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13 アンジェリカを救出せよ!

「なんてこった! どうすれば……」


 怪物に対抗できる唯一の装備、魔法の光を放つ円形楯(ラウンドシールド)を海に落としてしまい、ロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)はパニックを起こしかけていた。


「他に方法がないなら、落とした楯を拾いに行くしかないわね」ブラダマンテ――司藤(しどう)アイは言う。


「海中に沈んでいたら、どうするんだ?」

「飛び込むしかないわね……」


「それこそ海魔(オルク)の思うツボだろ!?」

「でも他にどうしろってのよ!」


 アイの苛立った口調に、黒崎は言葉を詰まらせた。

 現状、打開策がないのなら……行動するしかない。このままじっとしていても、怪物の触手に捕まってしまうだけだ。


「ロジェロ。アンジェリカを助けてあげて。

 それまでの時間稼ぎを……わたしがやっておく」

「大丈夫なのか……?」


 不安げに尋ねるロジェロに、ブラダマンテは片目をつむってみせた。


「無茶はしないから。心配しないで」

「……わかった。ありがとう、ブラダマンテ。

 オレがあのジジイを何とかするまで……頼んだぜ」


 ロジェロの言葉にブラダマンテは頷き、ペガサスに乗って海上を飛翔した。


**********


 砂浜では、美姫アンジェリカと隠者が、泥臭い格闘を続けていた。


「いい加減、諦めなさいよ! しつこい男は嫌われるわよッ!」

「くぉの! ワシを誘惑しておきながら! どの口がほざくかァッ!?」


 二人が得意の魔術を打ち合わないのにも理由がある。

 魔術は集中を要し、魔力を消費する事は激しい運動と同程度の消耗をもたらす。

 強大な魔術であればあるほど、使用のための呪文を詠唱する時間が必要であり、至近距離では大きな隙を作ってしまうのだ。


(といっても、このまま不毛な戦いを続けていても、(らち)が明かない……!)


 アンジェリカは意を決し、隠者との格闘に備えるフリをして――口の中で小さく呪文を唱え続けた。

 この術ならば、詠唱を先に完成させておけば、発動時の印は一瞬で済む。相手の不意を打てる筈――


 隠者が一歩踏み込んできた。


(今だッ!)


 アンジェリカは詠唱を終えると、呪印を結び、隠者の胸めがけて「力」を放つ。肉弾戦の構えと見せかけた、刹那の術式の発動!


 ところが――隠者はそれを待っていたかのように、大きく身を屈める。

 アンジェリカの放った「力」は、老人のフードをわずかに掠めただけで、虚しく背後を通過してしまった。


「なッ……!?」

「つくづく愚かな娘よのう。魔術の素人ならばいざ知らず……

 ワシのような長年海神に仕えし隠者が、その程度の小細工を見抜けぬとでも思うたか?」


 アンジェリカはただでさえ疲弊していた所に魔術が空振りに終わり、肩で大きく息をしていた。

 動きの鈍った彼女の首を掴み、締め上げ……瞳に狂喜を宿した老人は勝ち誇る。


「がッ……はァ……!」

「くっくっく。どうやら今の一撃が最後の力だったようじゃなァ?

 好都合よ。ワシは貴様だけでなく、上空の幻獣(ヒポグリフ)の騎士も相手せねばならぬでのゥ」


 隠者は抜け目なく空を見上げ、ロジェロの救援を警戒していた。

 捕えた美姫をこれ見よがしに晒す。迂闊に自分に近寄れば、人質の命はない――そう警告するために。


「ぐッ…………!」

 ヒポグリフを駆って、アンジェリカの救出に向かったロジェロだったが、眼前の窮状に二の足を踏んでしまう。


「うむ、それでよい。|ムーア人$スペインのイスラム教徒$の騎士よ。

 よもや囚われの淑女(レディ)を見捨ててまで、ワシを討とうだなどと考えぬであろう?」


 これまでにないほどの嗜虐的な笑みを浮かべ、隠者は得意げだった。

 このまま膠着状態に持ち込めば、いずれ彼の主・魔女アルシナも参戦してくる。そうなれば形勢は一気に逆転だ。


「あ……なた……私を怪物に……捧げるんじゃ……ないの?」


 息も絶え絶えに、アンジェリカは言葉を紡いだ。


「そう()くな。時間はたっぷりとあるでのゥ……貴様を海に投げ込んでも良いが。

 となれば上空の騎士が即座にワシに向かってくる。無駄な危険を冒す必要はないわい」


 老人の返答に、放浪の美姫は……苦しげではあったが微笑んでみせた。


「あら、そう……ひとつ、間違ってるわ。あなた……

 少なくとも、あなたに時間は……『ない』」

「…………何ィ?」


 アンジェリカの謎の余裕の正体に気づいた時――頭上を巨大な影が覆った。

 刹那の出来事だった。隠者が見上げると、葦毛の馬の姿があった。


「ラビカンッ!!」

「馬鹿なッ――いつの間にィ!?」


 アンジェリカの乗っていた魔法生物――名馬ラビカンである。

 隠者が気づかなかったのも無理はない。ラビカンは10ヤード(約9.1メートル)離れた岩陰から一気に跳躍してきたからだ。


 馬は勇ましく(いなな)くと砂浜に力強く着地し、逞しい後脚で老人を蹴り飛ばした!


「ぎゃああああッ!?」隠者は情けない悲鳴を上げ、海に頭から盛大に着水する。


「ゲホッ、ケホッ……さっき外した術。アレは攻撃用じゃなかったのよね~」

 アンジェリカは咳き込みながらも、ニンマリと笑った。

「あなたを狙ったんじゃなくて――ラビカンをここに呼ぶための術だったのよ」


 海上では、溺れた隠者が懸命にもがいていたが――それも長くは続かなかった。

 彼の背後に巨大な影――海魔オルクが迫る。巨大な海蛇を思わせる頭部が浮かび上がり、哀れな老人を一呑みにしてしまった!


 敵は一人減ったものの、海魔(オルク)の触手は相変わらず活発に蠢き――天馬(ペガサス)に乗ったブラダマンテを絶え間なく追跡している。


 しかも更なる危機が迫っている事にロジェロは気づいた。

 疲れ切ってへたり込む美姫アンジェリカの背後に、銀色の仮面を被った醜い老婆の姿が見えたのだ。


(アレはもしかしてッ……魔女アルシナか!? まずいッ……!)


 今度こそ躊躇(ためら)っている時間はない。

 ロジェロはヒポグリフを駆り、全速力でアンジェリカの救援に向かった!

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