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3 司藤アイ、女騎士ブラダマンテを演じる決意をする

「しっかし……ロジェロさん、ねえ」

『どうしたねアイ君? 何か引っかかる事でも?』


 怪訝な素振りを見せる司藤(しどう)アイに対し、下田(しもだ)三郎(さぶろう)(いぶか)しげに尋ねた。


「演技とはいえ――よく知りもしない物語世界の男の人と、恋仲を演じなくちゃいけない――のよね?」

『ああ、その事なんだがな……アイ君』


 下田は含みのある口調で、話を切り出してきた。


『そもそもきみが、我が大学に足を運んだ理由――思い出してくれたまえ』


 そう、彼の言う通り――本来なら高校生であるアイと、大学教授である下田に接点はない。

 ならば何故、二人は顔を合わせたのか?


「それは……下田教授。あなたが行方不明になった綺織(きおり)先輩を知っているって言うから――」


 綺織(きおり)浩介(こうすけ)。大学二年生。下田教授のゼミ生である。

 アイとは家族ぐるみで付き合いのある人物であり、しょっちゅう親交があったのだが……数日前、突如連絡が取れなくなってしまった。


「でも教授。綺織(きおり)先輩のこと、全然教えてくれなかったじゃない。

 その代わり、よく分からない分厚い本二冊を引っ張り出してきてさぁ――」

『アイ君。あの二冊の本こそが”狂えるオルランド”だと言ったら……察してくれるかね?』


 下田の言葉に、アイはハッとした表情になる。

 先ほど彼は言った。アイが『ブラダマンテ』となったこの物語の名は、『狂えるオルランド』である、と。


「まさか……今のわたしと同じように、綺織(きおり)先輩、も……?」

『その通り。綺織(きおり)浩介(こうすけ)君は数日前、この物語世界に引きずり込まれてしまったのだよ』


 ただ口で説明されただけなら、到底信じられない話だったろう。

 だが実際にこうして、アイ自身も本の中に入ってしまった事。綺織(きおり)と音信不通になってしまった事。これらを総合して考えると――この突拍子もない与太話も、俄然(がぜん)信憑性(しんぴょうせい)が増してくる。


「じゃあ綺織(きおり)先輩も、この世界の誰かの役割を与えられてる、って事?」

『そういう事になる。だからそうだな、例えばこういう事も――』


 下田の姿をしていた幻影(ビジョン)が歪んでいく。やがて見えてきたのは、二人の男女。それはアイにとって度肝を抜かれる光景だった。


 鎧姿のアイと間近で見つめ合う、同じく中世騎士風の格好をした、爽やかな印象を持つ青年の姿。

 この青年の整った横顔に、またしてもアイは見覚えがあった。


「えっ、これって……わたしと、綺織(きおり)先輩……!?」


 二人の距離は近い。互いを優しく抱きしめ合いながら、吐息がかかりそうな位置に顔がある。

 幻影(ビジョン)の中のアイと綺織(きおり)は、二人して恥じらいに頬を染めつつも――その場の良い雰囲気に飲まれたまま、口づけを交わす一歩手前。


(えっ……えっ……ええええーっ!?!?)


 只ならぬ事態の進展に、アイは顔を真っ赤にしつつも、食い入るように推移を見守った。


 ぽん!

 が、突然――間の抜けた音と共に幻影(ビジョン)は消え、元の下田の顔に戻ってしまう。


「ちょっとぉ! 何よ今の! いい所だったのにッ! 続きは? ねえ続きはッ!?」

『お、落ち着きたまえアイ君。今の映像はだな――』


 いつになく凄い剣幕でまくし立てるアイに驚き、下田は慌てて説明しようとしたが。


「まあいいわ! きっとアレよね? わたしが『ブラダマンテ』になったみたいに!

 恋人のロジェロ役に、綺織(きおり)先輩があてがわれてる! そういう事なんでしょう!?」

『いや、それは――』


 何とも歯切れの悪い下田の言い草であったが、半ば興奮状態のアイは取り合わない。


「分かったわ、下田教授! これがわたしに与えられた『役』なんだから、仕方ないわね!

 わたし頑張る! 女騎士ブラダマンテを演じ切ってみせる!

 これも綺織(きおり)先輩とラブラブを演じるため……じゃなかった、物語世界から脱出するためよッ!」


 すっかりやる気になったアイに圧倒されたのか、下田はどうしても切り出せなかった。

 実は今の幻影(ビジョン)が未来予知などではなく、魔術師マーリンの「心を読む」魔術を利用して、司藤(しどう)アイの心中に秘めし願望を映し出したものだ、という事を。


(アイ君と浩介(こうすけ)君が、家族ぐるみの付き合いで親しい事は知っていたが……まさか、恋人同士になりたいほど彼を好いていたとはなぁ)


 はっきり言って現時点で、綺織(きおり)浩介(こうすけ)がロジェロ役だなどという確証はない。

 だが先刻までブラダマンテを演じる事に消極的だったアイ。「その気」になってくれた方が下田にとっても都合がいい(・・・・・)


 そんな訳で、下田はアイの勘違いを利用する決断をし、敢えて真実を話さなかった。


 表向きは魔術師マーリンとの対話、という形での下田三郎からの情報収集が終わると――降霊術を用い、気を失っていた尼僧メリッサは意識を取り戻す。

 司藤(しどう)アイはピンと背筋を伸ばし、心なしかキリッとした表情になっていた。


「待たせたな、メリッサ――わたしは今、すっかり記憶を取り戻したよ」

「本当ですかブラダマンテ……! ああ、それは大変ようございましたッ」


 アイは演劇部員としての経験を活かし、女騎士ブラダマンテの役柄に「なりきる」事を決めた。

 当然メリッサは喜ぶ。自分の魔術が功を奏し、己が仕えるに相応しき主人が帰ってきたと思い込んでいるのだ。


「これからわたしは、意中の騎士ロジェロに会いに行く。協力してくれるね?」

「もちろんですわ! 不肖このメリッサ。全身全霊全魔力を尽くし、ブラダマンテの道行きをお手伝いしますッ」


 夢見るような表情でブラダマンテを見つめるメリッサから、何やら別種の危険な雰囲気を感じなくもなかったが。

 これもロジェロ――いや憧れの先輩・綺織(きおり)浩介(こうすけ)と恋仲気分を演じるため。アイはノリノリで女騎士役を演じるのだった。

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