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4 ブラダマンテ、大泥棒ブルネロと接触する

 ここはフランス南西部にある港街・ボルドー。今日でもワインで有名な都市だ。


 女騎士ブラダマンテこと司藤(しどう)アイは、馬に乗って夕刻ごろ街に入り――まっすぐ宿屋を目指した。


(メリッサの情報によれば、宿屋(ここ)に泊まっているハズね)


 宿に入ると、酒場には数人の宿泊客がたむろしている。

 その中のひとり――やぶにらみで髭面の小男の姿を認めると、ブラダマンテは彼のテーブルに相席し、ウェイターに銀貨を数枚握らせてワインを注文した。


 ワインが運ばれてくると、女騎士(ブラダマンテ)は無言で盃を小男に差し出す。


「……どういうおつもりですかい? これは」小男は目を細めて言った。


「前金代わり、だ。あなたはこの界隈では、相当の事情通だと聞いた。

 知っているんだろう? カレナ山に住むという『魔法使い』の話を」


 ブラダマンテはできるだけ、声色を抑え――男性のフリをした。

 この時代の騎士は鎧兜を纏っている為、外見から性別は判断しにくい。

 当然ながら女性の騎士など滅多にいないので、もし性別がバレれば、同時に彼女がブラダマンテである事も露見してしまうだろう。


(下田教授の話だと、ブラダマンテってすごく高貴な名門の出らしいわね……確かクレルモン公の娘だとか何とか)


 最初の内は実感が湧かなかったが、自分が「ブラダマンテ」である事を自覚するようになると――だんだん女騎士の過去の記憶などが蘇ってきて、アイも最低限、貴族らしい立ち居振る舞いが行えるようになってきた。


(つまり公爵令嬢って事なのかな? うーん……見た目も美人で剣の腕も立って、実家も大金持ちなんて。

 どれだけ完璧超人なの、ブラダマンテって! とにかく、身バレしないよう注意しないと)


 なぜ正体を知られる危険を冒してまで、怪しげな小男と接触しているのか?

 実はアイは、眼前の小男の素性について――事前情報を得ていたのだ。


**********


 メリッサは次のように言っていた。


「いいですかブラダマンテ。ロジェロ様をお救いするためには、カレナ山に住む魔法使い・アトラントを成敗しなければなりません」


(えっ……ロジェロって今、魔法使いに捕まってるの?

 普通、囚われのお姫様を騎士とか勇者が救い出すものじゃない? これじゃ立場があべこべだわ!)


 『狂えるオルランド』は古典恋愛劇(ラブロマンス)という話だったが、起こるシチュエーションは微妙に定番を外してくるらしい。

 そんなアイの疑問をよそに、メリッサは話を続けた。


「アトラントは空飛ぶ馬ヒポグリフに、無数の武器を出現させる呪文書。そして目映い光を放つ円形楯(ラウンドシールド)を持っていますわ。

 特に彼の持つ楯が凶悪でして、今まで挑んだ騎士は皆これで負けています。

 楯の光を浴びれば、運が良くて目が眩み、最悪意識を失ってしまうでしょう」


「直に会った事でもあるの? 見てきたように詳しいわねメリッサ……」

「私、予言者ですから!」


 アイは呆れ声で言ったつもりだったが、メリッサは褒められたと脳内変換したのか胸を張って誇らしげであった。


「これらの凶悪な魔道具(アイテム)を操るアトラントに無策で挑めば、さしもの貴女でも捕われの身となってしまうでしょう」

「確かに、ちょっと勝てる気しないわね……」


「でも大丈夫! 幸いにして今ボルドーの町に、彼の魔法を無力化できる『指輪』の持ち主がいるのです!」

「あ、そんな人いるんだ。さすがご都合物語」


「その醜い小男の名は、サラセン人のブルネロ。異教徒にして泥棒という、慈悲の欠片(かけら)も必要のない大悪党です!

 彼に接触し、隙を見て指輪を奪っちゃいましょう! その時ブッ殺しちゃっても構いませんッ!」

「……えぇえ……」


 目を輝かせながら、かなりエグイ提案をグイグイ勧めてくるメリッサ。

 自分の助言に寸分の間違いもなく、女騎士(ブラダマンテ)が100%助言を受け入れてくれると信じて疑っていない目だ。


「いいですわね? ブラダマンテ」

「……は、はい……」


 断ると後が怖い気がしたので、アイは仕方なく頷いた。

 するとメリッサは、スッとさり気なく彼女の傍に近づき……ぎゅっと抱擁してくる。


「え、メリッサ……?」

「しばしのお別れとなりますが、ブラダマンテ。私はいつでも貴女の味方ですわ。

 気をつけて行ってらっしゃいませ。くんかくんか。すーはー」


(ちょっ……気のせいじゃなかった。この人、わたしの匂い執拗に嗅いでるゥ!?

