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【こぼれ話】こんなにガバい! 原典「狂えるオルランド」

 昔々、あるところに金髪碧眼の美しい姫君がいた。

 彼女の名はアンジェリカ。中国は契丹(カタイ)という国の王女だ。


 中国人なのにアンジェリカ? しかも金髪? 気にしてはいけない。

 この話に登場する人物は、基本的に作者のイタリア人・アリオストの狭い世界観によって描かれている。

 ルネサンス期のイタリア人は、インドと中国の区別もつかなかったのだ。


 それはさておきアンジェリカは父の命令により、フランク王国の指導者シャルルマーニュと、彼に仕える騎士たちを堕落させ、破滅させる使命を帯びてフランスにやって来た。

 欧州から遠く離れたカタイの王が、何故そんなまどろっこしい、具体性の欠片もないフワッフワな陰謀を企んだのか? 深く考えてはいけない。


「我が弟を一騎打ちで負かした騎士様には、私めを賞品として差し上げましょう!

 但し、弟に負けた騎士様は、我が虜囚となっていただきますわ!」


 シャルルマーニュ主催の御前試合(トーナメント)会場にて、アンジェリカは突然現れ、そう宣言した。


 現代の感覚からすると「女性を品物扱い!?」と憤る方もおられようが、当時の価値観では割と一般的な考え方であった。


 当時の騎士たちのやる事と言えば。


 ひとつ。一騎打ちして勝ち、美女を手に入れて求婚する!

 ひとつ。一騎打ちして勝ち、負けた騎士の装備品(武具とか馬)を頂戴する!

 ひとつ。一騎打ちして勝ち、その他ゴタゴタにおいて自分が正しいと主張する!


 ……とまあ、万事こんな具合である。

 実際、封建制の時代の騎士や王様というのは、その腕っぷしによって蛮族や盗賊から民衆を守るのが仕事であり、絶対王政時代の貴族のような礼儀作法などは重要視されていなかった。故にみんな基本的に脳筋である。力こそパワー! なのだ。


 話を戻す。この騒動で、アンジェリカの弟に最初に挑んだ騎士は、かのイングランド王子アストルフォである。

 しかし勿論、結果は惨敗。弟は一騎打ちの際、絶対に敵に命中し落馬させる魔力を持つ「黄金の槍」を所持していた為だ。


 アンジェリカの弟は得意満面の様子で、居並ぶ騎士たちに恐怖と諦観を植えつけようとしたが……


「ふははは、どうだ我が槍さばき! 我が実力の恐ろしさ、思い知っ――」


「フッ。アストルフォがやられたようだな……」

「所詮奴は、見てくれだけのモヤシ騎士。

 フランク・サラセン双方から見ても最弱……」

「中国から来た騎士ごときに負けるとは、フランク騎士の面汚しよ……」


「……えぇえ……」


 と、皆してアストルフォの敗北を予定調和と判断したため、誰一人としてチート槍の力に気づかなかったのだ。

 この後彼は、剣での勝負を挑まれあっけなく敗死。チート性能を誇る「黄金の槍」は、アストルフォが偶然拾い、彼の所有武器となった。


 ここからアストルフォの快進撃が始まる。拾ったチート槍のお陰で、馬に乗っての槍試合や一騎打ちをしている間は、彼は無敵の強さを誇った。

 滑稽なのは、居並ぶ騎士はおろかアストルフォ自身も「黄金の槍」の真の魔力に気づいていなかった点である。


**********


「……改めて聞けば聞くほど、ほんっとガバッガバな世界観よね」


 司藤(しどう)アイは思わずぼやいていた。

 少しでも中世騎士道世界を知ろうと、念話を通じて大学教授・下田(しもだ)三郎(さぶろう)に原典「狂えるオルランド」のレクチャーを頼んだのだが……結果がこのザマである。


「疑問に思ったんだけどさ、下田教授」


 司藤(しどう)アイは、どうしても腑に落ちない事柄があったので尋ねた。


「わたしが憑依したブラダマンテが主役って……おかしくない?

 この本のタイトルは確か『狂えるオルランド』でしょう?

 その……オルランドが主人公じゃあないの?」


 しばらく下田教授からの返事はなかった。何か調べ物をしながら会話しているのかもしれない。


『なるほど。もっともな質問だ。説明しよう……だがその前に。

 ……司藤アイ君。きみはオルランドについて、どれぐらい知っているかね?』

「そもそもオルランドって誰? 有名人なの?」


『ああ……そこからかい……仕方あるまい。

 オルランドが何者なのか。そもそもこの本が、どういった目的で書かれた叙事詩なのか、という所から解説スタートだな』

「あ。大学の講義めいた一本調子のつまんない説明は勘弁してよね。

 わたし頭あんまり良くないから、3分で居眠りする自信があるわ!」


『それはそれでひでえ!』


 下田教授はぼやいたが……司藤アイは16歳の平凡な女子高生。

 ルネサンス期の西洋文学に造詣があるほうが不自然というものである。


『オルランド。フランク王国最強の騎士だ。

 オルランドというのはイタリア語で、フランス語読みだとローランとなる。

 彼の持つ剣はデュランダルという。RPGで名前くらい聞いた事はないか?』

「あ。デュランダルって名前は知ってる!

