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19 女騎士ブラダマンテの決意

 ブルガリア王に扮する黒崎(ロジェロ)の苦戦に、ブラダマンテ――司藤(しどう)アイはたまらず馬を走らせようとした。


(黒崎っ……!)


「――どこへ行こうと言うの? ブラダマンテ」


 背後から冷や水を浴びせるような言葉がかかり、女騎士(ブラダマンテ)はビクリと震えた。

 共に従軍してきた、母ベアトリーチェの声だ。


「……レオ皇太子の下へ。救援に」

「不思議な事をおっしゃるわねェ? レオさんはブルガリア王相手に、圧倒的優勢じゃありませんか。

 今更一体何を手助けしようというの?」


 ベアトリーチェは意地悪く言った。


「仮にレオさんが劣勢だとしても――救いに行くというのは無粋というもの。

 戦で危ういからといって、女性に手助けされるなど殿方は望みません。

 夫が戦場から帰って来ると信じて待つ事こそが、妻たる者の務めなのです」


「母様。本当にそう思っているのですか?」


 ブラダマンテの問いに、母は「ええ、もちろん」と頷いてみせた。


「わたしは、そうは思いません。愛する者に苦難が降りかかっているのに、座して待つだけなんて真っ平ごめんです。

 ましてやわたしは無力じゃない。クレルモン家エイモンの娘にして、白の女騎士ブラダマンテ。

 わたしにはわたしの愛する人と、共に戦い、支え合えるだけの力があります」


「……先ほどから何を言っているの?」ベアトリーチェは露骨に眉をひそめた。

「まさかブラダマンテ、貴女――」


 彼女の予感の正しさを象徴するかのように、戦場で異変が起こった。


**********


 ベオグラードを流れるサヴァ川から、這い上がる人影があった。

 ずぶ濡れになった「それ」は、全身を赤い鱗帷子(スケイルメイル)で覆い、不快な悪臭を放つ怪物であった。


「なッ……あれは……!」


 ブルガリア王妃扮するアンジェリカは恐怖した。

 パリに向かっていた時にも、散々に追いかけ回された存在。東ローマの都コンスタンティノープルを目指し、遠くバルカン半島まで旅していた間は、全く姿を見せなかったのに。


 「怪物」の脅威に注意が向いた隙に、東ローマ軍の放った矢がアンジェリカの胸を掠めた。


「痛ッ……!?」

「アンジェリカッ! 大丈夫か!?」


 負傷した放浪の美姫に、血相を変えた恋人メドロが呼びかける。

 アンジェリカは痛みを堪えて微笑もうとしたが――


(しまったッ……今の一撃で変装の術が……解けて――)


 恐怖で綻びかけていた魔術の集中力が途切れ、まやかしの力が消えた。

 ブルガリア王の一行に変じていたロジェロ達は、たちまち本当の姿が露になってしまった。


**********


「あれはッ……誰だ!? ブルガリア王ではない――」

「影武者か? ブルガリア軍を撤退させるための時間稼ぎか!」

「しかし寡兵ながらも見事な奮戦ぶり。さぞや名のある騎士では……」


 アンジェリカの魔術が解け、東ローマ軍の間に奇妙な動揺が走った。

 その様子や情報は、たちどころにクレルモン家にも伝わってしまう。


「……なるほど。やはりそんな所だろうと思いましたわ」

 ベアトリーチェは冷淡に言い放ち、溜め息をついた。

「ブラダマンテ。今レオ皇太子と一騎打ちをし、ブルガリア王を騙っていた男こそ――ロジェロ。

 ムーア人(スペインのイスラム教徒)にして、貴女の想い人なのですね?」


 黒崎(ロジェロ)の素性がバレた。ブラダマンテの表情に緊張が走る。


「救援に向かうと言ったのも、レオではなくロジェロを救うためだと。

 呆れたこと……この期に及んでまだ、あのような根無し草に未練を残していたのですか」


 母に詰問されたブラダマンテは――深呼吸をすると、振り返って答えた。


「わたしがかの地に向かう目的は――二人を止めること。

 わたしはあのような方法で、未来の自分の夫となる人物を決める事を良しとしていません。

 わたしの本当の思いを伝える前に死なれては、困るのです」


「なりませんブラダマンテ。ここで待ちなさい――これは命令よ」


 母の視線と声が、より一層鋭くなる。恐ろしい威圧感。三週間前に傷つけられた背中が(うず)き、痛みと恐怖を伴い精神を苛む。内なる「ブラダマンテ」の震えがアイにも伝わった。


(……ダメよ『ブラダマンテ』。貴女だって、愛するロジェロを死なせたくないのでしょう?

