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4 ブラダマンテvsマルフィサ

 無事に料理が完成し、晩食(サパー)の時間を迎えた。

 空腹を持て余していたインドの王女マルフィサは、眼前に出された食事に思わず息を飲む。


 様々な形のパン。濃厚な香り漂う海鮮スープ。ボリュームたっぷりの肉詰めパイ――今までの旅路や虜囚としての粗食からは比べるまでもない、豪勢極まるラインナップであった。


「ささ、召し上がれ。マルフィサ」


 ブラダマンテが笑顔で促す。毒など入っていない事を証明するため、自分で先に同じ料理を食べてみせる。

 なお彼女の兄・リッチャルデットは妹の促しなど聞く前から、すでに貪るように食べ始めていた。

 マルフィサも恐る恐る、スープをすくい、口に運ぶ。


「!…………美味い。何だこのスープは!?」

「そ、そう? そんなに美味しい? えと、ブイヤベースって言うんだけど」


「ブイヤベース……! フランク人は味音痴だと思っていたが……どうやら偏見だったようだな!

 ハーブの香りが食欲をかき立てる! 塩加減も絶妙だ! これは……止まらんな!」


 マルフィサは絶賛したが、彼女の偏見は大部分のフランク人に当てはまるので、実は正しかったりする。


「それにこのパン……! 甘い! しかもひとつひとつ味が違う!」

「パン職人さんに頼んで、牛乳とか果汁をパン粉に混ぜて、焼いてもらってるの。

 今あなたが食べてるのは、蜂蜜かけ揚げパンね。古代ギリシャの由緒正しいパンなんですって。

 コレも美味しいわよ? 牛乳・オリーブオイル・塩を混ぜて作った柔らかパン」

「くれ! 全部くれッ!……ふわっふわ! 何この食感……! 雲でも食べているかのようだ……!」


 インドの王女は新たなパンに手をつけるたび、感激にむせび泣きそうだった。

 これらのパンは古代ギリシャ・ローマの時代に発展し、70種類以上も開発されたという。当然ながら8世紀のフランスでは高級品である。


 飢えかけていたのもあったのだろうが、マルフィサは美食を堪能できる喜びを、満面の笑顔と凄まじい食事スピードで表現する。余りの食べっぷりの良さに、晩食(サパー)であるにも関わらず特別にお代わりの注文を許可するほどであった。

 ここまで美味しそうに食べてくれる人を見れば、作った本人であるブラダマンテも嬉しくなってしまう。


 やがて食事が終わった。ブラダマンテも含め、三人は食後の余韻に幸せそうに浸っていた。


「素晴らしい……! こんな天国のような食事ができると思わなかった……!

 感謝するブラダマンテ。貴女は美貌だけでなく、料理の腕前もロジェロ兄さんに相応しい女性だ!」

「え? やだぁもうマルフィサったら。

 そんなに褒めちぎったって何にも出やしないわよ!」


 美人と褒められた時とは打って変わって、ブラダマンテ――司藤(しどう)アイは満更でもなさそうに頬を緩ませている。

 やっぱり彼女も女性の端くれ。料理の腕が良いと言われて喜ばない筈がないのだった。


**********


 食後しばらくしてから、マルフィサから唐突に提案があった。


「ブラダマンテ、頼みがある。

 明日になったら。このあたし――マルフィサと一騎打ちして欲しい!」


「えっ」食事を通して仲良くなれたと思っていた矢先だったので、ブラダマンテは面食らってしまう。


「別に変な意味じゃない。聞けばブラダマンテは、フランク王国の騎士の中でも、武名を轟かせているそうじゃないか。

 同じ女性でありながら戦いの場に身を置く者として、是非一度手合わせ願いたいと思ったんだ!」


 愛らしい顔をほころばせ、瞳を輝かせながら懇願してくるマルフィサ。

 確かに邪念はなく、純粋な腕試しが動機といったところだろう。


「何だ? それなら最初からそう言えばいいのに」とリッチャルデット。


「食事前に言ったら、ご飯食べられなくなるかもしれないじゃないか!」


(正直な()だなぁ……)


 この物語の騎士は、鉢合わせたらとりあえず一騎打ちみたいな風潮がある。断る理由も特に見当たらない。

 ブラダマンテは、マルフィサの申し出を快く承諾したのだった。


ииииииииии


『結局、マルフィサと一騎打ちするのかね。司藤(しどう)アイ君』


 その晩、現実世界の下田(しもだ)三郎(さぶろう)から念話が届いた。


「ええ。聞けば女性でありながら、とっても強い騎士だそうじゃない。

 殺し合いとかならわたしも断ったでしょうけど、腕試しの手合わせならやぶさかじゃあないわ」


『そ、そうか……意外だな。好戦的になってないか?』

「そんな事ないわよ。でもちょっとだけ、ワクワクしてるかな。

 ねえ下田教授。原典でもブラダマンテって、マルフィサと戦ったりするの?」


 何の気なしに尋ねたつもりだったが、下田教授はあからさまに動揺した風で、躊躇(ためら)いがちに答える。


『ああ。一応、そんなシーンはあるな……原典だともっと後の話なんだが。

 ロジェロが大怪我をし、マルフィサに看病されていて完治次第結婚する、という噂を聞きつけて。

 ブラダマンテは嫉妬に狂って死のうとしたり。道中出くわした騎士を、腹いせに叩きのめしたり。マルフィサをロジェロの妹と知らずに恋敵と勘違いし、容赦なくブッ殺そうとしたりするんだ!』

「何なのそれ……バッカじゃないの?

