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12 海魔オルクの脅威

 天馬(ペガサス)に乗った女騎士ブラダマンテ。

 幻獣(ヒポグリフ)に乗った異教の騎士ロジェロ。

 名馬(ラビカン)に乗った美姫アンジェリカ。


 目立つ事この上ないが、戦力的に見れば申し分ない布陣である。

 もはや襲ってくる敵の気配はなく、無人の荒野を行くが如し。


「これからどうするの?」ブラダマンテが尋ねる。


「イングランド王子アストルフォの所へ行く! 銀梅花(ミルテ)の木に変えられているから、それが目印だ!」ロジェロは叫んだ。

「あんな奴でも、フランク王国にとっちゃ大事な騎士だからな。助けない訳にはいかねえ」


「まあ、あの素敵なアストルフォ様もこの島に? 分かったわ、行きましょう!」アンジェリカが嬉しそうに言う。


「アストルフォって……そんなに美男子(ハンサム)なの?」興味が湧いたのか、ブラダマンテも横から尋ねてくる。


「勿論よ! 顔だけじゃなくて鎧兜も派手な割にセンスがいいし!

 さすがイングランドの王子って感じだったわ。何よりお金持ちだしね!」

「へー、そうなんだ……ちょっとだけ楽しみ」


「ロクな奴じゃなかった気がするが……」


 ロジェロは小声で呟いたが、盛り上がる二人に水を差すのは、(ひが)んでいるような気がして口を挟めなかった。


**********


 吊り橋を渡り、山岳の麓の道を抜ける。

 やがてブラダマンテ達は、最初にロジェロが降り立った銀梅花(ミルテ)の木が生えた泉の近くにまで到着した。


「ホラ、あの自己主張の激しい派手な木がアストルフォだよ」


 ロジェロが投げやりに指さすと、アンジェリカは馬を降り――喜び勇んで木へ駆け寄った。


「アストルフォ様! お久しぶりです、アンジェリカです!

 おいたわしや……でもご安心を。私の魔術で、すぐにでも元の姿に――」


『それ以上、近寄ってはダメだ! 罠だッ!』


 銀梅花(ミルテ)の木から、鋭いアストルフォの警告が響いた。

 美姫はビクリとして立ち止まったが――次の瞬間、凄まじい地響きの音が周辺に轟く!


「なッ…………!?」


 海岸線からにじり寄る、凄まじく巨大な影が見えた。

 近づくにつれ、不気味な姿が露になる。地上の生物のどれにも似ていない、奇怪な化け物。

 影の中から突如、幾本もの触手が猛スピードで迫ってきた!

 ブラダマンテとロジェロはそれぞれ空飛ぶ馬の力で空中に逃れたが……


「ひえッ! なんかヌルヌルするゥゥ!?」


 馬から降りていたため、逃げ遅れたアンジェリカのくるぶしに絡みついたのは、巨大な蛸の足。

 たちまち引っ張られ、怪物の方へと引き寄せられてしまう!


「なッ……アンジェリカ!?」ロジェロは唇を噛んだ。

「ロジェロ? 一体何よアレ!?」


「まずいな……すっかり忘れてたが、海魔オルクだ!

 魔女の飼ってる、処女を食うっていう化け物だよッ!」

「そう言えばいたわね、そんな奴……!」


 このままではアンジェリカが危ない。

 ロジェロはヒポグリフを駆って、海の向こうへ消えかけている海魔(オルク)を追って飛び出した。

 ブラダマンテもまた、ロジェロを援護すべくペガサスに乗って飛び立つ。


 アンジェリカはどこに隠し持っていたのか、ボロボロの衣服の懐からナイフを取り出し、足首を掴まれている触手に斬りつけた。

 だが弾力のある肉に対し、非力で小さな刃は全く通らず、虚しく表面を滑ってしまう。


「ううッ、やっぱりダメか……!」


 アンジェリカは触手に持ち上げられ、宙を舞った。

 砂浜を引き摺られないだけマシではあったが、海に落ちれば終わりだ。


(こうなったら……あんまやりたくないけどッ……!)


 絶世の美姫は、虚空を舞っている間に素早く呪印を結び、触手に魔力を押し当てた!

 電撃のようなショックを起こす魔術。殺傷能力には乏しいが、お手軽かつ一時的に敵を怯ませるにはうってつけである。

 しかし触手とアンジェリカの足首が触れ合っている以上、ショックは彼女自身をも襲う。ビリッと来る衝撃を、涙目になりながら堪える!


「ひぎッ!?」


 全身を鞭打たれたような衝撃に耐えた甲斐もあって、オルクの触手は戒めの力を緩めた。

 アンジェリカの身体はすっぽ抜け、砂浜に投げ出される!


