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7 メリッサ、放浪の美姫アンジェリカと会う

 女騎士ブラダマンテが、正面切ってアルシナの都に乗り込んでいた頃。

 尼僧メリッサは変身魔法を使い、都の住人の一人に化けて潜入していた。


 住人たちは歓待の準備に大忙し。そのドサクサに紛れて容易に入り込む事ができた。


(道歩く人々、皆一様に美男美女ばかりですわね……余り私の趣味ではありませんが)


「……ねえ、聞きまして? また新たな騎士様が街を訪れたんですって」

「アルシナ様のお眼鏡に適ったんでしょうね。私たちも忙しくなりますわ」


 道中メリッサは、貴婦人二人の密めき話を聞きつけた。

 自然な風を装い、二人の話に割って入る。見慣れぬ美女が姿を現しても、彼女らは意に介さず怪しむ様子もない。

 話題に出てきた新たな騎士とは、やはりブラダマンテの事であった。


「また、という事は……以前にも騎士様が?」メリッサは尋ねた。

「ええ。ご存知ないのかしら?」

「……無理もありませんわ。以前来られた騎士も、美男子(ハンサム)な方でしたが……すぐに不興を買って、地下牢に閉じ込められてしまったんですもの」


 メリッサの予測通り、地下牢に囚われたという騎士の特徴は、ロジェロのそれと一致した。


「しかしその騎士、何の罪を犯したのか知りませんが……

 アルシナ様はどうするおつもりなのかしら?」

「聞いた話では、アルシナ様の飼っている……海神プロテウスの放った魔物の餌にするそうよ」


(なッ…………!?)


 ゾッとするような談笑をする貴婦人たちの言葉に、メリッサは驚愕した。

 彼女らの話す「海神プロテウスの魔物」については、伝承に聞いた事がある。

 獰猛で漁民をしばしば襲うため、定期的に清らかな乙女を生贄として捧げる風習があるという。その怪物の名は、海魔オルク。


(魔女アルシナは、伝説の海魔オルクまで手懐けているというの?

 急がなくては。ロジェロ様を怪物の犠牲にさせる訳にはいきませんもの……!)


 メリッサは巧みに変身魔法を駆使し、都の人々から地道に情報を集めていき。

 ついに都の地底深くにある、ロジェロの囚われた牢獄の正確な位置を突き止めたのだった。


**********


 都の遥か下に存在する地底湖は、外海と細い川で繋がっている。

 メリッサは血色の悪い、牢番の兵士になりすまし――ロジェロがいるという牢の場所へと降りていた。

 途中、湖に設けられた小さな船着き場が目に入る。

 そこに一艘の艀舟(はしけぶね)が入り込んできていた。


 舟には二人の人物が乗っている。

 一人はみすぼらしいボロ布を纏った隠者のような老人。もう一人は全身布にくるまれ横たわっており、正体はよく分からなかった。


「……おおい、そこな兵士よ。運ぶのを手伝ってくれ」


 隠者は枯れた声でメリッサに呼びかけ、船着き場に(はしけ)を繋いだ。


 メリッサがここに来るまでに聞いた情報によれば、アルシナの都の周辺は岩礁が多く、大型船は寄り付けない。

 なので地底湖に入れるのは、それこそ(はしけ)のような小舟だけだ。しかし……海魔オルクがうろつくような海を、いとも簡単に舟で行き来できるこの老人、恐らく只者ではない。


 メリッサは隠者の声を無視する訳にも行かず、怪しまれぬため彼の手伝いをする事にした。


「……そいつは何だ?」メリッサは男の声音を作って、布に包まれた人物について尋ねる。


「決まっておるだろう。儂の役目は、海魔オルクの(にえ)となる餌探しよ。

 今回のはとびきりの上物じゃぞ? この地上に、あれほどの美女がおるとは思わなんだ――」


 隠者は年甲斐もなく興奮気味であり……やがて気まずさを感じ取ったのか、わざとらしく咳払いして取り繕った。


「――無論、我らが主・アルシナ様には遠く及ばぬがのう」


 悪徳の魔女アルシナも信じがたい美貌の持ち主であるのに、隠者にそう言わしめるほどの美女。

 果たして隠者とメリッサは、舟に横たわったままの人物を岸へと運び込んだ。

 その時、覆っていた布がめくれて姿が露わになった。


(!? この女性(ひと)は……!)


 メリッサは思わず息を飲んだ。老人が熱を上げるのも無理からぬほどの、麗しき顔が覗いたからだ。

 連れて来られた人物の正体は、放浪の美姫アンジェリカ。遠い異国の王女であり、その姿を一目見た男は、誰もが恋せずにはいられないという。


「ふぉーっふぉっふぉ。どうじゃ? 凄かろう?」


 隠者は得意げに、気絶したアンジェリカを生贄収監用の独房に押し込めた。


「……ええ、確かに。どこで見つけてきたんですか?」


 メリッサは不自然にならない程度に、兵士に化けた顔を紅潮させて尋ねた。


「南フランスのプロヴァンスでな。フランク騎士とサラセン騎士が彼女を巡って争っている隙に、助けてやると言いくるめて騙して連れてきたのじゃよ。

 連れてくる最中、儂も若かりし頃の情熱が蘇ってしもうた……のじゃが……」


 老人は得意満面の様子だったのが、いきなり沈んだ面持ちになった。


「……どうしたんです?」

「立たなかったんじゃよッ! これほどの美女を目の前にして……!

 何故じゃ! 我が馬はすでに、再起不能の駄馬となっておったのか……!」

「…………」


 何ともやるせない低俗な話であるが、メリッサは隠者の言い分から、この美姫が間違いなくあのアンジェリカであると確信した。


 契丹(カタイ)から来たという彼女は(つまり中国人なのだが、どういう訳か金髪碧眼である)、麗しき姫君であると同時に、卓抜した魔術の使い手でもあった。

 今はブラダマンテが所持している、あらゆる魔術を無効化できる指輪も、元々はアンジェリカの所有物である。


 ふと背後から気配を感じ、メリッサは振り返った。

 がっしりした体格の横柄そうな中年男が現れ、顔面蒼白になった隠者の脇腹を掴み上げる。


「ジジイてめェ! 今確かに聞いたぞ。何、海魔(オルク)(にえ)候補に手ェつけようとしてんだァコラ!」

「そんなッ! 後生じゃ。一瞬の気の迷いだったのじゃ。お許し下され――!」


 意気消沈して連行されていった隠者を見送った後……メリッサはアンジェリカを閉じ込めた独房の隣に、探し求めていたロジェロの姿を認めた。

 囚人として最低限の衣食しか提供されていないのか、みすぼらしく痩せ衰え……メリッサの来訪にもほとんど反応を示さなかった。


(困りましたわね。ロジェロ様お一人だけなら、すぐにでも脱獄させて……と考えておりましたが。

 アンジェリカ様はどういたしましょうか……)


 一人でアルシナの都に正面から乗り込んでいるブラダマンテも気懸かりだ。

 メリッサは連絡と今後の相談のため、一旦は地下牢を後にした。

* 登場人物 *


アンジェリカ

 契丹カタイの王女。魔術を操り、男を虜にする絶世の美姫。

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