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14 アンジェリカたちの決意

 その日の夜のこと。

 ロジェロとの話を終えた放浪の美姫アンジェリカは、まず愛しき恋人メドロの下を訪れた。

 彼は今寝入っている。長旅で少しやつれただろうか。


 眠ったままのメドロの顔。アンジェリカは起こさぬよう注意深く、そして優しく手を添えた。


(やっぱり今でも、この人への(ミンネ)は変わらない。

 錦野(にしきの)麗奈(れな)としての記憶が蘇った今も、私の中ではメドロが全て。彼と一緒にいる事が、幸せなんだわ)


 物語世界を繰り返し、アンジェリカとして放浪し続け――その度に彼女はメドロと巡り合い、恋に落ちた。

 現実世界の記憶がある今でも、彼と過ごした時間と価値は、かけがえのないものだ。


 アンジェリカは満足げに微笑むと、その場を立ち去り――今度は尼僧メリッサの下へ向かった。


**********


「アンジェリカ様。どうなさいまして?」


 尼僧メリッサは、アンジェリカの来訪を快く迎えた。

 魔女の島で出会った当初は、そこはかとなく言動に棘を感じたものだったが……今はそんな事もない。


「教えて、メリッサさん。

 私やロジェロが『現実世界の魂』を宿している、と知っているのは……貴女の他にもいるの?」


 アンジェリカの問いに、メリッサは考えながら次のように答えた。


「そうですね……私やブラダマンテ、ロジェロ様と共に月旅行したアストルフォ様はご存知です」

「まあ、アストルフォ様も……!」


 アンジェリカの表情がパッと明るくなった。

 先ほどロジェロから聞いた、アトラントの遺言の真意について考えた彼女は――ある推論を思いついた。それが確かなものか見極める為には、アストルフォの協力が不可欠だったのだ。


**********


 アンジェリカはメリッサを伴い、アストルフォの天幕に赴いた。

 フランク騎士随一の美男子(イケメン)にしてイングランドの王子は、美女二人の来訪を笑顔で出迎えた。


「――こんな夜更けに麗しきご婦人方が揃って、何のご相談かな?

 来る者は拒まずがボクのモットーだけど、二人同時でしかも片方は人妻となると、何だか背徳的だなぁ」

「冗談のつもりでも、そんな寝ぼけた事おっしゃるなら……口と右肩の傷口、縫い合わせるわよ?」


 アストルフォの歯の浮くような軽口にカウンタートークを返すと、青ざめた彼は即座に土下座し謝罪した。

 呆れ顔で嘆息した後、アンジェリカは本題を切り出した。


 美貌の王子から笑顔が消え、見る間に引き締まった表情になっていく。

 彼はアンジェリカの話を聞き終えた後、呪文書を取り出し――善徳の魔女ロジェスティラから譲り受けた、あらゆる術を解除する方法を網羅している書物――中を読んだ。


「……アンジェリカの考え通りのようだね。ドンピシャだ。

 『解除する』方法も、この本の中に載っている。但しこれは――」


 呪文書に記された「解除方法」が彼の口から朗読・説明されると……メリッサもアンジェリカも衝撃を受けた。

 確かにこの方法を実行すれば、黒崎(ロジェロ)の抱えている問題の対策となるだろう。

 しかし……


 三人の間に、しばらくの沈黙が続いた。が……


「……やろう。他に方法がないんじゃ、仕方ない事だ」


 最初に口を開いたのは、アストルフォだった。


「……! 仕方ない、で済む話ですの?」

「少なくともボクはそう思う。アンジェリカ――いや、麗奈(れな)さんの言葉が正しいのなら、他に選択の余地はない。後はボク達が覚悟を決められるかどうかだ」


 迷いなきイングランド王子の発言に、女性二人は目を見開いた。

 確かにこの状況では、彼の言い分は正論だが……よもや彼が「一番最初に」決心できるとは、思いもよらなかったのだ。

 やがてメリッサは、アンジェリカの方を向いて()いた。


「アンジェリカ様も、そう思いますの?」


 彼女も本当のところは、ショックから立ち直れていなかったが――それでも震えながら頷いた。


「ならば黒崎(ロジェロ)様には、お尋ねしましょう。私の方から」メリッサは言った。


**********


 翌朝、ロジェロ一行が旅を続けていると。

 ロジェロの妹マルフィサが、迫り来る気配を察知し、皆に警戒を促した。


「何だ……? 『怪物』か?」

「そうではない。しかし――こちらに来る。しかも複数だ」


 マルフィサは表情を引き締め、油断なく武器を構えて待ち受ける。


(『合図』を送ったのは昨晩でしたのに、思っていたよりずっと速いですわね)


