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23 連携と発想の転換

 ベオグラードの戦場にて、本来は利害の異なる者たちや、軍隊が一つの目的の為まとまった。

 女騎士ブラダマンテ。その恋人の騎士ロジェロ。東ローマ皇太子レオ。

 契丹(カタイ)の王女アンジェリカと、その恋人メドロ。イングランド王子アストルフォに、インド王女マルフィサ。

 ブルガリア軍と、東ローマ軍の精鋭たる皇帝親衛隊(ヴァリャーギ)


 つい先刻まで敵味方に分かれて戦っていた彼らが、川から出現した赤い鱗帷子(スケイルメイル)の「怪物」に立ち向かうため。

 「怪物」がつけ狙っている美姫アンジェリカを守るため、共闘するのだった。


「皆、下がって! この『怪物』は血を(すす)る事で力を増す!

 いたずらに傷を負い、命を散らす事は敵を利する行為に他ならない!」


 ブラダマンテ――司藤(しどう)アイは声高に叫んだ。

 パリ攻防戦で嫌というほど思い知らされた、怪物の纏う鎧の恐るべき能力。

 加えて着用者たるアルジェリア王ロドモンは、かつて女騎士(ブラダマンテ)が殺している。にも関わらず生き返り、全身を腐らせ損壊させながらも、なお蠢くのをやめない。


 マルフィサが重傷を負うのと引き換えに与えた、腹部の大穴が――却って不安と絶望を際立たせていた。


(……こんな『化け物』を、本当に倒せるのかしら?

 倒す手段があるとして、一体どうやって……?)


 ブラダマンテの警告に、周囲の軍勢は「怪物」を遠巻きにして、防御陣形の構えを見せた。

 今はこれでいい。乱戦に持ち込み、多勢に無勢で押し潰せるような敵ではないのだから。


「すまない、ロジェロ兄さん……」

 脇腹を損傷し、力なく横たわるマルフィサ。

 くぐもった声と吐血からして、肋骨の数本は折られてしまっているだろう。


「何言ってんだマルフィサ。お前はよくやってくれた。養生してろ。

 ……むしろ、駆けつけるのが遅くなって悪かったな」


 ロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)は妹に優しく声をかけると、鋭い視線を「怪物」に向けて魔剣ベリサルダを構えた。


「よくも大事な妹を……許さねえぞ、化け物めッ」


 闘志を燃やすロジェロと同時に――ブラダマンテも武器を抜いた。


(右腕の痛みも大分引いてきたわ。流石メリッサの『加護』ね)


 彼女の武器は両刃剣(ロングソード)のように見えたが、違った。刃は刀のように片側だけに存在し、先端の形状が分厚くなっている。

 これもまたアフリカ大王アグラマンから得た戦利品(トロフィー)であり、ブラダマンテ自身が選んだ得物。ダマスカス鋼を用いて鍛えた片刃の剣――ファルシオンであった。


「行くわよ、ロジェロ!」

「おうッ!」


 ブラダマンテとロジェロは呼吸を合わせ、「怪物」へ同時に踏み込んだ。

 凄まじい速度による高度な連携。「怪物」は折れかかった半月刀(シャムシール)を構えて応戦したが、二人の騎士による同時攻撃を防ぐ事すらままならない。

 たちまちの内に刀は折れ、吹き飛び、怪物は丸腰になった。ベリサルダとファルシオンの刃が次々にヒットし、元々傷だらけだった鱗帷子(スケイルメイル)は見る間に削られ、切り刻まれ、腐肉や腐汁が飛び散る。


 二人の息の合った絶妙なコンビネーションに、「怪物」はなす術もなく翻弄されていた。

 激闘を固唾を飲んで見守る周囲の者たちから歓声が上がる。これで敵が不死身の化け物でなければ、苦もなく決着がついただろう。


 それだけに皆、恐れていた。二人の連携が途切れた時に起こるであろう、怪物の逆襲を。

 出来うる事なら皆で取り囲み、撃ちかかって貢献したい。しかし――今この状況では難しい。卓抜した実力と相性の良さを兼ね備えているからこそ、二人の騎士は圧倒的な剣技を可能にしているのだ。他者が取って代わろうとすれば、あっという間に優勢は崩れ、再び阿鼻叫喚の地獄が戦場に現出するであろう。それは誰しもが痛感しているのだった。


