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27 狂気を司る者

 放浪の美姫アンジェリカ――錦野(にしきの)麗奈(れな)を影の触手で雁字搦(がんじがら)めにした本の悪魔は、笑みをへばりつかせて愉快そうな声を上げた。


『はじめましての人もいるから、自己紹介させてもらおうかなァ?

 ボクの名前はFurioso(フリオーソ)。魔本に宿る意思。物語世界の終わりと始まり――そして狂気を司る者』


 原典において「月」の世界は、様々な過去の記憶や、感情が転がっている空間とされる。

 だが唯一の例外がある。月の世界に「狂気」だけは存在しない。何故なら狂気とは月へと昇らず、常に地上を漂っているものだから――と、「狂えるオルランド」の作者アリオストは物語の中でそう綴っている。


Furioso(フリオーソ)……魔本……?」

 囚われたアンジェリカは、息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

「やっぱり……いたんだ……この世界を裏で操ってる……元凶がッ……!」


『元凶? 人聞きの悪い事を言わないでくれるゥ? ボクはこの世界が崩壊しないように律している存在なんだよ?

 キミ達が散々原典と異なる行動を取り続け、綻びかけた物語をどうにか繋ぎ止めているってのにさァ!』


「世界を律する、だって……神とでも言うつもりかい?

 その割には随分せこい真似をしているね。アンジェリカを人質に取るなんて……三流悪役もいい所だ」


 アストルフォの蔑むような言葉に、本の悪魔は笑みを大きくする。


『これも仕方ない事なんだよ、イングランド王子アストルフォ。

 キミ達はメリッサの秘術を駆使してまで、月世界へと到達してしまった。

 いや正確には、死と忘却の川レテに来てしまった。ここは本来、役目を終えた者たちが終焉を迎える為の場所だというのに』


「不死身の『怪物』を滅ぼす為ですわ。

 その為には、どうしてもここに来ざるを得なかった」


 メリッサの言い分に、本の悪魔はつまらなさそうにチッチッ、と舌を鳴らす。

 そしてアンジェリカを締め上げている触手に強い力を込めた。


「……あッ……ぐァッ……!!」

『キミ達さぁ……言ったハズだよ。ボクは物語世界を律する者だと。

 そのボクに対し、くだらない隠し事が通用するとでも思ってんの?

 ボクは知っている――キミ達がレテ川に来た本当の目的をねェ』


 Furioso(フリオーソ)の愉悦に満ちた声。アンジェリカだけでなく、アストルフォとメリッサの表情も強張る。


(何……どういう事? メリッサ達、『怪物』を倒す為だけじゃないって――)


 ブラダマンテ――司藤(しどう)アイは、彼女たちの作戦について何も聞かされていない。


「……バレてた……みたいね……」

 アンジェリカは苦しげに呻き、観念したような声を上げた。

「きっかけは……ロジェロからアトラントさんの遺言を聞いた時だったわ。

 『輪廻を終わらせるため、円環を断て』と。最初は何の事か分からなかった」


 何故自分が『怪物』に執拗に狙われ続けたのか?

 アンジェリカは自問自答の末、アトラントの遺言の意味を理解した。輪廻を終わらせる為に断つべき「円環」とは――


「でも……今なら分かる。あなたが直接襲ってきたのが何よりの証拠。

 『怪物』の真の狙いは、私の所有物である黄金の指輪。そうなんでしょう?」


 アンジェリカの持つ指輪は、ブラダマンテもかつて利用した事があった。

 あらゆる魔術から身を守り、解除するだけでなく、口に含めば姿を消せる力まで持つ。


「アンジェリカの指輪が……『怪物』の目的?」


 アイは腑に落ちなかった。確かに強い魔力を秘めた指輪であるが、何故「怪物」はこれに執着したのか?


「確証が持てたのは、ボクがロジェスティラの呪文書を紐解いた時だった」とアストルフォ。

「ボクたちの世界は、何度も繰り返されているらしい。でもそれこそが――物語を繰り返す輪廻が、何者かによる魔術であるとしたら?

 物語が終わった時、もう一度最初からやり直す為に……術を解除する必要があるのだとしたら?」


 アストルフォの持つ呪文書には記されていた。

 繰り返される物語そのものが「本の悪魔」の魔術であり、指輪を用い解除する事で元に戻す事になると。


「案の定――指輪を始末する事が、輪廻を終わらせる為の唯一の方法でしたわ」

 メリッサが後を継いで言った。

「しかし黄金の指輪もまた、地上のいかなる方法を用いても破壊する事の出来ない魔道具――」


『だからこそ――代償を支払ってまでマラジジの転移術を再現したんだねェ』

 Furioso(フリオーソ)はニヤニヤと笑っていたが――声はむしろ怒りを滲ませているようであった。

『うん、キミ達の推測は全部正解。大当たりだよ!

 まさか指輪をどうにかできる寸前まで行くとは、ボクも思わなかった!

