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12 本の悪魔・Furiosoの正体

 綺織(きおり)浩介(こうすけ)から湧き出した異形の影は、Furioso(フリオーソ)と名乗った。


「……先輩……何、なの……これ……?」


 ブラダマンテ――司藤(しどう)アイはすっかり怯えた様子で尋ねた。

 強さや弱さ、善良か邪悪か、そんな単純なモノではない。全く得体の知れない「恐怖」が、彼女の魂を震わせている。


「恐れる必要はない。こいつは僕たちに直接危害を加えない」綺織(きおり)は言った。

「いや、加えられないんだ。こいつは物語の登場人物ですらないからね。

 こいつの役目は、物語が終わった後にしかない」


『随分な言い草だなぁ。物語中に登場する便利な道具の数々――大抵はボクが用意したモノなんだぜ? あの赤い鱗帷子(スケイルメイル)だって、そうさ』


Furioso(フリオーソ)。その姿で出てくるなと言っただろう」

 綺織(きおり)は嫌悪感を隠そうともせず、影に向かって言い放った。

「見ろ。司藤(しどう)さんが怯えているじゃあないか」


『ちぇっ。しょうがないなぁ』


 異形の影は子供っぽく毒づくと――見る間に姿が縮み、人間と同程度の大きさになった。その容貌は、少々黒っぽくはあるが綺織(きおり)浩介(こうすけ)に酷似している。


『これで少しは怖くなくなったかな?

 改めて初めまして。司藤(しどう)アイちゃん!

 いやぁ、こうして直に会って話ができるなんて! ボク感激だなぁ!

 握手させて! ねえ、サイン貰ってもいいかなぁ? いいでしょアイちゃん!』

「えっ…………えっ!?」


 等身大になった途端、異様なまでに馴れ馴れしく接してくるFurioso(フリオーソ)

 予想外の対応にアイは戸惑うばかりで、言葉が出てこなかった。


「お前……何をふざけているんだ?」

『失礼な! ふざけてなんかないさァ!』


 静かに憤る綺織(きおり)に、Furioso(フリオーソ)は心外そうに口を尖らせた。


『この最終局面に至るまで、ブラダマンテを演じ切った者は……ただ一人を除いて今まで誰もいなかった!

 アイちゃんがいかに素晴らしく、素敵な役柄を演じてくれたか。ボクが一番よく知っている!

 最初のうちはそりゃ、頼りない普通の娘だなぁって思ってたよ。でも今は違う!

 ありがとうアイちゃん! 君のお陰でボクは大いに楽しませて貰った! ボクは君の演技にすっかり、惚れ込んでしまったよォ!』


 熱っぽく語りかけてくる黒い影。嘘を言っているようには見えない。


(たった今先輩が言ったっけ――この人、嘘だけはつかない。語る言葉は全て真実だ、と……じゃあ本心で、わたしの演技を褒めてくれてるんだ……)


 舞台俳優志望のアイとしては、決して悪くない気分だった。

 だがそれでも――唐突に出てきた異形の存在である事には変わりない。


綺織(きおり)先輩。さっき言っていた『一人しか帰れない』って話。

 この人が言ったから、間違いない事実――そう、言いたいわけ?」


「ああ。その通りだよ……司藤(しどう)さん」

 悔しげに、絞り出すように肯定する綺織(きおり)

「僕がレオ皇太子に憑依した時から――こいつは僕の傍にいた。

 こいつとは長い付き合いだ。性格は最悪だが、助言や知識は正確無比。

 もしこいつがいなかったら、僕は今頃どうなっていたか分からない。

 そしてこいつが聞かれた事に関しては、決して嘘をつかない事も知っている」


『そうそう。ボクはこう見えて、正直者で通っているんだよ。

 嘘つきは泥棒の始まりって言うじゃない? ボクは嘘は大嫌いなんだ』


 いけしゃあしゃあと言い放つFurioso(フリオーソ)の言葉は薄っぺらく、到底信用できそうになかったが。

 渋面を(にじ)ませた綺織(きおり)の様子からして、本当の事なのだろうとアイは察した。


「じゃあFurioso(フリオーソ)さん。聞いてもいい?

