表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/189

8 ロジェロ達、一路東ローマへ

 赤い鱗帷子(スケイルメイル)を着た「怪物」は、斬られた首を元に戻し平然と活動を再開した。

 悪臭と共に放たれる不気味な瘴気に、ロジェロとマルフィサは戦慄する。


「何なんだ……あいつは一体……ロジェロ兄さん……?」

「この程度で狼狽(うろた)えるんじゃねえ、マルフィサ。

 首を落とされても死なねえ奴なんぞ、オレはこれまで何人も見てきた。

 悪徳の魔女アルシナや、不死者オッリロとかな。大方こいつも似たような手合いなんだろう」


 ロジェロの返答に、妹マルフィサは感心したようだった。


「そうか……流石は兄さんだな。

 ではあの『怪物』を打ち破る手段も、あるという事だな?」

「…………」


「えっ、そこ黙っちゃうの兄さん!?」

「う、うっせーな! 一口に死なねー連中といっても、それぞれ弱点違ったりすんだよッ!

 コイツの特性もまだ把握できてねーのに、いきなり弱点まで一発で分かってたま――」


 そこまで言いかけて、ロジェロ――黒崎(くろさき)八式(やしき)は思い立った。

 不死者オッリロを退治した時の事を思い出したのだ。


「――アストルフォの呪文書だ。あらゆる魔術の解除法が載っている!

 『怪物』の不死身が魔法によるものなら、解決の糸口が見つかる筈だ!」


 二人が話し合っている間に「怪物」は地面に落ちた半月刀(シャムシール)を――ちゃっかりマルフィサの用意した新品の方を――拾い上げ、猛然と襲いかかってきた!


「ぐッ…………!」

 黒崎(ロジェロ)は咄嗟に魔剣ベリサルダで受け流した。しかし凄まじい怪力で、刃の軌道を逸らすのが精一杯である。


「ロジェロ兄さん!」

「来るなマルフィサ! いくらお前でも、得物なしでコイツとまともにやり合うのは無理だッ!」


 間合いが離れた一瞬。突如「怪物」を稲妻のような一撃が襲った!


「!?」


 恐ろしいまでの光と熱が「怪物」を包み込む。ふと背後を見れば、廃屋から出てきたメリッサ、アストルフォ、アンジェリカとメドロの姿があった。

 中でもアンジェリカは、術式の構えを取り肩で息をしている。今しがたの光の柱は、アンジェリカが放った魔術のようだ。


「アンジェリカ……! お前、そんなすげえ術使えたのかよ……」

「……消耗は激しいし、連発は効かないし。大したモンじゃないわよ……

 並の人間だったら、コレでも大火傷で戦闘不能になるハズなんだけど」


 彼女の懸念通り――赤い巨漢は全身が黒焦げになったにも関わらず、全く動きが止まる気配はなかった。

 赤い鱗帷子(スケイルメイル)は頑丈すぎるのか未だ健在。中の腐った肉体は所々炭化しているようだが――意に介している様子はない。


「グフフ……見つけた、ぞ……アンジェリカァ……!」


「……済まない、我が友ロジェロ。ボクの本に期待を寄せていたようだが……」

 アストルフォは青ざめた顔で、歯噛みして謝罪した。

「何度目かの襲撃の際にすでに調べたんだ。結果――術者の魔力を断つ以外に、奴を止める方法はない、とさ」


 だがイングランド王子の言葉を聞き、ロジェロは不敵な笑みを浮かべた。


「それだけで十分だぜ、アストルフォ。

 だったらこれから、その術者の所に行けばいいってこった」

「! 心当たりがあるのかい? ロジェロ……」


「アンジェリカもよーく知ってる人物さ。そうだろうマルフィサ!」


 ロジェロから水を向けられ、マルフィサもハッとなって口を開いた。


「アグラマン大王が言っていた――赤い鱗帷子(スケイルメイル)の贈り主はレオ皇太子だと。

 なら行き先は決まったな。ブラダマンテ達と同様――東ローマ帝国の都・コンスタンティノープルだ!」


 マルフィサの力強い言葉を聞き、ロジェロはニヤリと笑った。

 アンジェリカ――錦野(にしきの)麗奈(れな)は少々戸惑っているようだが……この場にいる全員、彼女を守ろうとする事に異論はないようだ。たとえその旅路が危険で、厄介極まりない「怪物」につけ狙われる事になろうとも。