 メリッサは来訪者の正体を知っていた。

 現れたのは黒いフードを纏った集団。魔術師マラジジに仕える隠密集団「アシュタルト」である。


「何だてめェら? 今更オレたちに何の用――」

「戦いに来た訳ではない。我らが用があるのは、メリッサに対してだけだ」


 「アシュタルト」は言い放つ。するとメリッサはロジェロの隣に立ち――そっと近づいて彼に囁いた。


「申し訳ございません、ロジェロ様。私が彼らを呼び出したんです。

 彼らやマラジジ様に会って――どうしても知りたい事が、できましたので」

「メリッサ、お前……」


 ロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)は、メリッサの顔が近い事もあって、年相応に気分が落ち着かなかったが……彼の言葉を遮り、彼女は続ける。


「黒崎様。本音をお聞かせ下さいませ。

 たとえどんな困難が待ち受けていたとしても――司藤(しどう)アイ様と共に、元の世界にお帰りになりたいですか?」

「…………ッ!?」


 黒崎は顔を強張らせた。こんな質問をしてくるという事は、すでにメリッサも「一人しか帰れない」という事実を知っているに他ならない。


「アンジェリカから……聞いたのかよ。その話……!」

「いかがです、ロジェロ様?

 本音を、本心を――どうかメリッサにお聞かせ下さい」


 重ねて懇願するように囁く尼僧。

 ロジェロは吐息が届く距離にどぎまぎしながらも、絞り出すように――言った。


「そんなの……当たり前、だろッ……みんなで帰れなきゃあよ……

 これまで一体何のために、命懸けで戦ってきたのか……わかんねえし……

 司藤(しどう)だってきっと、この話を知ればオレと同じように、思うハズさ」


 メリッサは満足げに微笑んだ。嘘偽りない、黒崎の魂の吐露だと確信した。


(そのお言葉を聞きたかったのです。これで私も――迷いが消えました)


「おい。どういう事だ、メリッサ……?」


 なおも問いかけるロジェロ。メリッサは――重ねた身体を離して歩き出す。


「私はこれから『彼ら』(アシュタルト)との用事を済ませてきます。一旦ここでお別れです。

 ですが必ず戻ってきます。それまで待っていて下さい、黒崎(ロジェロ)様。

 ブラダマンテにもお伝え下さいませ。望みを最後まで、お捨てなさいませぬよう――」


 「アシュタルト」たちはメリッサを伴い、風のように消え、立ち去っていった。

 狐につままれた心地のまま、数日後――ロジェロたち5人は東ローマ帝国の国境にほど近い、ベオグラード(註:現セルビアの首都)に到達した。

* 登場人物 *


黒崎(くろさき)八式(やしき)/ロジェロ

 司藤アイの同級生にして悪友。腐れ縁で、アイとは犬猿の仲。

/ムーア人(スペインのイスラム教徒)の騎士。ブラダマンテの未来の夫となる。


錦野(にしきの)麗奈(れな)/アンジェリカ

 綺織浩介の実の姉。物語世界に囚われている。

契丹(カタイ)の王女。魔術を操り、男を虜にする絶世の美姫。


メドロ

 サラセン人。アンジェリカの恋人。


メリッサ

 預言者マーリンを先祖に持つ尼僧。メタ発言と魔術でブラダマンテを全力サポートする。


アストルフォ

 イングランド王子。財力と美貌はフランク騎士随一。だが実力は最弱。


マルフィサ

 インド王女。ロジェロの生き別れの妹であり、勇猛果敢な女傑。


アシュタルト

 魔術師マラジジに使役される謎の一族。原典では悪魔とされる。

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