 『一人しか帰れない』というのが正しいとして……どうしてそれを貴方は知っているの?」


 アイの質問に――Furioso(フリオーソ)は満面の笑みを浮かべて答えた。


『それはボクが、最初に”置いていかれた”人間だからだよ。

 実はボクも、最初にこの魔本に囚われた犠牲者の一人だったんだ。

 ボクと一緒に本に引きずり込まれたのは――石動(いするぎ)綾子(あやこ)

 初代”ブラダマンテ”にして、唯一の生還者。そして下田(しもだ)三郎(さぶろう)の母親さ』


『なん……だと……!?』

 下田教授の驚愕の声が、念話を通じてアイの魂にも響き渡った。


『もし物語のハッピーエンドを迎えて、囚われた全員が元の世界に帰れるなら。

 ボクみたいな存在は、最初から発生しなかったと言えるだろう。

 何度でも言うよ。帰る事のできる人間は”一人だけ”さ。ボクの存在そのものが、それを証明している』


「そういう事だよ。僕が最初に言った提案の理由、分かってくれたかな?」

 綺織(きおり)はあくまでも、優しく諭すように言った。

「もちろん司藤(しどう)さんは、僕やこいつの言い分を信じないという選択肢もある。

 それならロジェロ役の黒崎(くろさき)君の下に向かうといい。

 二人で結婚式を挙げ――ハッピーエンドを迎えて、その後どうなるか試してみるといいよ」


「……そん、な……嘘……でしょ……」

 アイは青ざめた顔のまま、押し黙ってしまった。


「済まない。意地の悪い言い方をしてしまったね」

 綺織(きおり)はアイの不安げな様子を見て――再び寄り添い、優しく抱きしめてきた。

「僕はあれから、この世界に来てから……はっきりと分かった事がある。

 僕は――司藤(しどう)さんの事が好きだ。君がブラダマンテになった事を知ってから、ずっと気にかけていた。

 だからお願い。どうか僕を、信じて欲しい」


綺織(きおり)……先輩……」


「僕は僕の提案で、司藤(しどう)さんを幸せにできるように、全力を尽くすつもりだ。

 史実のレオ皇太子は病弱だけれど、そこは心配いらない。現代日本人程度の知識でも健康を保つ習慣を心がければ、もっと長く生きられるハズさ。

 決して君に不自由はさせない。不幸にはしない。……君を、幸せにしてみせる」


 何故だろう? アイはぼんやりと自問した。

 現実世界で、あれほど綺織(きおり)先輩に言って欲しかった言葉。

 今ようやく聞けた――念願が叶ったのだ。彼の言葉に偽りはない。真摯にアイを思いやっているのは分かる。

 にも関わらず、幸福感で満たされるどころか――言い知れぬ不安ばかりが大きくなった。


「……ごめんなさい。考え、させて……」

 消え入りそうな声で絞り出すように、それだけ言うのが精一杯だった。


「勿論さ。じっくりと考えてから、結論を出してくれればいい」

 綺織(きおり)は微笑んで言った。

「そのうち黒崎君も、ここコンスタンティノープルに乗り込んでくるだろう。

 彼らがこの事実を知った時――どういう行動に出るか見物だね」


「ねえ、先輩――もし先輩の言い分をわたしが受け入れたら……」

 アイは不意に、どうしても気がかりになって――疑問を口にした。

「黒崎はどうなるの? 彼とも一緒にやっていかなきゃ、いけないでしょう?」


「……彼は恐らく、僕の提案を受け入れようとはしないだろう」

 先刻とは打って変わって、綺織(きおり)はぴしゃりと言った。

「君を巡って、僕と戦う事も辞さないハズさ。だから考える必要はない。

 何故なら彼と僕の進む道は、決して交わらないだろうからね」


「…………!」


 アイは心の底からゾッとした。綺織(きおり)先輩と再会した時から、ずっと微かにこびりついていた違和感の正体にようやく気づいた。


(先輩は最初から――黒崎を排除すべき敵と見做(みな)している……!)

* 登場人物 *


司藤(しどう)アイ/ブラダマンテ

 演劇部所属の女子高生。16歳。

/才色兼備のチート女騎士。クレルモン公エイモンの娘。


綺織(きおり)浩介(こうすけ)/レオ

 環境大学の二回生。司藤アイが淡い恋心を抱く憧れの先輩。

/東ローマ帝国の皇太子。後にブラダマンテに結婚を迫る。


下田(しもだ)三郎(さぶろう)

 環境大学の教授。30代半ば。アイの異世界転移を引き起こした張本人。


Furioso(フリオーソ)

 魔本「狂えるオルランド」に宿る悪魔的な意思。この事件の黒幕。

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