 ここで母の言葉に屈してしまったら。(ロジェロ)を手に入れる機会は、永久に失われてしまうかもしれない……!)


 アイは魂の内で呼びかけた。

 「ブラダマンテ」のロジェロへの(ミンネ)が、母に抱く恐怖心に打ち克つ可能性に賭けたのだ。

 やがて――女騎士はわずかに声を震わせながらも、ついに意を決して答えた。


「……わたしは行きます、母様。

 それでお気に召さなければ、仕置きでも勘当でも、好きになさって下さい」

「なんですって、ブラダマンテ……!?」


 ベアトリーチェの憤怒の声が響くも――ブラダマンテは馬を走らせていた。

 後を追おうとする母の前に、二人の騎士が立ちはだかった。


「リッチャルデット! アラルド! 貴方たちも母に逆らうと言うのですか」


 なんとクレルモン家の一員にしてブラダマンテの兄である二人が、母を押し止めたのだ。


「お願いします、母者。せめてこの場だけは――妹の好きにさせてやって下さい」

「このアラルドからも頼みます、母ちゃ……いや母上。どうか怒りをお鎮めあれ」


 立ちはだかりつつも、二人は内心とてつもなくビビっていた。


(怖い! おっかねえ! 後でどんな拷問が待ち構えてるんだ……? やんなきゃよかったかも)

(リナルド兄ィの言いつけとはいえ……やっべェ母ちゃんに逆らっちまった……)


 怒りを露にしたベアトリーチェが、鞭を振るおうと手を伸ばす。

 幾度となく刷り込まれた恐怖の仕草に、兄二人は目を閉じ、身を竦ませた。


 ところが荒ぶる母の右手は掴まれ、動きを封じられた。

 彼女を遮ったのは、ブラダマンテの父・エイモン公爵であった。


「あなたまで! どうしてッ……」


 目を剥いて睨みつけるベアトリーチェに対し、エイモン公はふるふると首を振るのみ。

 周りの一門を見やれば……皆おっかなびっくりとしながらも、母に対する無言の抗議の目を向けていた。


「下がっていなさい、ベアトリーチェ」エイモン公は優しげに言った。

「大勢が決したとはいえ、未だ戦は終わってはおらん。そなたの身に万が一、何かあれば――儂は悲しい」


「それを言うなら、ブラダマンテだって……」

「あの娘なら心配は要らぬ。儂がリナルドらと共に、直々に鍛え上げた子だ」


「…………ッ!」


 憤怒に歯ぎしりし、感情の治まらぬ様子のベアトリーチェであったが……流石にここまでされては引き退がるしかなかったようで、がっくりと項垂(うなだ)れた。

* 登場人物 *


司藤(しどう)アイ/ブラダマンテ

 演劇部所属の女子高生。16歳。

/才色兼備のチート女騎士。クレルモン公エイモンの娘。


錦野(にしきの)麗奈(れな)/アンジェリカ

 綺織浩介の実の姉。物語世界に囚われている。

契丹(カタイ)の王女。魔術を操り、男を虜にする絶世の美姫。


メドロ

 サラセン人。アンジェリカの恋人。


「怪物」

 夜な夜なアンジェリカをつけ狙う化け物。アルジェリア王ロドモンの成れの果てか。


エイモン公爵

 ブラダマンテの父。クレルモン公爵家の長。


ベアトリーチェ

 ブラダマンテの母。強権的でヒステリックな人物。


リッチャルデット&アラルド

 ブラダマンテの二番目と三番目の兄。影が薄い。

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