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1 初めて『ではない』告白

 現実世界でアイや黒崎が失踪した期間は、二週間にも満たなかった。

 しかしそれだけ音信不通で姿をくらましたという事で、当然ながら捜索願が出される事に。


「まさか本当に、サブちゃんの言う通りだったとはな……

 二人とも、もう心配は要らない! 無事に家に帰れるぞ!」


 程なくして、足立(あだち)と名乗る刑事が講師室に乗り込んできて、二人は保護された。

 状況証拠や周囲の証言から、下田(しもだ)三郎(さぶろう)教授が二人を誘拐した犯人として扱われてしまったようだ。


(だからいなかったのかしら。呑気してたら捕まっちゃうから……)


 結局アイも黒崎も被害届を提出しなかったので、事件には発展せず沈静化した。


(でも、わたしと黒崎は……なんで大学の講師室なんかに、いたんだろう……?)


 失踪したとされる二週間、自分たちが何をやっていたのか。思い出せない。

 記憶が薄れるにつれ、何故泣いていたのかすらも判らなくなっていた。


 釈然としないながらも、司藤(しどう)アイと黒崎(くろさき)八式(やしき)は――また日常へ、高校生活へと戻っていった。


**********


 二か月後。

 黒崎はアイの所属する演劇部に、しばしば入り浸るようになっていた。


 以前は何かと口論の絶えない犬猿の仲だったのに……周囲からは後ろ指をさされたりもしたが。

 それでも黒崎はアイの下へ通い続けた。演劇部は何かと雑用や道具作りの仕事も多く、人手が常に足りなかったのだ。


「いつもありがと、黒崎」

「気にすんな。オレは帰宅部だし、割合ヒマしてっから」


 アイは劇の練習をする事もあったが、裏方の仕事に従事している時も多かった。

 実際に外から見ただけでは分からない、地道な努力。先輩に雑用を押し付けられたりしても、アイは嫌な顔ひとつしない。むしろ笑顔や冗談で部員たちの雰囲気を和ませていた。


「楽しそうで何よりだよ」

「他人事みたいに言わないでよ。アンタだって……立派な仲間なんだから」


 ある時、黒崎はふと尋ねてみた。


「本当に舞台俳優を目指すのか? 司藤(しどう)

「うん。大変なのは分かってる。でも……それでも、やってみたい。

 部長とも相談したの。わたし、東京に行くわ」


 アイが言うには、演劇に携わる劇団は都会――東京に集中しているそうだ。

 そこで芝居について学べる大学に通いつつ、あちこちの劇団を見て回り、自分の気に入った所に弟子入りする……というのが、彼女の将来的なプランだった。


「へえ……決心ついたんだな」


 口で言うほど簡単な話ではない。幾度も挫折を味わうだろうし、何より経済的に苦しい状況が続くかもしれない。

 だが今後の方針について語るアイの瞳には、情熱と覚悟が宿り――輝いていた。


 黒崎はそんな彼女を見ている内に――自然と言葉が、するりと口から出ていた。


司藤(しどう)。オレはお前のことが好きだ。

 お前の夢を応援したい。だから一緒について行ってもいいか?」

「……………………えっ」


 余りにも自然体で発された故か、アイは黒崎の台詞がプロポーズだと気づくのに時間がかかった。


「す、好きって……その……」

「幼馴染や友人としてじゃなく、一人の女として、お前のことが好きだ」


 何故だろう。初めて告白した筈なのに。どこか聞き覚えのある内容だった。

 黒崎だけでなく、アイも同じように考えていた。


「……でもそれ以上に、夢を追いかけてるお前と一緒にいたい。支えになりたい。

 そう思うようになったんだ。……お前はオレの事、嫌ってるかもしんねえけど、よ……」


 勢いで口に出したものの、黒崎は今までの事を思い返していた。

 当時孤立しかけていた彼女の為だったとはいえ、客観的に見れば随分と酷い事を繰り返してしまっていた。

 だから拒絶されても仕方ないかもしれない。覚悟の上での告白だった。


「……嫌ってなんかないわ。黒崎の気持ちはすごく嬉しい」


 意外にもアイはするりと本心を述べ――彼のプロポーズを受け入れた。

 ストレートすぎる故か、互いに赤面する場面もあり、たまたま通りがかった後輩部員に囃し立てられた一幕もあったが。


「でも、不思議ね? 初めて聞いた話じゃない気がする。

 黒崎の告白、昔フッたりした事……あったっけ?」

「いや……そんなハズはねえ、と思うんだが……でも、確かに妙だな。

 デジャヴ、ってヤツか? 昔似たような事やった記憶があるわ。すげえ真っ暗な場所でさ――」


 そこまで言いかけて、二人は思い出した。

 「月」世界。アイが己の過去に触れ、レテ川で存在を消失しかけた時のこと。


 その折、確かに黒崎は――絶望しかけていたアイを励ます意味も兼ねて、彼女に想いを伝えていた。


(でも……なんでだ? 何故そんな記憶だけが残っているんだ?

 前後の繋がりがまったく思い出せねえ。こいつは一体……?)


 断片的な「物語」世界の記憶。アイと黒崎の共通認識。

 唯一この出来事だけが忘れ去られず、二人の心に残っていた理由が明らかになるのは――もう数週間先の話である。

* 登場人物 *


司藤(しどう)アイ

 演劇部所属の女子高生。16歳。


黒崎(くろさき)八式(やしき)

 司藤アイの同級生にして悪友。腐れ縁で、アイとは犬猿の仲。


足立(あだち)

 下田の同級生にして親友。捜査一課所属の警察官。

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