 わたしが黒崎相手に嫉妬してトチ狂うとか! どこの並行世界に行ったところで有り得ないわ!」


 アイは呆れ返って鼻で笑っていたが。

 原典では冗談でも何でもなく、一歩間違えれば死人が出るほどの勢いで、ドラマの愛憎劇顔負けのドロドロした女の戦いを繰り広げたりする。アイのいる世界では、そんな恐ろしい事態にならないだけ幸運と言えた。


『マルフィサはオルランドとも互角に戦えるほどの、非常に強い女戦士だ。

 加えて今のきみには、アストルフォの黄金の槍も無い。戦う気なら細心の注意を払う事だな』

「オッケー、分かったわ。肝に――銘じておく」


ииииииииии


 翌朝。広めの修練場を借り、ブラダマンテとマルフィサはお互い完全武装。馬に乗り槍を携えて一騎打ちに臨んだ。

 立会人はリッチャルデットが務める。マルフィサの被る兜には、不死鳥(フェニックス)の意匠を凝らしたレリーフが施されていた。


「ブラダマンテ、感謝する! お互い全力を尽くそう!」

「勿論よマルフィサ。わたし――負けないから」


 ブラダマンテは深呼吸し、己の持つ槍を握り直す。

 かつてアストルフォより借り受けた、黄金の槍はもう手元にはない。海魔オルクとの戦いで海に落としてしまい、行方知れずとなった。


(本当にとっても扱いやすい武器だったな――

 狙った箇所に必ず当たったし、当たれば必ず弾き返す事ができた)


 ほとんどの騎士が「黄金の槍」のチート性能を知らない。知っていたのは最初の持ち主であるアンジェリカの弟だけだ。

 長らく所有者で、散々に恩恵を受けたアストルフォですら気づかなかったのだ。ブラダマンテも最後まで気づく事はなかった。


 しかし。あの槍を使った時の感覚。最適の一撃を加えるために必要な動作、力、呼吸。

 ブラダマンテの持つ鋭い知覚と記憶は――瞳を閉じる事でかなり鮮明に、網膜に浮かび上がってきていた。


(今にして思えば、黄金の槍はわたしが使うべき筋肉や呼吸を教え、導いてくれていたような気がする。

 これだけ時間が経ってしまえば、成功体験の反芻なんて普通は無理なんでしょうけど――)


 己の持つ、歴戦の女騎士としての経験とセンス。それらを最大限に引き出す事ができれば――

 無意識の内に呼吸を整え、集中するブラダマンテ。ふと開眼すると、マルフィサはすでに馬を走らせ、雄叫びを上げながら突進してきていた。


(インドの王女にして、ロジェロの妹マルフィサ――確かにこの()、動作のひとつひとつに、力強さと自信が(みなぎ)っているわ。

 単純な力だけならオルランドやロドモンにも匹敵するかもだし、スピードだって一級品ね。

 真正面からぶつかり合ったら、いくらブラダマンテの身体能力があっても力負けは必至……!)


 槍同士の勝負は一瞬。馬と馬のぶつかり合いや、単純な腕力だけではない。騎乗し限られた動作しかできない状況下で、いかに相手の突きをいなし、こちらの突きを届かせるか。

 僅かながらも黄金の槍を振るった経験を持つブラダマンテは、その数少ない時間を瞬間、脳内に再現し――それに合わせて肉体も流れるように動いた!


「!?」


 爆音の如き衝突が起こり、砂煙が舞い上がる。

 立ち込めた煙が晴れ、二人の姿が露になった時――落馬して尻餅をつき、茫然とした様子のマルフィサがいた。

 一方ブラダマンテの側は、やや体勢を崩しながらも馬上に留まっている。


(くっ――(かわ)し切れなかった。衝撃(インパクト)をずらし切ったつもりだったんだけど。

 踏み込みが甘かったみたいね。ほんの僅かでもタイミングがずれていたら、叩き落とされたのは自分の方だったわ)


 ブラダマンテの心の中には、完全勝利に至らなかった事への遺憾が渦巻いていたものの。

 勝敗は誰の目にも明らかだった。女戦士マルフィサとの一騎打ちにブラダマンテは勝利したのだ。

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