 黒崎のアホが遊んでたMMOに出てきた強そうな武器よね!」


『……うむ、ぶっちゃけ本人より武器の方が有名というのはよく分かった』


 デュランダルはやたら硬い事で有名な剣で、「ローランの歌」でオルランドが死を覚悟した際、敵に奪われるぐらいなら叩き折ろう、と大岩を切りつけたら、逆に大岩が斬り裂かれてしまったという逸話がある。


「へー。デュランダルってそんな凄いのね。

 そんな剣持ってるくらいだし、オルランドさんって人も立派な騎士なんだろうなぁ」


 無邪気なアイの言葉に対し、下田教授は躊躇いがちに沈黙してから……答えた。


『オルランドさんは。ジークフリート、ランスロットと並び称されるぐらいの。

 中世騎士文学界における三大”自己中”騎士として名を連ねておられる』

「ダメじゃないのそれ!?」


『彼がそんな扱いなのも、お前さんが会ったアンジェリカ姫との関わりが原因でな。

 オルランドは彼女に一目惚れしてしまい、祖国を守る使命も放り出して、延々と放浪する彼女の尻を追いかけ回していたんだ』


「……えぇえ……」

『だがアンジェリカは結局、別の男にうつつを抜かし添い遂げる事となる。彼の命懸けの恋は実らなかったんだ。

 哀れオルランドは失恋の余り、狂乱し野獣めいて理性を失ってしまう』


「うーん、まあ……失恋してショックだったのは分かるけど……」

『という訳でだな。オルランドの名前は確かにタイトルに用いられているが。

 ”女にフラれてヤケクソになった”という事件を指しているに過ぎず、彼は主役とは言い難いんだ』


 「狂えるオルランド」は全46歌、3万8736行に及ぶ大長編の叙事詩。

 長大さからも想像がつくだろうが、数多くの人物が登場し、各々の人物の冒険や逸話があっちこっちで錯綜する群像劇めいている。

 このため順を追って読んでいくと、物語の全体像を把握するのが非常に大変だったりする。


「まあ、オルランドについては何となく分かったわ。

 で。その事と、わたしが憑依した女騎士ブラダマンテが主役っていうのと、どう繋がる訳?」


 問われると下田は、コホンと咳払いしてから、力強く言った。


『この物語のメインテーマはズバリ……女騎士ブラダマンテと異教の騎士ロジェロとの、立場や宗教の壁を乗り越えた一大恋愛劇(ラブロマンス)なのだ!』

「わお。なんかそう聞くとウケそうね! 昔も今も恋愛モノって、広く好まれてるイメージだし!」


 ラブロマンスと聞いて、曲がりなりにも女子高生のアイは弾んだ声を上げた。


艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えて、最終的に二人は結ばれ、後のイタリア名門貴族エステ家の祖先として名を残す!』

「いいわね! やっぱり障害が大きいほど、恋って燃え上がるの定番だし!

 しかも貴族のご先祖様なの、ブラダマンテって。凄いじゃない」


『……もちろん、嘘だけどな』

「嘘なんかい!!!!」


『作者アリオストのスポンサーがその、名門貴族エステ家でな。ぶっちゃけ箔付けする為にでっち上げた話なんだ、この”狂えるオルランド”は。

 大金を得た成り上がり貴族が、次は名誉や権威を欲しがる。実によくある話だ』

「……えぇえ……」


 本日何度目になるか分からない、アイの嘆息が漏れた。


 ペンは剣よりも強し、と言うが。

 ペンで物語を書き記すにも、先立つモノが必要な訳で。

 剣には逆らえても、スポンサー様にペンは勝てないのだ。いつの世も。


『とは言っても、ブラダマンテとロジェロが物語中で大恋愛をするのは本当の話だ。ここまで言えば分かるだろう、アイ君。

 きみが無事に元の世界に戻るためには……この物語でブラダマンテを演じ切り、夫となる騎士ロジェロと結婚エンドを迎えるしかないのだ!』


 ――とまあ、こんな感じで改めて、女騎士ブラダマンテとしてロジェロと結ばれる必要性を説かれたものの。

 司藤(しどう)アイはやる気が出るどころか、すっかり萎えてしまったのは言うまでもない。



(こんなにガバい! 原典「狂えるオルランド」・おしまい)

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