**********


 レオ皇太子――綺織(きおり)浩介(こうすけ)Furioso(フリオーソ)に呼びかけた。


Furioso(フリオーソ)、答えろ。

 あの怪物を殺す手段はあるのか?」


『その質問をするのが、ちょっとばかり遅すぎたんじゃない?』

 綺織(きおり)の影に潜むFurioso(フリオーソ)は、蔑んだように答えた。

『結論から言えば、今のキミ達に彼を殺す事はできない。

 何故なら奴はとうの昔に、ブラダマンテによって殺されているのだから。

 一度殺された者はもう殺す事はできない。常識だよねェ?』


「ぐッ…………!」綺織(きおり)はぎり、と歯を軋ませた。


『まァでもさァ。その場しのぎでしかないけど……今のうちにアンジェリカを避難させれば、彼女の命を救う事はできるよ。

 あの二人には囮になってもらって、時間稼ぎをすればいい。

 それすら(いと)うようなら、キミの率いる皇帝親衛隊(ヴァリャーギ)らに命じて肉壁になって貰えばいいんじゃない?』


 本の悪魔の提案は徹頭徹尾冷酷ではあったが、合理的なものだった。

 「怪物」を殺す明確な手段がない以上、アイと黒崎がどれほど連携して圧倒したとしても、徒労に終わる。


(一体どうすれば……む? いや、待てよ……)


 綺織(きおり)は焦燥に駆られつつも、限られた時間で考えに考え抜いた。


「……もしかすると、僕はとんでもない思い違いをしていたのかも知れないな」

『どういう意味だい? 綺織(きおり)浩介(こうすけ)


 今確かにFurioso(フリオーソ)は言った。「怪物を殺す手段はない」と。

 この悪魔は嘘「だけは」つかない。言葉だけを捉えれば、絶望的な事実のように聞こえる。知らず知らずの内に語る言霊に仕込まれた「毒」が、聞く者の心を蝕むのだ。悪魔と呼ぶに相応しい狡猾ぶりであった。


(でも奴は……あの『怪物』の元だったロドモンは、ブラダマンテに一度殺されている。

 殺されている者を殺そう、などと考える事自体、そもそもの間違いだったんだ)


「質問を変えようか。奴の命を絶つのではなく、動かなくするためにはどうすればいい?」

『ッ…………!!』


 本の悪魔は言葉を詰まらせたものの……不本意そうに口を開いた。


『奴の本質に多少なりとも気づいたようだね。残念だなぁ。

 ロドモンの肉体にはすでに魂など宿っていない。アレはすでに死んでいる。

 にも関わらず動いているのは、赤い鱗帷子(スケイルメイル)の力だ』


 苦々しく答える悪魔に対し、綺織(きおり)はニヤリと笑った。

 気づいてしまいさえすれば、何の事はない話。そう思えたからだ。


「やはり……そういう事か。ではロドモンの肉体ではなく鱗帷子(スケイルメイル)を破壊すればいいのだな?」

『言うほど簡単じゃないよ。並大抵の力じゃ傷をつける事すら困難だ』


「でも不可能じゃない。ロジェロの妹マルフィサが、騎馬突撃で大穴を開けているからね。

 ブラダマンテとロジェロの持つ武器ならば、あの鎧にもダメージを与えられる」


 Furioso(フリオーソ)が押し黙ったのを見て、綺織(きおり)は大声で叫んだ。


「ブラダマンテ! ロジェロ! その調子だ!

 怪物の肉体ではなく、鱗帷子(スケイルメイル)を削り、破壊する事を狙うんだ!

 怪物(ヤツ)を突き動かし、力を与えているのは間違いなくその鎧の方だからな!」


 綺織(きおり)――レオ皇太子の鼓舞に、その場を覆っていた恐怖の空気が一転し……二人の騎士を激励する歓声が沸き起こった。


 勢いづく彼らを見て、Furioso(フリオーソ)は渋面を作ったが――密かに口の端を吊り上げていた。


(うん、間違っちゃいない。間違っちゃあいないよ、綺織(きおり)浩介(こうすけ)

 確かに鱗帷子(スケイルメイル)を攻めるのは正しい判断だ。でもそれだけじゃ『足りない』。

 せっかくのいい雰囲気だし、言わないでおいてあげよう。上げて落とされた時の絶望感のほうが、ボクにとって最高のショーになるからねェ!)

* 登場人物 *


司藤(しどう)アイ/ブラダマンテ

 演劇部所属の女子高生。16歳。

/才色兼備のチート女騎士。クレルモン公エイモンの娘。


黒崎(くろさき)八式(やしき)/ロジェロ

 司藤アイの同級生にして悪友。腐れ縁で、アイとは犬猿の仲。

/ムーア人(スペインのイスラム教徒)の騎士。ブラダマンテの未来の夫となる。


綺織(きおり)浩介(こうすけ)/レオ

 環境大学の二回生。司藤アイが淡い恋心を抱く憧れの先輩。

/東ローマ帝国の皇太子。後にブラダマンテに結婚を迫る。


マルフィサ

 インド王女。ロジェロの生き別れの妹であり、勇猛果敢な女傑。


「怪物」

 夜な夜なアンジェリカをつけ狙う化け物。アルジェリア王ロドモンの成れの果てか。


Furioso(フリオーソ)

 魔本「狂えるオルランド」に宿る悪魔的な意思。この事件の黒幕。

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