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22 「怪物」打倒のための共闘・後編

 ブラダマンテとロジェロ、レオ皇太子の三人はそれぞれの愛馬に跨り、美姫アンジェリカの救援へと向かった。


「なあ、司藤(しどう)……」

 馬を並走させ、ロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)女騎士(ブラダマンテ)に尋ねた。

綺織(レオ)と会って話したって事は、その……聞いたのか?」


 何とも歯切れの悪い質問だが、無理もなかった。

 物語の大団円(ハッピーエンド)を迎える為、ブラダマンテとロジェロの結婚を成し遂げたとしても――現実世界に帰れるのは一人だけ。ブラダマンテ役の司藤(しどう)アイのみという事実を知っているか否か。もし知らなければ、今は伝えるべきではないと思ったからだ。


「……うん、聞いたわ」アイは彼の意図するところを察し、端的に答えた。

綺織(きおり)先輩から。彼に助言をしている黒い影――Furioso(フリオーソ)さんからも。

 物語を最後まで進めても、帰れるのはわたしだけだという話……よね?」


「そうか……もう知っちまったんだな……」

 消沈したような、安堵したような声で呟く黒崎。


「何シケた顔してんのよ。下田(しもだ)教授から聞いたわよ?

 アンジェリカ――麗奈(れな)さん達が対策を練っていて、動いてくれてるんでしょう?

 わたし達みんなで一緒に、現実世界に帰るための術を。

 今メリッサがこの場にいないのも、解決方法を得るためなのよね」


「確かにそうだけど……それが上手く行くって保証はどこにも――」


 黒崎の言葉を、アイは人差し指を出して遮った。

 馬で並走しながらなので、当然唇を塞げるような距離ではない。

 しかしながらアイの仕草と口調は、ネガティブになっていた黒崎の心情を幾らか軽くしてくれた。


「今は皆を信じましょ。どんな物事だって、100%上手くいく保証なんてないでしょ? やる前からそんな暗い事言っちゃって。

 失敗したら失敗したで、その時また考えればいいじゃない。

 なんだったら先輩の言い分を飲んで、皆でここで暮らしたっていいと思うし。

 もちろん、黒崎も一緒にね」


「え、おま、ちょっ――」


「かつて月世界で黒崎(アンタ)が言ってくれたように。

 ここでの暮らしも案外悪くないかもしれない。変に気負うのはやめましょ?

 今は麗奈(れな)さんを助ける事に、集中しなきゃだし」


 これから戦いに赴くというのに。

 相手は殺しても死なない、赤い鱗帷子(スケイルメイル)の「怪物」だというのに。

 そして何よりも、これまで自分たちが頑張ってきたのは――現実世界へ脱出するためだというのに。


 司藤(しどう)アイは爽やかな笑顔を黒崎に向けている。今この瞬間を楽しんでいるようですらある。

 アイの言い分は過去に黒崎が、絶望していた彼女を励ますためにかけた言葉であったが。


(自分の考えとして、言葉として。受け入れてくれたんだな……

 捨て鉢になったんじゃねえ。余裕ができたんだ。本当にいつの間にか――成長、してたんだ)


「ああ……そうだな。お前の言う通りだ、司藤(しどう)

 ゴチャゴチャ余計な事を考えてる場合じゃねえ。急ごうぜ」


 黒崎は照れ隠しなのか、魔馬ラビカンにハッパをかけ、女騎士を追い抜いた。


(ここまで吹っ切れられたのも、あの時の黒崎の言葉があったから。

 遠く離れていても、独りぼっちでも。どれだけ支えになったか――)


 これ以上は言葉を重ねるのも無粋だろう。行動で示さなければ。

 そう思い直したアイもまた、馬足を速めるのだった。


**********


 赤い鱗帷子(スケイルメイル)の「怪物」は、戦場に腐臭と瘴気を撒き散らしつつ、立ちはだかる者全てに牙を剥いた。

 背後を突かれる形となった皇帝親衛隊(ヴァリャーギ)らは「怪物」の存在に気づき、戦力の一部を差し向けたが――


「何だコイツは……いくら突いても、切り刻んでも死なねえ!」


 屈強にして死をも恐れぬ荒くれ部隊といえども、眼前の化け物の異質ぶりに動揺を隠せなかった。

 戦場の異変に、最前線で戦っていたインド王女マルフィサも目ざとく勘付く。


(アレはまさか……パリでもアンジェリカを襲おうとした『怪物』かッ)


 次々とヴァリャーギらを屠り、鮮血を浴び続ける「怪物」。

 ボロボロの醜悪な姿であるが、身に纏う鱗帷子(スケイルメイル)はさらに深紅の輝きを増し、ひと回り大きくなったように錯覚した。


「お前たち、離れていろ! あの化け物の相手はこのあたしだッ!」


 マルフィサは激闘に次ぐ激闘で、疲弊した肉体に鞭打ち……雄叫びを上げて騎馬突進を敢行した!

