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2 司藤アイ、死にたくなる

 ブラダマンテ達女性陣の入浴は無事に終わっていた。


「さっぱりした! まさか中世ヨーロッパで、暖かくて広々としたお風呂に入れるなんて思わなかったわ!」


 ブラダマンテ――司藤(しどう)アイはご満悦だった。

 魔女ロジェスティラによって再現された古代ローマ風の浴場。女性用浴室はその規模こそ小さかったものの、ハイポコーストと呼ばれる床暖房システムのお陰で、部屋全体が暖かかった。


 無論こうした公衆浴場は、政情不安定なフランク王国では望むべくもない。

 ではブラダマンテは旅の間、どうしていたのかと言うと……従者たちに携帯用の入浴セットを持参させ、川の水を調達してお湯を沸かして湯浴みをしていた。


(もちろん、そんな都合よく川の近くで野営できる日ばかりじゃないし、お風呂用の桶は小さくて狭いし。

 従者の人たちも気を遣って布を張ってくれたりするけど、どうしても着替えの時は見えちゃうし……まぁ慣れたけど)


 そういう意味でも、アイにとって公衆浴場でのひと時は気兼ねなく過ごせる貴重な時間であった。


「ああ、神に感謝しなくっちゃね……」

「ええ、その通りですわアンジェリカ様!」


 アンジェリカはすっかり元気になっていた。

 荒れ放題だった金髪や肌も潤いを取り戻し、ロジェスティラに用意してもらった女性用のローブを纏い……異国の王女としての美貌と気品を漂わせている。

 一方メリッサも、飾り気のない新しい僧衣に袖を通し、清楚な尼僧としての姿を取り戻していた。


(あ、そうだ。さっき黒崎(ロジェロ)から聞いたけど……

 アンジェリカさんって『物語世界』について、知っているんだっけ)


 ロジェロが言うには、アルシナの牢獄からの救出と、魔法の指輪を返却させる見返りとして――アンジェリカ自身の知っている情報を話すというものだった。


「メリッサ、悪いんだけど……これからアンジェリカさんの話を聞く約束をしているの。

 ロジェロを呼んできてもらえない? できれば三人だけにして欲しい」


**********


 男性陣の入浴も終わった後。


 ロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)が呼ばれて部屋に入ると、中ではブラダマンテとアンジェリカが待っていた。

 ただ、ブラダマンテはベッドの上で少々きわどい服装になって、アンジェリカにのしかかられていたが。


「うおッ……お前ら何やってるんだよ!?」慌てて扉を閉めるロジェロ。


「あら、ごめんなさいね。ブラダマンテの傷を止血するために、ヨモギの葉を乾燥させた薬を塗ってたところ。

 よく見たら服を脱がないとダメなところにも傷があったからさぁ」


 悪びれもせず答えるアンジェリカ。

 二人のやり取りが落ち着いて、ロジェロが部屋に入れるようになるまで5分ほどかかった。


「お待たせロジェロ! 悪かったわね」


 ブラダマンテの呼びかけで、改めてロジェロは居住まいを正して部屋に入った。


「傷の具合はどうだ? ブラダマンテ」

「うん、もう大丈夫。ロジェスティラさんの浴場と、アンジェリカの手当てのお陰ですっかり楽になったわ」


「そうか……そいつは良かった」

「それより聞いたわよロジェロ! アルシナがわたしに変身したのに、騙されずに見破ったんでしょう? 凄いじゃない!

 どうやって見分けたのよ?」


 嬉しそうに尋ねるブラダマンテに、ロジェロは憮然とした様子で言う。


「そりゃお前……顔が全然違ったからな」

「…………え?」


 黒崎(ロジェロ)の返答は、アイにとって予想外のものだった。


「いくら何でも、司藤(しどう)の顔と似ても似つかないんじゃ、見間違えようがねーだろ」

「ちょ、ちょっと待ってロジェ……いえ、黒崎……それって」


 よくよく考えてみれば、合点のいく話ではある。

 実際アルシナがロジェロに変身した時、黒崎ではなく美形のムーア人騎士の顔であったため、アイは惑わされずに魔術を打ち破る事ができた。

 しかしそれは彼女の扮する女騎士ブラダマンテが主人公であるから。自分だけが「本の外から来た」人間の顔を見分ける事ができるものだと思っていた。

 だが違った。黒崎からすれば、ブラダマンテの顔は美貌の西洋人女性ではなく、現実世界の司藤(しどう)アイの顔に見えるのだろう。だから即座にアルシナの変身を見破る事ができたのだ。それはつまり――


「もしかしてずっと……わたしの顔、元の世界のわたしに見えてたって事……?」

「ああ……そうだけど」


 思い当っていた嫌な予感が的中した。

 黒崎は……ずっと気づいていたのだ。幼馴染の平凡な女子高生の顔を見ながら、ロジェロを演じていたのだ。

 恥ずかしい恋愛セリフも、先刻の苦労をねぎらう意味での満面の笑顔も――自分の顔が美貌の女騎士のものと思っていたからこそ、どうにかギリギリ羞恥心を我慢して行えていたのに。


(えと、それは、つまり……ガチで素顔(すっぴん)を晒したまま黒崎と、砂糖吐きそうな愛の言葉を囁きまくってたって事ォーーーー!?)


 過去の羞恥プレイの思い出が、次々と元の自分の顔に置き換わっていき――司藤(しどう)アイは死にたくなった。

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