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9 ロジェロ、アンジェリカと契約する

 アルシナの都の地下にある牢獄にて。


「ちょっと! そこのあなた! 起きてる? っていうか生きてる?

 生きてるなら返事しなさい!」


 ロジェロこと黒崎(くろさき)八式(やしき)は、隣から聞こえてきた騒々しい女性の声で目を覚ました。


「…………ん、誰だアンタ?」


「何よ、生きてるんじゃない。

 私、今目が覚めたばっかりだから、ここがどこかも分かんないのよ!

 説明しなさい。この契丹(カタイ)の王女・アンジェリカがそう命じているのよッ!」

「……うるせえ奴だなぁ」


 ロジェロは素直に感想を述べた。

 ここに捕まるという事は、よっぽどの事をやらかして、手酷い扱いを受けた事は想像に難くない。

 だがその割には、声と元気だけは人一倍あるように感じたからだ。


「うるさいって何よ! 淑女(レディ)に対する礼儀がなってないわよ?

 私のような美女に声をかけられたら、大抵の男は(かしこ)まってかしずくのにッ!」


 なおもギャーギャー喚き立てる自称淑女(レディ)の尊大な態度に、黒崎(ロジェロ)はげんなりした。

 アンジェリカ。黒崎の記憶によれば、『狂えるオルランド』の前日譚『恋するオルランド』から始まる一連の事件のきっかけを作った元凶の美女だ。


「オレは……ロジェロ。ムーア人(註:スペインのイスラム教徒)騎士だ。

 ここは悪徳の魔女アルシナの都の地下牢。何でもオレ達は、魔女の飼ってる海魔オルクっていう化け物の生贄にされるんだとよ」


「なん……ですってッ……あなたがロジェロ?

 嘘でしょう? なんであなたが捕まってるのよ!?」

「なんでって言われてもなぁ……」


 アンジェリカはひどく狼狽した様子で、ロジェロに食って掛かった。


「そ、そうだ。指輪は? 私の持っていた金の指輪はどこ?

 あなたが持ってるんじゃあないの!?」

「持ってねえよ。それにオレ、今は囚人だぜ?

 仮に指輪を持っていたとしても、アルシナの奴に取り上げられちまってるだろ」


 ここまで答えて、ロジェロはふと会話の違和感に気づいた。


「ちょっと待て。アンタ……アンジェリカと言ったか?」

「え、ええ」


「おかしいな。オレとアンタは初対面だろう? 何でオレの事を知ってるような口ぶりなんだ?

 それにオレが指輪を持っていて当然みたいな事言ってるけど、何でアンタがそれを知ってるんだよ?」


 黒崎はこの物語の原典の展開を知っている。その顛末(てんまつ)は次の通り。

 アンジェリカが海魔(オルク)の生贄にされそうになる所を、助けに来るロジェロ。

 ロジェロはその時、メリッサより託された魔法の指輪を所持しており、偶然にもアンジェリカの指に嵌めて返却する。

 アンジェリカはこれ幸いとばかりに、助けてくれたロジェロに礼も言わずに指輪の魔力を使い、姿をくらます――という話の流れだ。


 つまり「原典を知らなければ」……ロジェロが指輪を持っているなどと知る筈がない。

 ロジェロの指摘を受けて、アンジェリカは驚いた顔をした。


「……あなた、もしかして……この本に『入って来た』人なの?」

「おいおい、マジか。そんな話ができるって事は……まさかアンタも――」


 ロジェロが言いかけた所に、上の階から足音が聞こえてきた。

 途端に二人は空気を読んで押し黙り、何でもない素振りを装った。

 足音の主は先刻も見た、血色の悪い牢番の兵士だ。右手に鍵束を持っている。


「……何の用だ? オレを化け物に食わせるのか?」

「いいえ。助けに来ましたわ――ロジェロ様」


 兵士の声音は、聞き覚えのある清楚な女性のものだった。


「アンタ、もしかして……尼僧メリッサか?」

「はい。ブラダマンテと共に――貴方をお助けに参りました」


「司――いや、ブラダマンテもこっちに来てるのかよ!?」

「ええ。貴方を魔女からお救いするために」


 言ってメリッサは鍵を牢の扉に差し込み、ロジェロの戒めを解いた。


「後は奪われた武具や馬ですわね。それはブラダマンテがアルシナから聞き出し、こちらと合流する手筈ですので」

「待ってくれ、メリッサ。頼みがある。

 隣にいるアンジェリカも、一緒に助け出してやってくれないか?」


 ロジェロの提案に対し、メリッサは露骨に難色を示した。


「しかしロジェロ様、彼女――アンジェリカは、魔女アルシナと同等かそれ以上に、男を手玉に取る悪女ですのよ?

 あなたが気の迷いを起こして彼女に迫り、それをブラダマンテに見られでもしたら……!」


 この世の終わりだと言わんばかりの様子で、青ざめた顔をするメリッサ。


「本人いる前で、すごく失礼な人ねあなたって!

 私は誘惑した覚えなんてないわ! 男どもが勝手に言い寄ってくるのよッ!」


 アンジェリカは心外だとばかりに抗議の声を上げた。


(ああ、この人そっちを心配してるのか。

 確かに原典だと、救出したアンジェリカにロマンスを期待してる描写あったっけなぁ)


「そこは心配しなくていい、メリッサ。

 アンジェリカ。ここから出られたとしても、オレたちに余計なちょっかいを出したりしないよな?」

「……ええ。そんなの、当たり前じゃない……」


 アンジェリカからはもっと詳しく情報を聞き出す必要がある。ロジェロは交渉を成立させるため、務めて冷静に振舞おうとして言った。


「メリッサ。アンジェリカは熟練した魔法使いでもある。

 彼女の助力があった方が、魔女アルシナに対抗しやすいんじゃないか?」


 ロジェロとアンジェリカの奇妙な信頼関係に、メリッサは(いぶか)しんだものの……彼の説得に押され、不承不承納得したようだった。


「ひとつ訊くが――アンジェリカの魔法の指輪は、今はどこにある?」

「それは今、ブラダマンテが持っていますわ」


 アンジェリカに協力してもらう報酬として、牢からの脱出と、彼女の魔法の指輪を返却する契約を結んだ。

 こうしてロジェロ、メリッサ、アンジェリカの三人は共闘関係となり――地上の都にいるブラダマンテと合流すべく動くのだった。

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