4 色々発覚新事実
アンジェリカは涙を隠そうとして、クスクスと笑ってみせた。
「何だかおかしな話ね。
ついさっきまで『記憶を抹消したい』とか『死にたい』とか言ってた人に。
『記憶を取り戻そう』『生きよう』って諭されるなんてね……」
「うっ……それは、その……」
痛い所を突かれたと思ったのか、アイは口ごもった。
「……でも、ありがとう。
そんな風に励まされるなんて思わなかったわ。
私も元の世界の記憶を取り戻せるよう――何とか方法を探してみる」
「……良かった! 一緒に頑張りましょう、アンジェリカ」
パッと顔を輝かせて、無邪気に、まるで自分の事のように喜ぶアイ。
アンジェリカは思った。物語の結末を目指そうとする二人の希望を消してはならない。
もし自分が「希望を取り戻したフリ」をする事によって二人の意欲を引き出せるというなら――それに越した事はない。
(私と違って、この子たちはまだ間に合うから――)
司藤アイと黒崎八式。日本という国の高校生だという。
よく覚えておこう――アンジェリカは二人の名を、己の魂に強く刻み付けた。
「もうひとつ教えておくわね。
この世界で遠方出身を名乗る王たちがいるけど、実際にその地からやってきてる訳じゃない。
私の契丹だってそう。恐らく外の世界にある地図とは違う場所にある国。
そして――『遠国の王』たちは私と同様に、この世界が『繰り返されている作り物』だと知っている」
「…………マジか」初めて驚いたような顔をする黒崎。
「アンタと同じような認識を持っている人物が他にもいるのかよ?」
「ええ。あいつらは私と同様『魂の記憶』が無い。でもこの世界の秘密を知っている。
気をつけてちょうだい。もしあなた達と出くわし、魂の記憶を持つ『主役』だと知られたら――
どんなちょっかいをかけてくるか。あいつらは私みたいに温厚に話ができるとは思えない。
とにかく『遠国の王』を名乗る連中には、用心する事ね」
「遠国の王」。この不吉な言葉を、アイと黒崎は心に深く刻み込む――
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ブラダマンテ。メリッサです。
ロジェロ様やアンジェリカと随分長い事、話をされているようですが……大丈夫でしょうか?
まさかとは思いますが、私に内緒の話って三角関係の痴情のもつれとかじゃないでしょうね?」
いきなり無茶苦茶な事を言い出す尼僧メリッサ。
彼女の目的を考えれば、二人に余計な虫がつかないように警戒するのも無理はないのかもしれないが……
「……ちょ、誤解よメリッサ。ロジェロとアンジェリカはそんな仲じゃないわ」
ブラダマンテは慌てて言ったが、メリッサは納得いかないようだった。
ドアノブに手をかけ、中に入ろうとしている。
《まずいわ黒崎。ちゃんと恋仲が進展してるって思わせとかないと》
《そ、そうだな……じゃあ手でも握っとくか?》
改めて言われると、黒崎と手を握ってニッコリ笑うとか、何かの罰ゲーム感が半端なかったが……とにかく時間がない。
手っ取り早く恋仲っぽく見せるにはそれしか思い浮かばなかった。
アンジェリカも空気を読んで、ブラダマンテ達と距離を取る。
メリッサが部屋に入ってきた。仲睦まじそうに寄り添い手を握り合っている二人の騎士を見て、満足げな笑みを浮かべる。
そして横に視線を向けると、先ほどとは裏腹にアンジェリカに対して蔑むような目を向け、鼻で笑い飛ばした。
「ちょっと何? メリッサさん。何かおっしゃりたい事があるのかしら」
さすがのアンジェリカもカチンと来たらしく、不快感を隠そうともせずメリッサに詰め寄る。
「いえ別に? お話は済んだのでしょう?
それなら早く部屋を出て行って欲しいですわ」
二人は正体不明の対抗心を燃やし、火花をバチバチ散らしながらブラダマンテの部屋を出ていった。
先刻浴場で一緒にいた時の仲の良さはどこに行ってしまったのだろうか。
「……やれやれ。なんか疲れた」
「そうね……せっかくお風呂入れたのに」
黒崎とアイが、ほぼ同時に溜め息をついて、笑い合ったその時。
『アイ君! 聞こえるかね? 下田三郎だ。
こっちのゴタゴタもようやく落ち着いたんで、連絡が取れるようになったぞ』
不意に響いてきたのは、現実世界の大学教授・下田三郎の念話であった。
魔女アルシナとの対決の途中、音信不通になって以来である。
しかし下田の声は……アイにとっても予想外の結果を引き起こしていた。
「なッ……司藤。今オッサンみたいな声が……いきなり聞こえてきたんだが?」
「えっ。黒崎。アンタ……下田教授の声が聞こえるの!?」
黒崎の言葉に、アイは驚いて繋いでいた手を離した。
『おーい、アイ君。聞こえるかね? 返事をしてくれ』
アイからの念話の返答がなかったので、下田の呼びかけが再び響く。
しかし今度の黒崎は無反応。先刻の下田の声をもう一度聞こうと、耳をそばだてている。
色々試行錯誤した結果。
『あーコレは……分かったぞ。
アイ君の身体に触れている時限定で、私の声が黒崎君にも通じるようだ』
「なん……ですって……」
アイは目眩がした。もし下田教授の発見した新事実や情報を黒崎に手っ取り早く伝えたい場合、彼と手を繋がなければならないという事だ。
(顔の件といい、どうして次から次へとこっ恥ずかしい設定が発覚するのよ!?)