 でもアンジェリカの指輪をレテ川に投げ込まれちゃったら、物語をやり直す事ができなくなっちゃう。

 それはダメだ。実にいただけない。この世界を維持する為に、今までやってきた事が全部台無しになる』


 アストルフォとメリッサは、アンジェリカを救出しようとしていたが――


『妙な真似はしない方が身のためだ。殺されたくなければねェ』


 本の悪魔は目敏(めざと)く二人の動きを察知し、さらに彼女の喉元を締め上げた。


「く…………ッ!?」

『恨むなら司藤(しどう)アイを恨むんだねェ? 彼女がキミの――錦野(にしきの)麗奈(れな)の記憶の瓶など月から持ち帰らなければ……何も問題は起きなかった。

 アンジェリカとメドロはとっくにヨーロッパの地を離れ、物語から退場していたハズだったんだ』


 ブラダマンテもアンジェリカを助けるべく動きたかったが、今は「怪物」と対峙している。

 彼女一人だけでは、とてもではないが救援に向かう事は不可能だった。


(せめて黒崎がここにいれば。なんで肝心な時にいないのよ、アイツ……!

 でも……綺織(きおり)先輩が言ってたわね。Furioso(フリオーソ)は直接わたし達に危害を加えたりはできないって。

 それがどうして、今アンジェリカを拘束できているの……?)


 同じ疑問はアンジェリカも抱いていたらしい。

 黒い影に覆われた異形の悪魔。その隙間から垣間見えたのは――


「……! 浩介(こうすけ)……!?」

『フフフククク。月世界に来る際、彼にもちょいと協力してもらってねェ?

 ここは精神世界だから、ボクもより彼の肉体に干渉しやすくなったのさ。

 だから怪物に闇を纏わせてカモフラージュできたし、隙を突いてキミを捕える事もできた』


 本の悪魔は勝ち誇り、その異形に相応しく邪悪な声で囁いた。


『キミの弟の身体を借りているよしみだ。取引をしようじゃないか?

 黄金の指輪をボクに寄越せ。そうすればボクも物語の大団円(ハッピーエンド)に協力しよう。

 怪物の鱗帷子(スケイルメイル)にかけた術だって解除してやってもいい。

 そうすればブラダマンテは助かるし、彼女の魂である司藤(しどう)アイは現実世界へ帰る事だってできる。

 キミ達はこの世界に囚われたままになっちゃうけど……それもしょうがないよねェ?

 世界を新たに構築する為に、キミ達人間の持つエネルギーが必要なんだ。今までずっとそうして、ボクの魔本は物語を繰り返してきた。

 黒崎くんや綺織くんは実に素晴らしい逸材だった! 次に構築する世界が楽しみだよ。より素晴らしくより完全な、新たな物語が生み出せるに違いない!』


 猫なで声のFurioso(フリオーソ)に対し、麗奈(れな)は無言のままだった。


『……いつまで押し黙っている気だい? これ以上苦しみたくないだろう?

 助けは来ない。こちらに近づいてくる気配もないからね。何だったら、腕ずくで指輪を奪ったっていいんだぜ?』


 やや苛立ちを含んだ悪魔の言葉に――彼女は大きく息を吐くと、何を思ったのかけたたましく笑い出した。


「あははははッ……はァははははあはははッ!!」

『何がおかしい? 気でも違ったのかい?』


「あなた……自分を神様みたいに……(うそぶ)いてたけど……

 言うほど万能じゃ……ないのね」


 アンジェリカは呼吸を乱しながらも、笑みを作ってみせた。


「残念だけれど、貴方との取引には応じられない。

 何故なら私は――指輪なんて持っていない(・・・・・・)もの」

『何、だとォ…………!?』


 彼女の言葉が終わらぬ内に、突如「怪物」に異変が起きた。

 ブラダマンテと間合いを離され、再び襲いかかるのかと思いきや――大きく軌道を変え、女騎士の横を素通りしたのだ。アンジェリカのいる方角ですらない。


『なッ…………何をやってんだロドモン! どこ行く気だァ!?』

「まだ気づかないの、あなた? 『怪物』の方がよっぽど正しく状況を認識してるみたいじゃない」


 「怪物」の駆け出した先。レテ川の上流を見て、Furioso(フリオーソ)は目を(みは)った。

 そこにいたのは黄金の指輪を持ったロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)だったのだ。

* 登場人物 *


司藤(しどう)アイ/ブラダマンテ

 演劇部所属の女子高生。16歳。

/才色兼備のチート女騎士。クレルモン公エイモンの娘。


黒崎(くろさき)八式(やしき)/ロジェロ

 司藤アイの同級生にして悪友。腐れ縁で、アイとは犬猿の仲。

/ムーア人(スペインのイスラム教徒)の騎士。ブラダマンテの未来の夫となる。


錦野(にしきの)麗奈(れな)/アンジェリカ

 綺織浩介の実の姉。物語世界に囚われている。

契丹(カタイ)の王女。魔術を操り、男を虜にする絶世の美姫。


綺織(きおり)浩介(こうすけ)/レオ

 環境大学の二回生。司藤アイが淡い恋心を抱く憧れの先輩。

/東ローマ帝国の皇太子。後にブラダマンテに結婚を迫る。


メリッサ

 預言者マーリンを先祖に持つ尼僧。メタ発言と魔術でブラダマンテを全力サポートする。


アストルフォ

 イングランド王子。財力と美貌はフランク騎士随一。だが実力は最弱。


「怪物」

 夜な夜なアンジェリカをつけ狙う化け物。アルジェリア王ロドモンの成れの果てか。


Furioso(フリオーソ)

 魔本「狂えるオルランド」に宿る悪魔的な意思。この事件の黒幕。

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