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【こぼれ話】なんでここにマーリンが!?

今回も「原典はこんなにヒドイよ!」ってお話。

 ある日の事。ブラダマンテ――司藤(しどう)アイはふと気になって、尼僧メリッサに尋ねた。


「ねえメリッサ。あなたと最初に出会った日の事だけれど――」

「まあブラダマンテ。私との()()めの日が、どうかしましたか?」


「馴れ初めって何よ馴れ初めって。そーゆーのじゃないからね決して」


 きわめて冷静に訂正する女騎士に、メリッサはやや頬を膨らませたものの。


「あの礼拝堂でさ。魔術師マーリンの霊を呼び出す、みたいな事やったじゃない。

 メリッサのご先祖様とはいえ、よくそんなすごい人を呼び寄せられたわよね?」


 もっとも、アイ的にはあの時出くわした亡霊は、魔術師(マーリン)ではなく――大学教授・下田(しもだ)三郎(さぶろう)だったのだが。

 ともかく、見た目だけ(・・)は清楚な雰囲気を持つ変態尼僧は、先祖マーリンの話を持ち出されると途端に胸を張って答えた。


「んっふっふ。実にいい質問ですわ、ブラダマンテ!

 何を隠そう、あの時の礼拝堂こそ……マーリンがその生を終え、遺灰を安置している神聖な場所だったのです!

 彼は最後の審判のラッパが吹かれ、魂が安息を得るその日まで、かの地に留まり続けるのですッ!」


 さしもの司藤(しどう)アイも、西洋ファンタジーに大して詳しくないとはいえ……この発言には疑問符を抱かざるを得なかった。


「メリッサ。マーリンって確か……イギリスの英雄、アーサー王を助けた魔法使いよね?」

「ええ、そうですわね」


「……ここ、南フランスよね?」

「ええ、そうですわね」


「なんでイギリスの魔法使いの遺灰がこんな所に眠っているの?」

「…………」


 それまで笑顔だったメリッサの表情が固まった。

 どうやらそんなツッコミを入れられるとは、予想すらしていなかったようだ。


ииииииииии


『アイ君。疑問はごもっともだが……どうかスルーしてやってくれないか』


 突如、アイの脳裏に念話でフォローを入れてきたのは――言わずと知れた下田(しもだ)三郎(さぶろう)である。


「ええっ!? だっておかしいじゃん!

 学のないわたしでも、思わずツッコミ入れたくなるガバガバ設定じゃん!」

『しょうがないだろう、当時の有名な魔法使いといえば、マーリンくらいしかいなかったんだよ!

 マーリンも予言者だからな。その加護があるメリッサなら好きなだけメタ発言を挟めると、作者のアリオストも思ったんだろう』

「ええー……でもさー……」


『そもそもマーリンって、アーサー王がいたとされる年代的に考えると、ケルト人ドルイドなんだ。

 だから元ネタ的に考えて、彼はキリスト教徒ですらない。こんな礼拝堂に遺灰が安置されている事じたい不自然だ。

 しかも原典だと、遺灰から彼の霊がお前に語り掛けてくるんだよ。イタリアの栄光を取り戻せ! ってな』

「当時フランス人だったブラダマンテのわたしに、それ言ってくる時点で頭おかしすぎるわね……」


 今日(こんにち)の我々が知る「アーサー王伝説」の原型が確立されたのは、12世紀頃と言われる。

 アーサー王を助ける予言者マーリンや円卓の騎士たちも、歴史的な事実に照らし合わせると、地方伝承の英雄たちの寄せ集めであり、実際に王に仕えていた訳ではなかった。

 というかアーサーとマーリンは、同じ時代を生きてすらいなかったのである。


『……という訳だアイ君。古代の英雄物語なんてそんなモンだから。整合性なんて求めちゃいけない。

 ここから先、メリッサがどんなにブッ飛んだ話をしたとしても……心を無にして適当に相槌打っておけ』

「……ああ、うん……はい……そうします……」


 古代の神話や英雄譚は、ある程度は史実に基づいているのであろうが……フィクションである。

 もちろんアイも、この物語にいささかのリアリティすら期待していた訳ではなかったが。


 今まで何となく抱いていた、夢やロマンを木端微塵に打ち砕かれ、げんなりしたアイは――根負けしたのか考えるのが億劫になったのか、何もかもを諦めたような表情で頷いた。


ииииииииии


 結局アイは「言葉の意味はよく分からんが、とにかくすごい話だ」と、感動した素振りを見せて、メリッサの語りをありのまま受け入れる事にした。


 するとメリッサは大袈裟なまでに喜び、今度はブラダマンテの子孫となるイタリア名門貴族・エステ家の人々を紹介しはじめる。

 これがまた、そうそうたるメンバーであり……英雄やら王やら貴婦人やら聖職者やら、一人一人を丁寧に解説されまくる羽目になった。


「あの……メリッサ。この人物解説、いつまで続くの……?」

「うふふふ、何しろ栄光と武勲に満ちた後のイタリア貴族・エステ家の系図ですもの!

 一晩かかっても到底語り尽くせるかどうか分かりませんわ!」

「…………えぇえ…………ちょ、ちょっと勘弁して…………」


 余談になるがこのシーン、原典において長々と……なんと7ページに渡って(つづ)られている。

 「狂えるオルランド」が、作者アリオストのスポンサー・エステ家の偉大さを語り継ぐための宣伝活動(プロパガンダ)である事を、如実に示していると言えよう。


 結局アイは夜通し、襲い来る凄まじい眠気と戦いつつ過ごすハメに。

 彼女が物語世界に転移して以来、ある意味最も恐るべき試練かも知れなかった。



(なんでここにマーリンが!?・おしまい)

* 登場人物 *


司藤しどうアイ/ブラダマンテ

 演劇部所属の女子高生。16歳。

 /才色兼備のチート女騎士。クレルモン公エイモンの娘。


メリッサ

 予言者マーリンを先祖に持つ尼僧。メタ発言と魔術でブラダマンテを全力サポートする。


下田しもだ三郎さぶろう

 環境大学の教授。30代半ば。アイの異世界転生を引き起こした張本人。

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