 やっぱり変態だァァァァ!?)


 アイは全身鳥肌が立ち、泣きたくなったが……どうにか悲鳴を上げず我慢した。

 メリッサは十分堪能したと言わんばかりに満足げな表情を浮かべて……その場を去ろうとする。が――


「と、そうだメリッサ。下田……じゃなかった、マーリンさんから聞いたんだけど、あなた変身術ができるって本当?」

「ええ。できますが……それが何か?」

「だったらひとつ、頼まれて欲しいんだけど――」


**********


「へえ……『旦那』も、カレナ山の魔法使いを追ってここに来たのですかい? 実はあっしもなんですよ。

 悪名高いですからなァ。すでに何人もの騎士が奴に挑んで敗れ、囚われの身になったとか。

 ひょっとしたら、及ばずながらもお手伝いできるかもしれやせんね」


 揉み手をしながら近づいてくる髭面の小男・ブルネロ。

 絵面的には怪しい事この上ないのだが、アイはおくびにも出さず、話に乗るフリをした。


「確かに、道中の案内役がいれば心強いな。――宜しく頼む」

「へっへっへ。賢い旦那はさすが、話が早い。こちらこそ、宜しくお願い致しますよ。

 いやぁしかし、噂に違わず美味ですなぁボルドーのワインは!」


 現在のボルドーワインも渋味が強く濃い。味の洗練が未成熟な8世紀フランスでは尚更である。

 アイも試しに飲んではみたものの、余り好みの味ではなかった。

 それでもブルネロは、さも美味そうにガブ飲みしていたが。


(あれっ。確かイスラム教徒って、お酒飲んじゃ駄目なんじゃ――?)


 サラセン帝国とは、史実ではイスラム帝国の事であり――国教は当然、イスラム教である。

 アイはふと、イスラムの禁酒の戒律の話を思い出したのだが……実は宗派によっては、(たしな)む程度なら認める場合もあるようだ。

 ともあれブルネロは、ブラダマンテの旅路に同行する事を承諾した。


**********


 翌朝ブラダマンテは、サラセン人の小男ブルネロを先頭に立たせ、道案内をさせつつ馬を進めた。

 そして道中……彼の右の中指に、一際目立つ金色の指輪が嵌まっているのに気づく。


(あれがメリッサの言っていた、魔法の指輪……

 確か、いかなる魔術も打ち消す事ができる上に、口の中に含めば姿を消せる力があるんだっけね。

 なんか、どっかで聞いた事のある能力だけど……)


 ブルネロの余裕ぶりにも合点がいく。そんな強力な指輪があるなら、魔法使いのいかなる魔術とて恐れるに足りないだろう。

 やがて険しい山道を抜けると、山頂に巨大な真鍮製の城がそびえ立っているのが見えた。

 あの場所と地上を行き来するためには、確かに空飛ぶ馬でも所持していなくてはどうにもならなそうだ。


「この辺まで来れば、魔法使いもこっちを見つけやすくなるでしょう」


 ブルネロは相変わらず、こちらに背を向けている。

 今が好機と判断したブラダマンテは、彼から指輪を奪うべく、裏から飛びかかろうとした。


「――ねえ? クレルモン家の公爵令嬢、ブラダマンテさん?」

「!?」


 明かしていなかったはずの素性を語られ、目を見開くブラダマンテ。

 一瞬の隙を突いて、彼は素早く指に嵌めていた魔法の指輪を口に含み、その姿を消してしまった!


「しまったッ……!」

「あっしの姿が消えたのに、大して驚きませんね、ブラダマンテさん。

 どうやらあっしの持つ指輪についても、よーくご存知の様子で。

 こうなると迂闊(うかつ)に近づけませんね。貴女の始末は、(くだん)の魔法使いにやってもらいましょうか」


 そう言うや否や、姿を消したままのブルネロは、角笛を盛大に吹き鳴らした!

 カレナ山に住む魔法使いアトラントを呼び寄せ、ブラダマンテにけしかけようというのだろう。


「くっ……卑怯者ォッ!」


 叫んではみたものの、彼女も背後から不意打ちを仕掛けようとした身。おあいこだろう。

 ブラダマンテは周囲を捜索したものの、姿を消したブルネロはさっさとその場を離れてしまったようだ。すでに気配すら感じない。


 かくして司藤(しどう)アイは――本来なら入手できたはずの魔法の指輪なしで、空飛ぶ馬ヒポグリフに乗った魔法使いと対決せねばならなくなった。

* 登場人物 *


ブルネロ

 サラセン人の大泥棒。アンジェリカの魔法の指輪を盗み出す。

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