「あッ()ぅ~……」


 満身創痍になりながらも、どうにか海魔(オルク)の魔手から脱し、フラフラと起き上がるアンジェリカ。

 そこにザッ、と砂を踏む人影が近づいてきた。


「……愚かな娘だ。そのままオルクに一呑みにされておれば、これ以上苦しまずに逝けたものを」


 現れたのはアンジェリカの衣服よりもさらにボロい布を纏った、痩せこけた幽鬼のような表情の老人。

 海神プロテウスの生贄にするため、彼女を(さら)ってきた隠者である。


「娘よ。貴様を許す訳にはいかん。貴様のせいで……

 貴様がワシを誘惑したせいで! 我が馬は未来永劫、自力で立つ機会を奪われてしまったのじゃッ!」


 ここでいう「馬」とは、彼の下半身にあるモノの暗喩だ。

 彼は年甲斐もなくアンジェリカに欲情した結果……罰を受けてしまった。彼の「馬」は物理的に切断されてしまったのだ。


 血の涙を流さんばかりの老人の形相にも、アンジェリカは怯まず言い放った。


「はン。あなたの馬なんて、どうせ足腰立たない駄馬も同然だったでしょ。

 だったらあってもなくても一緒じゃない! 自業自得よッ」


「にゃ、にゃにおー!? 貴様ァ! 男に言うてはならん事をッ!?

 絶対に許さんぞォこの売女(ばいた)めッ!

 是が非でも貴様を海魔(オルク)の腹ン中に放り込んでくれるわァァァ!!」


 何とも聞くに堪えない卑猥な悪口雑言の応酬の後──美姫と隠者の醜い取っ組み合いが始まった。


**********


 天馬(ペガサス)に乗った女騎士ブラダマンテと、幻獣(ヒポグリフ)に乗った騎士ロジェロが、上空に難を逃れた時。

 海面は奇妙な大渦を巻いており、その中心に得体の知れぬ巨大な怪物が潜んでいるのが見えた。


「危ないロジェロッ!」


 海から伸びた数本の触手が、恐るべきスピードでロジェロの乗るヒポグリフに迫っていた。

 すかさずブラダマンテの駆るペガサスが割って入る。そして手に持つ黄金の槍を使い、全ての攻撃を防ぐ!


(この槍。下田教授の言ってた通り、凄いわね……狙ったところに必ず当たるし、当たったモノは何でも弾き返せる!

 アストルフォって人の武器だっけ? 後でお礼言っとかなきゃ……)


 この黄金の槍。実は魔法の品であり、馬上槍試合で振るえば絶対に敵に命中し、かつ落馬させるというチート性能を持つ。

 ブラダマンテ──司藤(しどう)アイは、槍の力の正体に気づいてはいなかったが、上手く使いこなしていた。


「助かったブラダマンテ。……それにしても厄介だな。

 アンジェリカを助けようにも、海魔(オルク)をどうにかしなきゃならん」


 ロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)は、海の底に潜む怪物の手強さに戦慄する。


「黒崎。あんた原典知ってるんでしょ?

 あの海魔オルクとかいうの、一体どうやって倒したのよ?」


 アイが黒崎(ロジェロ)に近づき、小声で攻略法を尋ねると……彼は考え込む。


「えーと確か……思い出した! オレの養父アトラントの円形楯(ラウンドシールド)……!

 コイツの魔法の光を使って、目くらましをして退けたんだよ──」


 閃いた黒崎はパッと表情を輝かせると、左手に持つ赤い布で覆われた楯を使おうとし……愕然とした。


「……海魔(アイツ)の頭部がさっきから出てこねえ!」

「ダメじゃないのそれじゃあ!?」


 魔物の目を潰そうにも、頭が海上に出ていなければどうしようもない。


「う、うっせーな! 原典だと、生贄にされるアンジェリカを喰おうと頭出してる絶好のチャンスがあったんだよッ!

 今の彼女に囮になれ、なんて言えねえしなぁ……困ったな」

「正攻法でどうにかならないの?」


「無理だな。サイズが違い過ぎるし……そもそもアイツの身体、外皮がものすごく硬いんだよ。

 オレたちの武器じゃ多分、まともに傷つけるのも難しいだろう」

「じゃあ、やっぱりその楯の力を使うしか……!」


 その刹那、天馬(ペガサス)に変身している尼僧メリッサが警告の声を上げた。

 海から飛び出した触手が再び、ブラダマンテ達に襲いかかってきたのだ。


『お二人とも! お逃げ下さいッ!』


 二人は咄嗟に空飛ぶ馬を駆り、宙に逃れようとしたが……ロジェロの左腕を触手の一本が掠める。

 その結果、頼みの綱の円形楯(ラウンドシールド)は弾き飛ばされ、海中へと落ちてしまった!


「あっ……やっべ」

「馬鹿ァーッ! 何やってんのよ黒崎のアホーッ!?」


 一瞬の隙を突かれ、アンジェリカを救うどころか怪物への対抗手段を失い、事態はさらに悪化してしまうのだった。

* 登場怪物 *


オルク

 海神プロテウスの放った海魔。処女の生贄を求め喰らう伝説がある。

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