9 ロジェロvsオルランド
「さすがは音に聞こえしサラセン騎士、ロジェロ殿」一騎打ちの申し出を受諾したロジェロを賞賛するオルランド。
「このオルランド、貴殿に敬意を表し全力で行かせて貰おう。
ただ残念ながら、今の俺には馬がない。戦いは最初から両刃剣を用いた地上戦とさせていただこうか?」
「……ああ、それで構わねえぜ」ロジェロは答えた。
自棄になった訳ではない。自分が一騎打ちに応じた方が勝算があると思ったからだ。
オルランド相手にブラダマンテ――司藤アイを危険に晒す訳にはいかない。さりとて最弱騎士アストルフォでは結果は火を見るより明らかだ。
聖剣デュランダルを携えたオルランドの恐ろしさを、黒崎は原典を読み嫌と言うほど知っている。
彼の戦闘シーンは作中で何度も描写される。たった一人で大暴れし、数百の軍隊を殲滅するのが定番パターンだ。
要するにハリウッド映画のタフガイ主人公の如く、多対一の戦いにおいて無双というか虐殺するのがオルランドの得意技である。
ロジェロをはじめ、ブラダマンテやアストルフォもれっきとした騎士。複数人で挑むのは卑怯な行いであるし、ルール無用の乱戦ではオルランドを調子づかせ逆に危険なのだ。
故に騎士道の作法に則り、一騎打ちの申し出を受けるのはロジェロ的にはオルランドの動きを制限でき、かえって勝機が見えてくるのである。
「騎士どうしで合意の上という事なら、ボクも異存はない!
よってこのアストルフォが、オルランド君とロジェロ君の一騎打ちの立ち合いを務めさせていただくよ!
ルールも決めておこう。どちらかの身体に傷がつくか、武器を落とした方の負けとする!」
アストルフォは立場上はフランク王国側の騎士だ。
故に彼から一騎打ちのルール提案、しかもロジェロ側に有利なものが出てきたのは渡りに船だった。
オルランドは全身が異常に硬く、刃物で傷つける事はできない。それはロジェロの持つ魔剣ベリサルダを以てしても同じ事だろう。
相手の武器を落とした時点で勝敗が決するなら、致命傷を負わせる事に腐心せずとも勝ち目があるという事なのだ。
(ありがとよ、アストルフォ……ただのお調子者のアフォじゃあなかったんだな!
公平な立会人のフリをしつつ、戦いを有利に運んでくれるとは……いいサポートをしてくれるじゃねえか)
黒崎は内心、アストルフォの機転を有難く思った。ひょっとしたら、彼は天然で言っているだけかもしれないが。
「……ロジェロ。大丈夫なんでしょうね?」
ブラダマンテ――司藤アイはこっそり近寄り、ロジェロに心配そうに耳打ちしてくる。
「心配すんな。確かにロジェロは毎回攫われるイメージがあるが、戦績自体は優秀だし、結構強いんだぜ。
それに今回の目的はアンジェリカを逃がす為の時間稼ぎ。決着をつけたい時はあいつのデュランダルを叩き落とせばいい」
黒崎は務めて楽観的に振舞い、アイを安心させようとした。
内心は不安である。アイには話していないが、騎士ロジェロは聖剣デュランダルと実は相性が悪い。
大分先の話だが原典では、デュランダルを持った騎士と戦って瀕死の重傷を負う場面があるのだ。
(幸い原典のロジェロと違い、オレ自身がデュランダルの恐ろしさを知っている。
とにかく当たったら鎧なんかじゃ斬撃を防げねえ。そこは用心しないとな――)
双方の準備が整った。二人の周囲には一騎打ちの立会人を務めるアストルフォ。ブラダマンテ、メリッサ、ロジェスティラ、その他大勢の騎士たちが固唾を飲んで見守っている。
ロジェロとオルランドは一騎打ちに臨む構えを取り――それぞれ両刃剣を同時に抜いた。
先に仕掛けたのはオルランド。無造作かつ自然な踏み込みだったが、デュランダルに込められた殺気が一気に膨れ上がるのをロジェロは感じた。
ぎんっ、と鋭い金属音と火花が散る。オルランドの聖剣とロジェロの魔剣が斜めに交差し、鍔迫り合いの格好となった。
「ほう……! この俺のデュランダルを受け止めるとは! やるねえロジェロ殿!」
「……オレの剣ベリサルダだって、そんじょそこらのナマクラじゃねえ」
受け止める事には成功したが、ロジェロは冷や汗を浮かべていた。単純な力ではオルランドの方が段違いに上で、押し負けないよう踏ん張るのがやっとだ。
「ベリサルダだと……どこか見覚えのある剣だと思ったが、貴殿の手に渡っていたとはな」
ロジェロの持つ魔剣ベリサルダ。とある魔女の手によって鍛えられ、いかなる魔法的防護であろうと無視して損傷を与えられるという。
先日の魔女アルシナとの戦いで、彼女の肉体を容易く斬り裂けたのも、ベリサルダの強大な魔力あってこそ。
(単純な力じゃ勝てねえし、いくらベリサルダでもオルランドの身体に傷をつけるのは無理だ。
何とかしてデュランダルをやり過ごし続けるか、叩き落とすための隙を伺わねえとな……)
ロジェロは一瞬腕を引き、オルランドの剣を滑らせるように横に逃れ、再び距離を取った。
オルランドは再び打ちかかって来た。振るわれる斬撃はいずれも、身体に触れたが最後、鎧兜など用を成さない必殺の一撃だ。
確かにオルランドの怪力から振るわれる剣は、受け流しながらでも凄まじい重圧が刃越しに伝わり、徐々にロジェロの体力を奪っていく。
だが幸いにしてロジェロの真骨頂は、防御を主軸にした遅滞戦術にある。
デュランダルの刃は危険だ。しかし魔女の力を宿したベリサルダで防ぐ事は可能だと分かった。
長時間耐え忍ぶには到底保たないが、アンジェリカが逃亡完了するまでの間なら――
(……大丈夫。何とかなる――はずだ。してみせるッ!)
ところが黒崎の思惑を見透かしたのか、オルランドの野性的な顔から突然表情が消えた。
「貴殿……俺に勝とうと思ってないな?」
「……どうだかな」
ロジェロはとぼけて見せたが、最強の騎士は憮然となって言う。
「腰抜けが。時間稼ぎのつもりなら――無駄だという事を分からせてやる」
オルランドの持つ聖剣デュランダルが、奇妙な輝きを帯び始めた。




