2 繰り返し見る夢
現実世界でも黒崎八式が司藤アイに告白してから、数週間後。
二人は幸せいっぱいの日々を送っている――のかと思いきや。
「……お、はよう……黒崎……」
「お、おう……司藤……顔色悪いな」
学校で顔を合わせる度、どういう訳か二人とも疲れた顔をしていた。
心配になった家族や友人が「何があったの?」と声をかけるものの……二人とも曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すだけだった。
原因は――分かっている。二人だけが知っている。
「…………夢、よね?」
「ああ、夢だ。寝たら必ず見るよな?
しかもすっげぇハッキリ覚えてて、めっちゃリアルな奴」
話せば話すほど、嫌な予感は的中していった。
胸が悪くなるぐらい、二人の見ていた夢の内容はピタリと一致していたからだ。
「鎧着て! 馬に乗って! これでもかってくらい槍とか剣とか振り回して!」
「そうなんだよ! そうかと思ったら魔女の奇妙な島に行き着いて、いきなりとっ捕まったりよ!」
アイと黒崎はあれから、夜な夜な同じ夢を見続けていた。
ロクでもなくツッコミ所満載の、しっちゃかめっちゃかご都合主義。それでいて妙に命懸けの場面もあったりするから油断ならない。
「ホント、何なのよコレ。ひっどい物語よね! 誰が脚本書いたのよ!」
「全くだぜ! オレが作者だったらもうちっと、リアリティを重視してだな――」
手酷くこき下ろして、二人で爆笑する――筈であったが。
「おい……大丈夫、か? 司藤……」
アイはふと、一滴の涙が頬を伝っているのに気づいた。
「――え――あれ――?
なんで……泣いてるの、かしら……わたし……?」
どうしようもなく感情が溢れ出てきて、混乱する。
心はきっと理解しているのだろう。だがどうしても、頭の中の記憶が繋がらず、もどかしい。
「司藤落ち着け! しっかりしろ。
とりあえずここはまずい。人目につかない場所に行こう」
折しも朝の登校時間。このままでは生徒や先生に見つかり、要らぬ騒ぎを起こしてしまう。
そう判断した黒崎は、泣きじゃくるアイを連れて演劇部の控え室に向かった。
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ひんやりした薄暗い空間に二人だけ。
黒崎はアイをなだめ、落ち着いて話ができるようになるまで辛抱強く傍にいた。
「……実は昨日の夜、オレの所に手紙が来たんだ。
行方知れずになった、下田教授からの」
「……えっ!」
数か月ぶりに聞いた名前に、アイは驚き――黒崎の取り出した手紙をひったくるようにして奪い、食い入るように中を見た。
意外と達筆であるが小さな文字で、びっしりと細かい内容が書かれている。
『この手紙を君たちが読んでいる頃、私は恐らくこの世にはいないだろう。
あ、違う。別に死んだんじゃなくて、海外に高飛びしたんだ。社会的地位という意味であの世に行った』
「紛らわしい書き方しないでよっ!」アイがつっこんだ。
『何しろ留まっていたら、間違いなく誘拐犯扱いだからな。
西洋史学の教授の地位も諦めざるを得ない。
ま、ぶっちゃけマトモに飯が食えるかと聞かれると微妙な職業ではあったので、あんまり未練はないが』
「失業してるのにこの悲壮感のなさは何なんだ……」黒崎もつっこんだ。
『本題に入ろう。諸君はきっと素晴らしい悪夢にうなされているかもしれない。
だがそれは非常に良い兆候なのだ! 君たちの失われた記憶が、この下田三郎の類稀なる試みによって、蘇ってきている証拠なのだ!
もっともこの方法を突き止めてくれた最大の功労者は、他ならぬ綺織君だったりするのだが』
「じゃあ今までの夢って、先輩のお陰なの?」
「そう、みたいだな……」
『綺織君は本の悪魔との対話から――使われた紙やインク、執筆状況の組み合わせによって魔本が創造された事を突き止めた。
私は以前うっかり、癇癪を起して魔本を1ページ破ってしまったのだが……それが幸いした。
物語を終えて消えた魔本の材料を再び揃え、パソコンUSBメモリに記録した本の内容を元に、失われた記憶を復活させる事ができると仮説を立てたのだ!』
「えっと。じゃあもしかして……わたし達が『月』世界の告白の記憶だけ、残ってたのって」
「偶然にもたまたま、破り取ったページがそこだった、って訳か……」
黒崎がどういう訳か、赤面して俯いたのを見てアイは不思議に思った。
実は告白が成功した日の夜、自宅に帰った黒崎は……喜びの余り有頂天になって色々はっちゃけた挙句、感極まったのか「告白の記憶だけ残ってたなんて、きっと運命。愛の力……!」などと超絶恥ずかしい日記を残していたりする。もしアイに見つかったら、迷わず自殺したくなるであろう。
『羊皮紙に直接万年筆で書かねばならない為、執筆作業に時間がかかる点はご容赦願いたい。
だがいずれ、物語が完成した時、君たちの全ての記憶が蘇ることだろう。
ああ、心配しないでくれ。もう魔本が他人を引きずり込む心配はない。そうならないように初めに書き加えておいたからな』
魔本の根本的な問題は対策済みであるらしい。
つまり今は何処に居るとも知れぬ、下田教授の執筆の結果……アイと黒崎の記憶は少しずつ蘇り、その余波が夢の中に現れているといった所なのだろう。
「……メリッサも。アストルフォも。マルフィサも……みんないるんだ。消えたんじゃないのね。
あの冒険の日々も、忘れずに……いられる、んだ……あは、は……」
これまでずっと抱えていた、正体不明の悶々とした感情の答えが出た。
繰り返す夢は悪夢ではなかった。「忘れたくない」と最後まで願い続けた、アイと黒崎の思いが――叶った事の証明だった。
安堵と、喜びと、疲労で、アイはまた泣いてしまった。今度は嬉し涙だった。
そんな彼女を優しく抱きしめた黒崎の顔は見えなかったが――微かに震えているのが伝わる。彼もきっと、アイと同じ気持ちだったのだろう。
『そうそう、綺織君とその姉・麗奈さんがどうなったかだが……
それについては本が完成したら君たちの下に送る事で、回答とさせて貰う。ま、元気でやっているそうだから心配しなくていい』
下田教授の手紙はそう締めくくられて終わっていた。
この日以来、二人は眠りにつくのが密かな楽しみに変わっていった。
* 登場人物 *
司藤アイ
演劇部所属の女子高生。16歳。
黒崎八式
司藤アイの同級生にして悪友。腐れ縁で、かつては犬猿の仲だった。
下田三郎
環境大学の教授。30代半ば。アイの異世界転移を引き起こした張本人。




