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2 怪しげな大学教授、下田三郎の登場★

 司藤(しどう)アイは、自分とは似ても似つかぬ美女の顔になっている事に絶句し、混乱していた。


「何よ、これ……わたしの顔、じゃない……!

 一体何が、どうなってるのよッ……!」


「ああ、なんと嘆かわしい事でしょうブラダマンテ」

 そんな彼女の様子を見て、尼僧メリッサはうるんだ瞳で同情するような視線を向ける。

「お顔をご覧になっても、ご自分が何者であるか思い出せないなんて。

 きっとアレですわね。谷底に落ちたショックで、一時的に記憶を失っているに違いありませんわ」


 「谷底に落ちた」。その言葉を聞き、アイは何故自分があの場所で気を失っていたのか。全身に未だ残る、鈍い痛みの正体が何なのか、ようやく理解する事ができた。


「あの、メリッサ……? 悪いんだけど、わたし別に記憶喪失なんかじゃないわ。

 わたしには司藤(しどう)アイっていう、立派な名前が――」

「かくなる上は、我が偉大なる祖先・魔術師マーリンのお力を借りるしかありませんわね!」


 アイのか細い抗議の声はかき消され、メリッサは一人で勝手に納得し、うんうんと頷いている。困った事に人の話に耳を傾けるタイプではないらしい。

 思い込みの激しい修道女(シスター)は早速懐から怪しげな聖印(シンボル)を取り出し、奇妙な呪文を唱え始めた。どうやら彼女は魔術の類も扱えるようだ。


 メリッサが呪文を唱え終えると、彼女は白目を剥き、その場にガクリと倒れ込んだ。


「ちょっと、メリッサ……!?」


 慌てて駆け寄ろうとするアイ。だが次の瞬間、異変が起こった。

 祭壇の救世主(キリスト)像が輝き始めたかと思うと、見るみるうちに別人の姿に変わっていく。


(えっ……これってまさか、魔術師マーリンさんとやらを、今この場で見れるって事……?)


 司藤(しどう)アイは古典ファンタジーに詳しい方ではなかったが、マーリンの名前は聞いた事があった。

 彼女の悪友・黒崎(くろさき)八式(やしき)がプレイしていたRPGに出演していたのを、チラリと見た事がある。確かアーサー王伝説に登場する、有名な魔法使いだ。


 神々しい輝く演出の後、像は完全にその姿を変えた。

 ところが、である。現れたのは、アイが想像していたような、老魔術師ではなかった。


挿絵(By みてみん)


 浅黒い肌をした、背の高い中年男性。着ている服も魔術師帽子(マジシャンズハット)やローブなどではなく、現代日本人的なスーツである。

 やや短めのクセの強い黒髪。眼鏡。その奥から覗く、ギョロリと威圧感のある眼差し。

 アイはこの男の顔に見覚えがあった。初対面で目つきの鋭さに、思わずたじろいだ記憶が蘇る。


「あなた、まさか……下田(しもだ)教授!?」


 彼の名は下田(しもだ)三郎(さぶろう)。職業は大学教授。

 アイが現実世界で、最後に出会った人物である。


**********


『おお、司藤(しどう)アイ君。さっきぶりだね。

 その様子だと、どうやらこの世界の才色兼備のチート女騎士・ブラダマンテに憑依(ひょうい)できたようだな』


 下田(しもだ)三郎(さぶろう)は安堵したような笑みを浮かべ、アイに話しかけてきた。

 お世辞にも爽やかさとは無縁の、強面(こわもて)の笑顔だったが――流石に二度目ともなるとアイも慣れたのか、物怖じしない。


「ちょっと……どういう事よ、下田(しもだ)教授!

 『この世界』? ブラダマンテに『憑依』? さっきからワケわかんないんだけどッ!?」


 アイの非難がましい質問攻めに対し、下田はコホンと咳払いし――次のように答える。


『ここは――16世紀イタリアに書かれたライトノベル・”狂えるオルランド”の世界なんだ。

 8世紀の欧州が舞台でね。きみが憑依した女騎士ブラダマンテは、言うなればそうだな……恋愛劇(ラブロマンス)の主役のようなものだと思ってくれ。

 もしきみが現実世界へと帰りたければ、ブラダマンテの役割を演じ切り、意中の騎士であるロジェロとのゴールイン――すなわち、結婚エンドを迎えるしかないのだよ!』


 16世紀のライトノベル。女騎士。恋愛劇。結婚エンド。

 中二病じみた単語を矢継ぎ早に告げられ、アイは情報を整理するのにしばらく時を要した。

 頭を抱えたくなるような状況には違いないが、やがて彼女はどうにか落ち着きを取り戻したようだ。


「えーと、つまり……要するに『異世界』に飛ばされちゃった、って事でオーケイ?」

『そういう事になる。……しかし、きみ達ぐらいの年代で”こういうもの”が流行っている、というのは本当のようだな。思っていたより受け入れが早い』


 意識こそ現実世界の日本人女子高生・司藤(しどう)アイだが、外見・身体能力は女騎士ブラダマンテのものなのだろう。だから異世界にも関わらず、すんなりと尼僧メリッサとの会話・意思疎通ができたのだ。


「で、元いた日本には――この異世界で『結婚するまで帰れません』――って事?」

Exactly(イグザクトリー)! その通りでございます』


「うわあ……めんどくさっ」

『めんどくさい言うなッ! 仕方ないだろう、それしか方法がないんだからッ!』


 どういう訳か逆ギレされたが、正直言ってキレたいのはアイの方である。

 自分から頼んだ訳でもないのに、何が悲しくて不便そうな中世欧州めいた世界で、恋愛劇(ラブロマンス)などを演じなければならないのか。


「まあ、わたし一応、演劇部員だし? 『ブラダマンテ』を演じろというのなら――やれなくもない、と思うけど。……でもさ」


 アイは急に小声になって、マーリン役を演じている(?)下田にこっそり耳打ちした。


「さっきからずっと、メリッサの前でメタい発言しまくりなんだけど。大丈夫なのコレ?

 ひょっとして彼女も、誰かが演じているだけの役だったり?」

『いや、彼女は恐らく本物の、物語世界のメリッサだよ。

 とはいえ彼女は表向き、マーリンの霊を呼び寄せた事による恍惚(トランス)状態で意識はないから、この会話は聞かれていないハズだ』


「言われてみれば……全然目覚めないわね、彼女(メリッサ)。なんというか、ご都合な展開ねぇ」

『もし仮に聞いていたとしても問題はない。メリッサはブラダマンテにとっての予言者(マーリン)なんだ。だから変身術や予言で至れり尽くせり、全力できみをサポートする。

 未来の事を知っているようなメタ発言も飛び出したりするから、きっとそういうのに慣れっこなんじゃないか?』


「……えぇえ……そうなんだ……」


 正直腑に落ちないし、「狂えるオルランド」がいかなる物語なのか、アイは知る由もなかったが。


(ま、16世紀の「ライトノベル」ってやつなのね。そんな昔からラノベってあったんだ……

 少々おかしなツッコミ所があるのも当然か。今の日本だって、そんな大差ないし)


 21世紀のライトノベル書き一同に対してやや失礼な感想を抱きつつ、アイは自分を無理矢理納得させる事にした。

* 登場人物 *


下田しもだ三郎さぶろう

 環境大学の教授。30代半ば。アイの異世界転生を引き起こした張本人。

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