、足も少し細くなったような・・・。それに、柔らかい。
「俺って・・・女ですか?」
俺は一通り全身を触った後、目の前にいる星河と目が合い、自分の体を抱きしめながら問いかけた。
「うんっ!とってもかわいいと思うよ!」
無邪気そうなその笑顔は、うそを言っているようには見えない。
俺はとりあえず、この場所のこと、体のことを考えると腰が抜けてしまいそのまま座り込んでしまった。