11 ブラダマンテ、仲間たちと合流する
騎士ロジェロ、尼僧メリッサ、美姫アンジェリカの3人が地下牢から脱出し……地上にあるアルシナの都に到達した時、周囲の様子は激変していた。
あれほど目映い輝きに満ちていた都は見る影もなく、古ぼけた植物にびっしりと覆われ、寂れた廃墟のようになってしまっている。
「ここが、アルシナの都……?」ロジェロはポカンとした様子で呟いた。
「恐らくは、ブラダマンテですわ」メリッサが答える。
「アルシナの魔術に対抗するため、指輪を使い……まやかしの力を中和したのでしょう」
「じゃあ、私の指輪はブラダマンテが持ってるのね!?」
アンジェリカはやや興奮気味に声を弾ませた。
「早く彼女と合流しましょう! 魔女や、その手先と鉢合わせする前に!」
「慌てないで下さい。まずは足を確保しましょう」メリッサはかぶりを振る。
「お二方の地下牢に赴く前に、厩の位置を調べておきましたわ。
先にそちらに寄り、馬やロジェロ様の幻獣を奪還いたしましょう」
「なるほど……確かにその方が良さそうだな」ロジェロは頷いた。
メリッサの言葉と案内に従い、ロジェロ達は厩を目指して走り出した。
移動途中、都の元住人と思しき連中とすれ違う。いずれも醜い亜人や怪物の姿――しかし今はアルシナの術が解かれた為か、ロジェロ達を見ても襲ってくるどころか、混乱して右往左往する始末であった。
「今なら余計な足止めも食わずに進めるな。ありがたいこった」
「当然でしょう! なんてったって、私の指輪の力なんだから!」
ロジェロの感嘆の言葉に、アンジェリカは己の手柄のように胸を張るのだった。
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ブラダマンテ――司藤アイは、宝物庫に辿り着いた。
もっとも幻術が解けた今となっては、みすぼらしい倉庫のようにしか見えないが。
(ここに奪われたロジェロ達の装備品が眠っているはず。取り戻さなくちゃ!)
廃墟同然になった為か、扉の鍵も老朽化しており、苦も無く侵入に成功する。
「えーっと、ロジェロの剣と、アトラントさんの魔法の楯と……」
アイが持ち出すべき装備を見繕っていると……突如、下田三郎の念話が届いた。
『アイ君! 黄金の槍も必ず回収しておくんだ』
「へ? 下田教授……? 黄金の槍? これってそんなに強いの?」
アイは不思議そうな顔をして、中に転がっている輝く槍を見やる。
『強い。ちなみにその槍、アストルフォという騎士の持ち物だが……とにかく使ってみるといい。きっと役に立つはずだ』
「そ、そう……まあ、あなたがそこまで言うんだったら……」
釈然としないながらも、アイは助言に従い――黄金の槍。ロジェロの愛剣ベリサルダ。アトラントの円形楯。これら目ぼしい品々を大きめのズダ袋の中に詰め込んだ。
後は自分用の両刃剣を身に帯びる。さすがに鎧など、嵩張る装備は運べない。諦めるしかないだろう。
「後は……メリッサを探さなきゃ。
下田教えて! メリッサは今、どこにいるの?」
『……すでに地下牢を出て、地上に脱出しているようだ。
厩に向かっていたから、馬の蹄の音が聞こえたら彼女らだと思っていいと思う』
「ありがとう! これでスムーズに合流できるわね!」
『……で、済まないがアイ君。ちょっとこっちは今、色々と立て込んでいてな。
しばらく連絡が取れそうにない。ゴタゴタが落ち着き次第、またこちらから念話を送るから』
唐突に不穏な通達をされ、一瞬戸惑ったアイだったが。
その言葉を最後に、下田からの念話は一方的に途絶えてしまった。
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果たしてブラダマンテが魔女の居城を脱出し、地上に出ると――辺りは朝焼けに包まれていた。
アルシナの幻覚が支配していた頃は、昼夜も時刻も判然としない、不自然な明るさを保っていた世界であったが……今はすっかり外の世界の色に染まっている。
やがて蹄の音が聞こえてくる。しかも複数。
住人のほとんどが混乱して逃げ隠れる中、わざと騒音を立てて目立つような行動を取る者たち。
「……メリッサね!」
アイは希望に顔を輝かせ、蹄の音のする方角へ向かうと――あっさりと遭遇する。
翼が生え、鷲の頭を持った馬の幻獣ヒポグリフに乗ったロジェロと、灰色がかった美しい葦毛の駿馬に跨ったアンジェリカとメリッサに。
その並走する姿は、500ヤード(約460メートル)離れていても視認できるほど目立っていた。
「メリッサ! それにロジェロと……あと誰? その綺麗な女」
「アンジェリカよッ! 前に一度、会った事あるでしょう!?」
「え? そうだっけ……? ごめんなさい、覚えがないわ」
女騎士としては過去に面識があるのかもしれないが……アイにとっては初対面も同然である為、話が噛み合わない。
「……驚きましたわ、アンジェリカ。貴女、乗馬もお上手ですのね」
メリッサが感心したように言うと、アンジェリカは得意げに鼻を鳴らした。
「この馬はラビカンと言ってね。元々は私の弟が乗っていた、魔術で造られた生き物なの。
普通の馬みたいに草を食べない。空気を食糧とするの。だから排泄もしないし、地上のどんな馬よりも速く走れるのよ!」
なるほど魔法で造られた生物ならば、熟練の魔法使いであるアンジェリカが乗りこなせるのも道理……なのだろう、多分。
(うわー。サラッと言ってるけど、隣のヒポグリフよりよっぽど無茶な設定の馬だわコレ)
油断していると唐突にトンデモ設定が盛り込まれてしまう。「狂えるオルランド」の世界恐るべしだと、アイは心の中で嘆息した。
「ブラダマンテ、御無事で何よりですわ! ねえ、ロジェロ様?」
「お、おう……そうだな」
メリッサの弾んだ声に、微妙に目を逸らし頬を掻くロジェロ――黒崎八式。
「まあ、まるっきり無事って訳じゃあなかったけど……」
先刻の淫靡な危機を思い出し、微妙に赤面して視線を逸らすブラダマンテ。
途端にメリッサの顔色が変わった。
「えっ……ブラダマンテ。もしかして魔女アルシナに……愛を奪われたとか!?
なんという……なんという羨まけしからんッ!」
ミンネ。騎士道精神における貴婦人との恋愛、あるいは恋愛譚の事を指す。
字面だけ聞くと崇高そうに思えるが、実際のところ肉体的な欲求をオブラートに包んで置き換えているだけの事も多い。
早合点したメリッサにがっくんがっくん揺さぶられ、アイは慌てて言った。
「ちょっとメリッサ、落ち着いてよ! 大丈夫、心配しないで。一線は何とか守り切ったわ!
……っていうかメリッサ。何か今『うらやま』って一瞬聞こえたんだけど?」
「アルシナみたいな魔女に奪われるぐらいなら、いっそ私がッ!」
とてつもなく聞き捨てならない爆弾発言が、尼僧の口から飛び出したものの。
アンジェリカから「今は都を脱出するのが先決でしょ」と助け舟が出て、ようやく我に返ったようだ。
ブラダマンテは宝物庫から奪い返した剣と楯をロジェロに渡し、残る黄金の槍は彼女自身が持つ事にした。