 アフリカ大王アグラマンより譲り受けたダマスカス鋼製の長槍(ロングスピア)が、勢いに任せ「怪物」の胴体を刺し貫く!


 ブルガリア軍からも、ヴァリャーギたちからも、女傑の目覚ましい突撃に喚声が上がった。

 ところが――


「!? そんなッ……」


 「怪物」は確かに串刺しにされたものの……吹き飛ばされる事なく、信じがたい力でマルフィサの馬に組み付いていた!

 どころかそのまま左腕を大きく振りかぶり――馬上の彼女へ向け鉄拳を振るう!

 槍に利き腕を取られていたマルフィサは、これを防ぐ事ができず……脇腹に痛烈な一撃を喰らってしまった。


「…………あ、がッ…………」


 怪物の腕力は凄まじく、鍛え抜かれたインド王女の肉体と鎧を以てしても、衝撃と激痛に抗えなかった。

 マルフィサの馬はバランスを崩した。彼女もまた投げ出され、地面にしたたかに打ち付けられた。


「ッ……しまっ……たッ……」


 盾で落下の衝撃はある程度防げたものの、脇腹へのダメージが酷くマルフィサは立ち上がれない。

 全身を駆け巡る苦痛と不快感。口からこみ上げる血反吐が彼女の呼吸すらも困難にし、意識も朦朧としてしまう。


(立た、なくては……あたしがやられてしまったら、皆を守れない……

 ロジェロ兄さんや、アストルフォ……ブラダマンテの、為……にも……)


 心は(はや)るが、叩きつけられた損傷は大きく、すぐには身体が言う事を聞かない。

 それでも気力を振り絞って、マルフィサはよろよろと起き上がろうとした。だがその動きは緩慢で、誰の目から見ても戦える状態になかった。


 霞む目で、腹部に大穴を開けられた「怪物」がのし歩く様を見やる。

 本当に不死身なのか。生きた人間ならば絶対に死んでいる筈の負傷なのに、意に介した様子もない。


「くそッ……化け物、め……!」


 立ち向かおうとしたマルフィサは、ふと気が緩んで倒れかかった。

 周りに先刻まで死闘を繰り広げた皇帝親衛隊(ヴァリャーギ)らも集まってくる。絶体絶命――


 ふらつくインド王女の身体が、力強く支えられた。

 薄れかかった意識でも、彼女がよく知る人物だとハッキリ分かった。


「大丈夫か? マルフィサ。よく持ち(こた)えてくれた」

「……ロジェロ、兄……さん……」


 ロジェロだけではない。「怪物」に対峙するは、女騎士ブラダマンテと東ローマの皇太子レオ。

 三人の救援は間一髪、マルフィサを救った。時を同じくして馳せ参じたメドロが、瀕死の彼女を介抱すべく横たわらせた。


皇帝親衛隊(ヴァリャーギ)よ。皇太子レオの名に於いて命ずる。

 このおぞましき鱗帷子(スケイルメイル)の巨漢こそ、悪魔の遣わした怪物である!

 ブルガリアの兵と共に、邪悪なる者を誅滅すべし!!」


 すでに親衛隊長とアストルフォの計らいによって、ロジェロ達と共闘体制を整えていたヴァリャーギらは……(とき)の声を上げて速やかに綺織(レオ)の命令に従った。


(……フン。今頃になって『ロドモン』相手にひとつにまとまっちゃったか)

 本の悪魔・Furioso(フリオーソ)綺織(きおり)の影に潜み――(よこし)まな笑みを浮かべた。

(感動的だねェ~無意味な事なのにさァ。お前たち全員が束になってかかっても、この『怪物』は死なない。

 何しろ最強騎士オルランドが一晩かかって、仕留めきれなかったんだからね。

 そんな奴相手に、どうするつもりなんだか……ククク)

* 登場人物 *


司藤(しどう)アイ/ブラダマンテ

 演劇部所属の女子高生。16歳。

/才色兼備のチート女騎士。クレルモン公エイモンの娘。


黒崎(くろさき)八式(やしき)/ロジェロ

 司藤アイの同級生にして悪友。腐れ縁で、アイとは犬猿の仲。

/ムーア人(スペインのイスラム教徒)の騎士。ブラダマンテの未来の夫となる。


綺織(きおり)浩介(こうすけ)/レオ

 環境大学の二回生。司藤アイが淡い恋心を抱く憧れの先輩。

/東ローマ帝国の皇太子。後にブラダマンテに結婚を迫る。


マルフィサ

 インド王女。ロジェロの生き別れの妹であり、勇猛果敢な女傑。


メドロ

 サラセン人。アンジェリカの恋人。


「怪物」

 夜な夜なアンジェリカをつけ狙う化け物。アルジェリア王ロドモンの成れの果てか。


Furioso(フリオーソ)

 魔本「狂えるオルランド」に宿る悪魔的な意思。この事件の黒幕。

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