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10 下田三郎の正体

 現実世界。

 環境大学の教授・下田(しもだ)三郎(さぶろう)は警察署を訪れていた。


「……無理を言って済まないな、足立(あだち)


 下田は元同級生の刑事・足立に、ある人物と面会させて貰うよう頼んだのだ。


「守秘義務とかあるだろうに。バレたら処罰されないのか?」

「分かってて頼んできたクセに、今更何言ってんだよサブちゃん」


 足立は笑みを浮かべた。しかしすぐに、真剣な表情になって耳打ちする。


「……あんなに切羽詰まった声聞いたの、久しぶりだったからな。

 お前のお袋さん……綾子(あやこ)さんが亡くなった時以来だ」


 母親の名前を聞き、下田は僅かに表情を歪めた。

 ともあれ、下田は足立の伝手(つて)で面会室へと向かった。

 十数年もの間行方が知れず、死亡扱いされていた男――名を間遠(まとう)狩人(かるひと)という。

 今は消えてしまっているが、魔本「狂えるオルランド」の奥付に、名前が載っていた行方不明者の一人だ。


「電話でも言ったが、間遠(まとう)は記憶を失っている」足立は言った。

「自分の名前も、家族も……今までどこで何をしていたのかも、聞いてもマトモな返事はかえって来なかった。何の手がかりが欲しいのか知らんが、余り期待はするなよ?」


「ああ……分かっている。

 こうして面会の機会をくれただけでも感謝しているよ」


 下田は間遠(まとう)を知る証人という触れ込みで、会話の機会を持った。


 間遠(まとう)は、だらしなく無精髭を伸ばした冴えない中年男で、終始呆然としている。

 いくつか質問をしてみたが、足立の言う通り、彼は記憶を失っており……中身のある返答は得られなかった。


(やはりダメか。現実世界はおろか『物語世界』の記憶すら曖昧で、ハッキリした事は覚えていないようだな)


 下田三郎は、間遠(まとう)の正体について概ね察している。

 彼は魔本「狂えるオルランド」の世界では、タタール王マンドリカルドとして、ブラダマンテ達の前に立ちはだかった男だ。

 最終的に彼は戦いに敗れ、「忘却の川」レテの水を全身に浴び……全ての記憶を失ってしまった。しかし――


(『彼』はそのまま退場した訳ではなかった――魔本から解放され、現実世界に戻ってきたのだ。

 つまり忘却の川で存在と記憶を抹消すれば……生きて帰る事『だけ』はできる)


 全ての記憶を失ってしまっては、現実世界で元通りの生活を送るという訳にはいかない。

 ましてや間遠(まとう)は現実世界での失踪期間が長く、死亡した扱い。マトモな社会復帰は望むべくもないだろう。


 実のある情報を得られず、失意のまま面会時間が終わるかに見えた――その時だった。

 何を聞いてもロクな返事もせず、虚空を見つめていただけだった間遠(まとう)が――不意にがば、と前のめりになって、目を剥いて下田の胸元を凝視した。そして力任せに掴みかかろうとしたのだ。


「貴様、何をやっている!? 暴力は許可しないッ!」

 足立を含め、見守っていた警官たち数名がかりでようやく取り押さえた。


「何故……お前が……『それ』を持っているッ……!?」

 間遠(まとう)は暴れ、絞り出すようにそれだけ呟くと――意識を失った。


 下田は乱れたシャツを整える。ふと胸ポケットから、古ぼけた白い絹の切れ端が落ちた。

 間遠(まとう)は下田に殴りかかろうとした訳ではない。この布切れに反応したのだ。


(記憶を全て失っているハズなのに、『これ』の存在に気づいた……だと……?

 やはりこいつは……物語世界のマンドリカルドを演じていた者、なのか……!)


 下田の推測が、確信に変わった瞬間だった。


「おい、大丈夫か? サブちゃん……怪我はないか」

「心配するな……大した事はない」


 下田は起き上がり――『母親の形見』である布切れをポケットにしまった。


**********


 警察署から帰宅し、魔本を紐解いた下田三郎は――最新のページを見てショックを受けた。

 意識を取り戻したアンジェリカと、レオ皇太子の会話のくだり。これは言い換えれば、姉・錦野(にしきの)麗奈(れな)と弟・綺織(きおり)浩介(こうすけ)の会話でもある。


「何……だと……!? 物語のハッピーエンドを迎えても……

 帰る事ができるのは……一人だけ……!?」


『とっても悲しい事だけど――残念ながら、そういう事さ』


 魔本から、作り物めいた甲高い声が響いた。本に宿る邪悪な意思・Furioso(フリオーソ)だ。


「貴様ッ……何でそれを……今まで黙っていた……!?」

『聞かれなかったからさァ……それに下田三郎。キミはとっくの昔に、知っていただろう? 一人しか帰れないって。

 黙っていたのはキミも同じ。共犯じゃあないか……違うかい?』

「!……貴、様ァッ……!!」


 下田は怒りの余り、魔本のページに手をかけ――力任せに引き裂いてしまった。


『何そんなに怒ってんのさ? そんな事しても無駄だよ?

 物理的にページを破いても、起きた事や内容をなかった事にはできない』

「ぐッ…………!」


『ずっと前から不思議に思ってたんだ。魔本を通じてボクとキミが会話できるのは分かる……でもさ。

 なんでキミは、ブラダマンテ役の司藤(しどう)アイとだけ、念話が通じるのかなって。

 今までそんな人間、誰一人としていなかった。キミだけの特殊体質かとも思ったけど……違ったんだね』


 胸が悪くなるような視線を下田は感じた。

 Furioso(フリオーソ)の見えざる(まなこ)が、彼の胸ポケットを凝視しているのを――肌で感じてしまった。


『キミのポケットに入っているモノの、元の持ち主を当ててあげようか?

 確か……石動(いするぎ)綾子(あやこ)って名前じゃなかったかい?』


 本の悪魔の口から、実の母親の本名までも言い当てられ――下田は嘔気を抑えるのに精一杯だった。


『それ、ブラダマンテの白スカーフだろう?

 キミが持っているという事は、下田教授。キミは綾子(あやこ)の――初代ブラダマンテの関係者だったんだねェ?』


 下田三郎の母親の名は綾子(あやこ)。旧姓は石動(いするぎ)

 母が亡くなった時、下田は彼女が「持ち帰った」スカーフの切れ端を託された。つまり下田の母親は、魔本の呪縛に打ち勝った唯一の「生還者」だったのだ。

 そして彼女の遺した手記から――魔本の存在を知った。肌身離さず胸ポケットに入れていたスカーフは、ブラダマンテの所有物。それこそが――下田とアイの念話を可能にしている真相なのであった。



(第8章  了)

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