「アンジェリカ、悪かったな。せっかくパリまで戻って来たのに、またトンボ返りになっちまう」

「それは構わないけど……目の前の問題があるでしょッ」


「そうだな。出来ればコイツの足止めをしておきたいが――」


 再び動き出そうとする「怪物」に、ロジェロが再び身構えた、その時だった。


「――そういう事なら、ここは俺に任せて貰おうか」


 低い声が響くと、ロジェロ達と「怪物」との間に筋骨隆々の精悍な騎士が割って入った。

 鎖帷子(チェインメイル)越しにも分かる鍛え抜かれた肉体。携えしは黄金の柄を持つ聖剣デュランダル。


「お前は……オルランド!? どうしてここにッ」ロジェロは驚いて叫んだ。


「ここはフランク王国の都パリだぞ? 狼藉を働く輩がいると聞いてな。

 それにあの光の柱――あれほどの魔力を扱える者は、契丹(カタイ)の王女アンジェリカに他ならん」


 くぐもった雄叫びを上げる「怪物」の斬撃を、オルランドは声すら上げず聖剣で薙ぎ払った。


「それにコイツは我が友ゼルビノと、その妻イザベラの命を奪った不逞の輩だ。

 この俺にとっても因縁がある。いっそこのまま、打ち倒してしまっても構わんのだろう?」


(何だと……イザベラって姫だよな? 殺されたのか……

 まさか、アンジェリカと勘違いして……? じゃあこの化け物、アンジェリカの命を奪う事も全く躊躇(ためら)いがねえのかよ……!)


 黒崎(ロジェロ)の心の中に、沸々と怒りにも似た感情が湧き上がった。

 オルランドの言が正しければ、レオ皇太子――綺織(きおり)浩介(こうすけ)は、実の姉の命を奪おうとした事になる。


「コンスタンティノープルは遠いぞ。グズグズしている暇はあるまい?

 早く行けお前たち! 一晩の間は、俺がコイツを引き受けてやるッ!」


 オルランドの申し出に、ロジェロ達は顔を見合わせ――廃屋から去る事にした。

 これまで何かと因縁のあった男だが、曲がりなりにもフランク王国最強の騎士である。これほど心強い増援はないだろう。


「ありがとう、オルランド」アンジェリカは背中越しに礼を言った。


 オルランドは振り返らず「怪物」を相手取る。

 醜悪で腐臭を放つ恐るべき存在。このような化け物につけ狙われて、彼女は気も休まらなかったに違いない。


(こいつは――かつての俺の姿、か……)


「……今まで済まなかったな、アンジェリカ」

「今回でチャラにしといてあげる。死なないでよ?」


「心配いらん。俺にも守るべきものができた……死ぬつもりは毛頭ない。

 それに俺を誰だと思っている。フランク最強騎士・オルランドだぞ?」

「……そう、だったわね」


 その場にいた全員が立ち去り、一対一になったのを悟ったオルランドは――肉食獣の笑みを浮かべた。


「今宵は舞踏(ダンス)に付き合って貰うぞ、薄汚い化け物め」

* 登場人物 *


黒崎(くろさき)八式(やしき)/ロジェロ

 司藤アイの同級生にして悪友。腐れ縁で、アイとは犬猿の仲。

/ムーア人(スペインのイスラム教徒)の騎士。ブラダマンテの未来の夫となる。


錦野(にしきの)麗奈(れな)/アンジェリカ

 綺織浩介の実の姉。物語世界に囚われている。

契丹(カタイ)の王女。魔術を操り、男を虜にする絶世の美姫。


マルフィサ

 インド王女。ロジェロの生き別れの妹であり、勇猛果敢な女傑。


アストルフォ

 イングランド王子。財力と美貌はフランク騎士随一。だが実力は最弱。


メリッサ

 預言者マーリンを先祖に持つ尼僧。メタ発言と魔術でブラダマンテを全力サポートする。


メドロ

 サラセン人。アンジェリカの恋人。


オルランド

 フランク王国最強の騎士。聖剣デュランダルを持つ。


「怪物」

 夜な夜なアンジェリカをつけ狙う化け物。アルジェリア王ロドモンの成れの果てか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